第375話 逃げ惑う人々
空港内の電気が消えたことで、空港の係り員達が右往左往し始める。ここに残された客たちが、残った制服の女に詰め寄っていた。皆がざわついており、不安そうな表情で周りの様子を伺っている。
「あの客は何を聞いてるんだ?」
「何があったの? と聞いてます」
「なんて答えてる?」
「係員は、『ご安心ください。今復旧に努めています』と言っていますね」
電気が消えたことであたりが薄暗くなり、仲間達が俺達のもとへと集まって来た。それぞれが状況を確信しているかのようで落ち着いている。日本でもっとひどい状況を生き抜いて来た仲間達には、これぐらいはなんともないようだ。
「停電だろうなあ。これは非常電源だ」
それを聞いたオオモリが不安そうに言う
「なんか日本でゾンビパンデミックが起きた時を思い出します」
それを聞いてミオが言った。
「あの時は後手後手で、誰もが何をしたらいいのか分からなかった。でも私達は違うわ」
ミナミが頷いた。
「やる事は一つ。ここを出てゾンビを始末する事、もう逃げないわ」
そしてクキが俺に聞いてくる。
「で、いいんだな? ヒカル?」
「すぐに動いた方が良い」
するとタケルがにんまり笑って言った。
「じゃあ俺に考えがある。美桜、暴漢が来た逃げろ。をドイツ語で知りてえ」
それにミオが答えた。
「イン マン ミット アイナー ワッフェ コムト レンント」
「わかった! みんな! 荷物を忘れるなよ!」
その次の瞬間、タケルがこれ以上ないような大きな声で叫ぶ。
「アイン マン ミット アイナー ワッフェ コムト! レンント!」
そこにいた乗客が一斉にこっちを見た。暗がりでよくわからないだろうが、その言葉だけは理解したらしい。だが固まって誰も動こうとしていない。
するとタケルが言う。
「ヒカル。あっちにズドンとやってくれ」
「わかった。推撃!」
すると向こう側の壁が、ボゴンと音をさせて吹き飛んだ。
「アイン マン ミット アイナー ワッフェ コムト! レンント!」
タケルがもう一度叫ぶと、乗客が一斉に走り出した。係員も一緒に逃げ出し、その場所から人がいなくなる。
「よし、行こうぜ」
皆がタケルの鮮やかな手並みに感心している。俺達は混雑に紛れ、その場を離れて入り口に向けて走っていくのだった。タケルがスマホを見ながら先頭を走り、俺達がその後ろをついて行く。
「あそこから出れるぞ」
空港の入り口が見えて来て俺達は異変に気が付く。
「空港の外に人が群がってるぞ」
ガラスの向こうに、大量の人間がいて空港のガラスに張り付いている。皆が必死に何かを訴えているようだが、どうやらここに入りたがっているようだ。
俺達がガラスに到着すると、外にいる連中が何か叫んでいる。それを聞いたミオが言う。
「中に入れろって」
タケルが俺に聞く。
「どうする?」
「入れて話を聞こう」
タケルが力任せにガラスを開くと、鍵の鉄がちぎれて外にいる人が雪崩れ込んで来る。ミオがその人らに聞いた。すると慌てながらも素直に答えてくれる。
「この人達、逃げて来たんだって。ベルリンは酷いありさまだって」
群衆は次々に空港の奥に走り去っていき、ようやく俺達が外に出れるようになった。空港を出ると、どうやら車が渋滞になっており事故なども起きているようだ。町の明かりは消えており、車のライトだけが光り輝いている。
「目的地はここか…」
「逃げて来たんだな」
「対向車線はがら空きだ」
タケルが言う。
「車パクろうぜ」
それは簡単だった。渋滞でどうしようも無くなったのか、車がいくらでも乗り捨ててあったのだ。避難して来た人らは、車を降りて空港に走って来たらしい。
「よりどりみどり」
「あの運送屋風のワゴンが良いんじゃないか」
「そうしよう」
その車の運転席に人はいなかったが鍵がかけられているようだ。どうやら律儀に鍵をかけて逃げていったらしい。タケルが肘でパリンと窓を割り、鍵を開けて乗り込んだ。そして運転席に潜りこみ、ものの数秒でエンジンをかける。
クキが笑う。
「車泥棒が鮮やか過ぎるだろ」
「まあ困らないだろ?」
後ろのドアを開けてツバサが言った。
「荷物が積んである」
ミオが答える。
「ここに並べて行こう」
皆が手分けして、車内の段ボールを道のわきに積み上げていく。一応投げる事はせずに、ひとつひとつ丁寧に積み上げて行った。皆が車内に乗り込んでマナが言った。
「準備オッケー」
「いくぜ!」
キュキュキュキュ! とタケルが車をUターンさせて対向車線を走り始める。道が真っすぐになった時に、クキが前を見て言った。
「都市部で火が上がってる。かなり被害は拡大しているかもしれん」
「じゃ、名古屋でやったみたいに派手にやりますかあ!」
「「「「「「おー!」」」」」」
ここにゾンビを恐れる者はいない。この世界の勇者たちは、運送屋のワゴン車に乗ってゾンビの待つ都市に向かっていく。反対車線の渋滞はどこまでも続いていたが、途中からは対向車線にもはみ出して走ってきているようだ。
「ちょっと揺れるぜ!」
タケルがハンドルをきり、舗装路からはみ出て走り始めた。車体が揺れて、反対方向に走る車を尻目に突き進んでいく。すると突然渋滞が途切れ車がいなくなった。
「ん? どういうこった?」
その街道を突き進んでいくと、突然バリケードのようなものが作られているのが見えて来た。
「なんだあ? 検問か?」
それを見たオオモリが言う。
「もしかしたら…隔離じゃないですかね?」
「隔離?」
俺達の車が近づいて行くと、大きな声が聞こえて来る。それを聞いたミオが言った。
「武! 停めて!」
キキキキッ!
「なんだ?」
「これ以上近づいたら撃つって」
「マジかよ…」
どうやら俺達は素直にベルリンの町には入れてもらえないようだった。バリケード周辺は物々しい雰囲気に包まれており、銃をもった奴らが待ち構えていたのである。




