第371話 モンゴル国境を越えてウランバートルに
ロシアからモンゴルまでの道は、まるで前世の風景のようだった。住居などほとんどなく、町から町まではかなり距離がある。それも荒野の中を無造作に通っているように見え、本当に前世に戻ったかのような錯覚に陥る。
俺とタケルは国境を越える前に車を降り、ゲートをくぐる事が出来ない物資を全てより分けた。日本刀や武器の類が見つかれば、そこでストップしてしまう為、二人だけで道なき荒野を渡る事になっている。車には問題のないものばかりを積んであり、床を剥がして紙幣などを隠した。見つかったとしても没収されるだけだろうとクキは言っている。
「バイクをタケルから教えてもらっておいて良かった」
「こう言う時、便利だよな。ただ、なかなかバイクが無くて探したけどな」
「とりあえず見つかったじゃないか」
俺とタケルはバイクに乗って荒野を走っている。時おり放牧された牛などを見かけたが、そこは迂回して周っていく。オオモリが作ってくれた、衛星で位置を管理するスマ―トフォンが頼りで、俺達はそれを見ながら道なき道を進んでいたのだった。
タケルがスマートフォンを見ながら言う。
「もうモンゴルに入ってしばらく経つ。そろそろ道に向かって行こうぜ」
「よし」
俺達はバイクの進路を変えて、荒野を走り続けた。しばらくすると、道らしいものが見えて来る。
「タケル。道が変だ」
「ん? どういうことだ?」
「日本やロシアと違う」
「ああ、舗装されてないって事か。恐らくこっからはこんな道が続くぜ、とにかく国境は超えたし早く仲間達と合流しよう」
スマートフォンを見ると、みんなのスマートフォンが一か所に固まっているのが分かる。どうやら無事に国境を抜けてモンゴルに潜り込んだようだ。
「流石にあっちの方が早かったな。こっから百キロ先だ」
「よし」
俺達のバイクが道なき道を進んでいくと、ちょっとした集落が見えて来た。俺達が集落に入っていくと、道のわきでここに住んでいる人たちが俺たちを見るが、特に何をするわけでもない。過ぎ去ればまた普通の暮らしに戻っていくのだろう。
「この辺りにはゾンビの気配が無いな」
「やっぱ人が集まる所とかさ、交通の便がいいところがあぶねえよな」
「そうか…。前世でゾンビが発生してもそんなに広がらなかった。だがこの世界には乗り物があり、飛行機であちこちに行けてしまう。しかもゾンビになるかならないかの判別がつかないとなれば、広がるのは必然という事か…」
「つうこったな。あんがい、さっきの田舎なんてファーマ―社の毒牙が届かねえし、ゾンビの脅威に晒されず生き残るかもな」
タケルの言うとおりだろう。人の行き来が無ければ、ゾンビの拡大を阻止できる可能性が高い。俺はシベリア鉄道を分断したが、あれによってゾンビが広がるのは多少止められるだろう。だが飛行機で散らばってしまえば、もうどうしようもない。むしろ、交通の便が悪い所の方が安全だと言える。
それから一時間後、俺達はダルハンという町に来ていた。ここには多少ビルのようなものが建っており、その街の中心に向かうと道端にマイクロバスが止まっていた。
バイクを降りてタケルが言う。
「待たせた」
ミナミが答える。
「結構時間が掛かったわね」
「そっちはすぐか?」
「そうよ」
「金も全部パス?」
「ええ」
その話を聞きながらも、俺は背負って来た荷物をバスに積み込んだ。そして中に入ると、皆が声をかけてくれる。
「ヒカルお疲れ様」
「ああ。待たせて悪かった」
「道なき道を進んで来たんだもん。仕方ないよ」
運転席からクキが言う。
「ガソリンも詰めた。ここからウランバートル迄はあと四時間ってところだろう」
「すぐに出れるのか?」
「ああ、多少の食料も買い込んで詰めた。いつでも行けるぞ」
「急ごう」
するとタケルがバスに乗らずに言う。
「ちょっと待ってくれ。ミオ! 来てくれ」
「なあに」
「通訳してほしいんだ」
「いやいや、モンゴル語は話せないわよ。中国語で通じるかな…」
「バイクが可哀想だろ。このあたりの奴に譲りたいんだよ」
「なんとかやってみる」
そしてミオが近くの若い男に声をかけた。身振り手振りで話をし、どうやら話が付いたようだった。タケルが男にバイクを渡して、俺達の所に戻って来る。
