第366話 ウラジオストクの夜
カブラギたちと別れてしばらく経つが、特に戦いの音などは聞こえて来ず、どうやら自衛隊は無事にロシアから脱出できたようだ。俺達はそれぞれが個々のグループとしてふるまう為、夜の街を三つに分かれて彷徨っている。
何故そうしたかというと、予めクキに言われていたからだ。
俺はミオとツバサを連れている。その理由はミオがロシア語を話せる為、そしていざという時は俺が二人を守れるからだ。
クキの隊にはオオモリとミナミがいて、クキが多少言葉を話す事が出来、クキとミナミの二人でオオモリを守れるから。
タケルの隊にはクロサキとマナがいて、クロサキが言葉を話す事が出来、タケルとクロサキでマナを守る事が出来るから。
考えられた人員構成となっており、先にクロサキの隊がホテルに入り、次にクキの隊が、そして俺達が最後に入るように時間差の配分がなされていた。
「夜も飛行機が飛ぶわね」
ツバサが空を見上げて言う。
「カブラギが言っていた通りだろう。近隣の地域で紛争が起きており、哨戒機が飛んでいるんだ」
「でも、この町は平和ね」
「そのようだ、人々が行き来して活気があるな」
「だね」
この世界に来て初めての普通に暮らす人々がいる町。俺はそのすべてが珍しく、思わず周りをきょろきょろと見渡してしまう。だがそれを遮るようにミオが言う。
「それより肌寒いわ。バッグに何か入ってるかしら?」
そう言ってミオが箱型のバッグを開ける。するとその半分にはびっしりと札束が詰まっていた。
「あ、大っぴらに出来ないわ…」
直ぐにふたを閉める。周りを見るが誰も見ている様子は無かった。
ピピッ!
電子音がしてツバサがポケットから、オオモリが改造したスマートフォンを取り出した。
「武たちがチェックインしたわ。という事は私達は、あと二時間ほど時間を潰さないといけないわね」
それを聞いてミオが言う。
「そうね…翼は寒くない?」
「寒い」
俺にとってはなんともない気温だが、二人には寒く感じるようだ。
「じゃあ、時間までバーにでも行きましょう」
「バーとは?」
「酒場よ」
「ほう」
酒場と聞いてついつい反応してしまう。
「どうします? 環境保護家のルイ・リシャールさん」
ミオが俺の偽名を呼んだ。
「いいんじゃないか?」
「じゃあ行こう」
「中国人営業マンのリファ・シェンミンの意見にさんせーい」
俺達が通りを適当に歩きだすと、より人通りの多い道に出た。車も多く走っており、道のわきにはちかちかと光る電気が続いている。
「光ってる」
「ネオンよ。見たことないわよね」
「ああ」
俺はきょろきょろと周りを見て、通り過ぎる車をジロジロと見てしまう。するとミオが言った。
「えっと、ヒカル? …よそ者ってバレバレよ」
「す、すまん」
どうやら俺は浮かれてしまっていたようだ。確かにミオの言うとおりだろう。するとミオが足を止めて、ある店を見て言う。
「ロックスだって。ここ入ってみる?」
「入りましょう。お金はいっぱいあるし」
「だね」
そうして俺達はその店の入り口をくぐった。念のため気配感知でおかしなことが無いか調べるが、特に怪しそうな人間はいないようだ。警戒を解く事はしないが、それほど神経をとがらせる必要もなさそうだった。しかし店内に入ると若干薄暗く、色とりどりの光が照らしていた。
「なんだ?」
「バーなんてこんな感じよ?」
「そうなんだな…」
すると店員がやってきてミオがそいつに話をしている。すぐに席に案内されて座ると何かを渡して来た。俺がミオに尋ねる。
「それはなんだ?」
「メニュー表よ」
そう言ってテーブルにそれを置いた。なんと親切に料理の写真があり、その説明と値段が描いてある。俺がまじまじとそれを見ていると、ミオな不思議そうに聞いて来た。
「見たことないの?」
「前世では壁に適当に書かれている奴を頼んでいた。こんなに丁寧に説明してくれるとは、頼み間違いが無くていいな」
「そっか…。何食べたい?」
「とはいえ、料理がどんなものかは分からん」
するとツバサがミオに言った。
「私も読めないし。美桜が頼んでいいと思うよ」
「わかった」
