第365話 ロシア潜入ウラジオストク
ゴウンゴウンとエンジン音が鳴り響く狭い空間に俺達は集まっていた。その潜水艦の一室には、これから始まる冒険に対しての不安が詰まっている。この部屋の壁の外は海の深淵だが、ここにいる限りは分からない。僅かな照明が皆の顔を照らし出し、ヨシズミからの説明をただ聞いていた。既に何度も話され尽くした内容だが、最終確認の為に皆が話しているのだ。
「おさらいになりますが、当艦はロシアのウラジオストク近海に出ます。皆さんはウラジオストクから鉄道で、イルクーツクまで行っていただきます。なぜロシアかは説明した通りです」
隊長のクキが答える。
「ロシアは、ファーマ―社が入り込んでいないからだな」
「その通りです。万が一ファーマ―社に遭遇すると危険ですので、安全なルートを選んでいます」
「イルクーツクまで、五十二時間だったか」
「はい。約二日間は電車の中です」
「そこからモンゴルだな…」
「はい。イルクーツクで車両を強奪していただき、どうにかウランバートルまで行ってください。順調にいけば十四時間ですが、もっとかかるかもしれません」
「まあどうにかなるだろう」
「流石は特殊作戦群の隊長です」
「元な」
「すみません。ウランバートルに着いたら、ベルリン行きの旅客機に潜り込んでください。十二時間のフライトでベルリン入りできます。そのまま飛行機を乗り継いで、フランクフルトに飛んでください」
皆がそれを黙って聞いていたが、ミオが手を挙げた。
「はい」
「どうぞ」
「えっと、私は海外を放浪したことがあるけど、多分順調にはいかないかと思う。普通に行ったら四日くらいで行く計算だけど、間違いなく六日以上かかると思うわ。いま世界中で紛争が起こっているし」
「それも想定しつつでしょうね」
そしてクキが言った。
「一応、紛争地帯は避けたルートを組んでいるが、順調にいくかどうかは現地に行って見なけりゃわからん」
「正直な所、計画通りにいかない場合は、皆さんの裁量にかけるしかありません」
「分かっている。あとは…」
クキがオオモリを見ると、皆の目もオオモリに向かった。
「あんちゃんの機械が何処まで通用するかだぞ」
「シミュレーションでは上手くいってます。ですが全てがIT機器を挟んでない可能性もありますので、そうなって来ると僕ではどうしようもありません」
するとヨシズミがクキに言う。
「そこからは九鬼さんの領域になります」
「まあ、なんとかするしかあるまい」
「おねがいします」
すると艦内の無線が繋がり、俺達がいる部屋に通告が来た。
「まもなく浮上地点に到着します。みなさん、上陸準備をお願いします」
それを聞いてクキが言う。
「よし。荷物の準備だ」
「「「「「「了解」」」」」」
そしてヨシズミが俺達に言う。
「鏑木二佐の隊が先に上陸して、駅までのルートを確保しています」
「了解だ」
そして潜水艦が浮上した。ハッチが開いて先に自衛隊達が外に出ていく。それが終わってヨシズミが俺達に言った。
「では行きましょう」
潜水艦の甲板に出ると外は夜だった。空は晴れており、夜空に浮かんだ星たちが瞬いている。漆黒の海面は波が無く、遠くの陸地にビルの明かりが見えていた。自衛隊達は俺達が運ぶ分の荷物をゴムボートに積み込んでいる。ゴムボートに乗り込んで、振り向くと自衛隊員達が敬礼をしていた。
そしてヨシズミが言った。
「いざという時は、ヒカルさん! お願いします」
「誰一人死なせん」
「では九鬼隊長も!」
「楽しんで来るさ」
「はい! それでは良い旅を」
俺達が手を上げて、クキがボートのエンジンをかけ陸地に向かって進んでいくのだった。潜水艦はしばらくこのあたりに隠れ、カブラギの隊を回収して日本に戻る予定になっている。
俺達が陸地に近づいて行くと、パチパチとランプが点滅しているのが見えた。
「あそこだ」
俺達が到着すると、そこでカブラギとハルノ、そして自衛隊員達が待ち構えていた。
「お待ちしてました」
クキが聞く。
「ここは港か? 人もいるんじゃないか?」
「この時間帯は人が来ません」
「そうか、大胆な作戦だ」
「むしろこんな場所の方が目立たないものです」
「なるほどな。状況は?」
「静かなものです。ですが、軍関係の航空機はしょっちゅう飛んでますね。すぐ駅周辺までお送りします」
「ここから、どのくらいだ?」
「一キロもありません」
三名の自衛隊員達が夜の岸壁に残り、ゴムボートを見張っているようだ。俺達が岸壁に引き上げられ、カブラギについて行くとマイクロバスのようなものを用意していた。
「これは?」
「盗みました」
「そうか」
俺が思っていたよりも大きな町で、高いビルが何軒も立ち並んでいる。夜の町はまだ完全には眠っておらず車も走っていた。
それを見て俺は驚いてしまった。
「車が沢山走ってる…」
するとミオが答えた。
「これがこの世界の普通よ。人々が普通に暮らしているのよ」
「そうなんだな…」
日本のゾンビで壊滅した風景とは全く違っていた。そこには生きる人々がたくさんいて、多くの建物には灯りが灯っている。死んだ日本の町とは全く違っており、まるで都市自体が息をしているかのように感じた。俺達が連れられた先は、なんと宿泊施設だという。そこでカブラギが俺達に説明する。
「あそこがシベリア鉄道の最終地点、ウラジオストク駅になります。出発時刻は明日の夜八時十五分です。そして大森君がハッキングでホテルを予約しておりますので、チェックインをしてください。ただし、皆で一気に入らない方が良いと思います」
「ああ。別々の観光客という事になっているんだろ?」
「そうです。そして皆さんはこのバッグを持って行ってください」
車には大きな肩がけのバックや、箱型の滑車のついたバッグが積みこんである。
マナが言った。
「それぞれの名前が入っているのね」
するとハルノが説明し始めた。
「そうです。これが…ヒカルさんですね。ルイ・リシャールとしての荷物と金が入っています。ルーブルも入っているのでチェックアウトの時はそれで…と言っても分からないですよね? 美桜さんがフォローをよろしくお願いします」
「わかったわ」
「そしてこっちが、リファ・シェンミン。美桜さんの荷物です」
「はい」
各それぞれに荷物が渡される。そしてカブラギが言った。
「我々はこのまま先ほどのゴムボートで脱出します。皆さんお気をつけて」
するとクキが言う。
「あんたらも気をつけてな。軍艦がうろついているらしいじゃねえか」
「危険度は皆さんの比になりませんよ」
「まあな…んじゃ、行って来る」
「「「無事を祈ります!」」」
俺達はカブラギたちに見送られ、マイクロバスを降りてロシアの街に足を踏み入れるのだった。