「ナンバーは外してるし大丈夫だろ。アイツも喜んでたしな」
「びっくりしてたわね」
「バイクに罪はねえからよ」
「なるほど」
二人がバスに乗り込んで直ぐに出発した。そこからは、ただひたすら進み俺達は目的のウランバートルにたどり着いたのである。イルクーツクからここまでの間に一夜を過ごし、さらにここまで二日を要していた。既に夕方になっており、今日はこの町で宿泊する事になっている。
すでにオオモリの細工で、ホテルに泊まれるようになっているらしく、俺達はバスを町はずれに放棄し、荷物を持って旅行者としてホテルに向かった。そこに到着するなり、みんなが目を見開いた。
クキがオオモリに言う。
「お、おいおい。やり過ぎじゃないのか?」
「どうせ今日一日だけですし、どうせならこう言う所の方が良いかと思って」
俺達が見上げているのは超高層ホテルだった。それを見てマナが言う。
「九鬼さん。今日をしのげばいい訳だから、いいんじゃない? 大森君も大丈夫って言うんだし」
「本当に問題ないんだな?」
「完全にハッキングしてますんで」
オオモリは全く気にしていないようだが、それ以外のメンバーはどことなく緊張しているようで、ミナミがもう一度オオモリに尋ねる。
「ほんっとに大丈夫なんでしょうね?」
「問題ないです。これからわかりますよ」
俺達は豪華な入り口を入っていき、ミオとクロサキがカウンターで従業員と話す。どうやら英語が通じるようで、スムーズに部屋のカードを渡されていた。それを取って戻ってきて言う。
「全く問題なかったわ…」
ミオが唖然とし、クロサキが言う。
「公安の人間として、犯罪に加担しているというのはなんとも言えません…」
オオモリが言う。
「しっ! 黒崎さん。日本語が分かる人がいたらまずい」
「あ…すみません」
だがタケルがみんなに言った。
「世界を救うって言うヒーローたちが、何みみっちい事言ってんだよ。死ぬかもしれねえんだし、大森よくやったな! でいいじゃねえか。さっさと部屋に行って美味いもん食おうぜ」
マナも頷く。
「そうそう。早く行こ!」
そうして俺達は部屋に行く。俺自身も本当にこれが決死の作戦なのかと思ってしまうが、皆が楽しそうにしているので俺も楽しかった。この都市にはまだゾンビの影響は及んでおらず、この町に進出してくる前にはなんとしても止めておきたいと思う。
部屋もぞれぞれに取ってあるようで、俺は久しぶりにタケルと同部屋になった。二人ずつ四つの部屋に入り込み、今日はそれぞれくつろごうという事になる。
すると俺とタケルが持っているスマートフォンが鳴った。
ブーブーブー!
「なんだ?」
画面を見るとオオモリからみんなへの通達だった。
❘まもなくルームサービスが届きますので、部屋に待機してください❘
「なんだ? ルームサービスって」
「飯が届くってよ」
コンコン!
噂をすればだった。俺が用心しながらもドアを開けると、台車に乗った料理が運び込まれてくる。従業員の所作がやたら丁寧で、俺達に説明をしてくれるが俺もタケルも言葉が分からない。
とりあえずタケルが言う。
「オーケー! オーケー! サンキュー!」
そう言ってポケットから札を出して従業員に渡すと、深く礼をして部屋を出ていった。タケルは笑いながら言う。
「大森のやつ、ここぞとばかりに豪遊してっぞ。アイツ…ほんとあぶねえなあ」
「ふふっ。タケルは意外にオオモリが好きだよな」
「なんつうか、アイツのこう言うところ、憎めねえよな。九鬼さんも結構タジタジだったぜ。大胆って言うか、危機感がねえって言うか。でもよ、ギリギリの命がけの作戦なんだし、別にこれぐれえどうって事ねえと思わねえか? 俺たちゃ、寒い荒野を寝ずに走って来たんだからよ」
「お前の言うとおりだ。冷めないうちに食おう」
「ほら、ヒカルに高級酒も頼んでくれてるぜ。こう言う時ばかりはアイツに感謝だな」
「まったくだ」
俺とタケルはすぐに席について、グラスに酒を注ぎ乾杯をかわす。酒を一気に飲み干して、俺は皿に盛ってある料理をひとさじすくって口に入れる。
「コイツは…」
「ああ…」
「「うまい!」」
俺達は極上の料理に舌鼓を打ちながら、極上の酒を飲むのだった。