ミオが店員を呼んで適当に注文すると、直ぐに飲み物が運ばれてくる。するとミオが言った。
「じゃあグラスを持って!」
俺とツバサがグラスを持つ。
「ウラジオストクの夜に乾杯!」
「かんぱーい!」
ミオとツバサがグラスを合わせたので、俺もそれにカチンと合わせて言う。
「乾杯」
ゴクリと飲むと、それはビールだった。だが日本で缶や瓶で飲んでいた物よりも飲みやすく、食事に合いそうだった。
「美味いな」
「そうね!」
そしてツバサが言う。
「まさか、こんなバーに来れるなんて夢みたい。日本で頑張っているみんなに申し訳ないわ」
だがミオが首を振って言った。
「これから危険かもしれないのよ、こんなチャンスは全部ものにしなくちゃ」
「ふふっ。そうかもしれないわね」
すると次々に料理がテーブルに並び、俺達はそれを食い始める。
「バーで食べる揚げ物は格別だわ」
「ポテトも美味しい」
俺も食ってみるが確かにビールと合う。そして俺は周りを見渡し、色とりどりのコップを見てミオに聞く。
「周りの奴らが綺麗な色の何かを飲んでるぞ」
「あれはカクテルよ。飲んでみる?」
「酒か?」
「そう」
「飲む」
ミオがメニューを見て、次に食い物を運んできた時に店員に頼んだ。するとすぐに飲み物が運ばれてくる。俺の手元には鮮やかな青の飲みものが置かれた。
「これが…酒?」
「そうよ」
それを口に流し込む。だがそれは変に甘くて、酒という感じでは無かった。チリチリ感のないコーラ…。いや…それとも違う飲み物だ。そんな俺の表情を見てミオが言う。
「お気に召さなかったみたいね」
「もっと強いのは無いのか」
「えーっと、ウォッカかな」
「それを五杯くらい頼む」
「分かった…」
ミオが店員を呼んでウォッカを五杯頼んでくれた。直ぐに飲み物が届き、俺は一気に五杯のウォッカを流し込む。
「美味いが、いつものよりも香りが…」
「だって! 最近は超高級酒ばっかり飲んでたじゃない」
「なるほど。だが出来れば瓶ごと欲しいな」
「えーっと、一応あるみたい。頼んでおく?」
「頼む」
するとすぐにウォッカの瓶とグラスが届く。俺がミオとツバサに聞いた。
「二人も飲むか?」
「えっと、いざという時に走れなくなるからやめておくわ」
「わたしも」
「そうか」
そうして俺はウォッカの蓋を開けた。するとツバサが俺のグラスについでくれる。俺がひとり酒を堪能していた時だった。ツバサとミオが同じ方向を見て言う。
「えっ? バンドだわ?」
「生演奏聞かせてくれるって事?」
「そうみたい! ロックスだし!」
男達がぞろぞろと壇上に上がって何かを始めた。するとマイクを持った男が話し始め、その後で大きな太鼓の音が鳴り響き、大きな音量で音楽が始まった。
「おお! なんだ!」
するとツバサが俺の耳元で大きな声で言う。
「これがロックよ! コンサートはもっと大きな会場でやるんだけどね! ここでは飲んでいる人に聞かせてくれるみたい!」
「そうか! これがロックか!」
すると酒場の客が手を叩いたり、一緒に歌ったり拳を振り上げたりしていた。皆が楽しそうで、ミオとツバサも手を上げて振っている。まるでこの部屋全体が一体になり、うねるように楽しんでいる。
俺は手酌でウォッカを飲みながら、盛り上がる二人を見て満足するのだった。
するとツバサがスマホを取って言う。
「九鬼さん達がチェックインしたわ」
「じゃあ、あと三十分ほどしたら出ましょう!」
ミオが言って俺達が頷いた。音楽が何曲か演奏されて、俺のウォッカが空になった頃に時間となる。だがその時、突然隣の席から声がかけられた。
「あんたら、旅行者だよな!」
俺には分からないがミオが答えている。隣は男三人で飲んでいたようだ。
「そう」
「一緒に飲まないかい!」
するとミオがこちらを振り向いて言う。
「なんか一緒に飲もうとか言われてるけど」
「もう時間じゃないのか?」
「でも、多少ここの話が聞けるんじゃない?」
ミオが俺を見て言う。確かにその通りかもしれない。この世界で普通の暮らしが出来ている人間の情報はありがたい。
「いいだろう」
そして俺達は見知らぬ男三人と酒を飲むことになったのだった。




