第356話 女達の気持ちはそれぞれ
想定していた戻り日程よりもずれ込み、俺とクロサキが遅くに基地に戻って来た。するとツバサとマナ、ミナミ、ユミが出迎えてくれる。そして女達が心配そうに声をかけてきた。
ツバサが言う。
「なにかあった?」
「特段変わった事はない。だが、かなりのスピードでレベルを上げる事に成功した!」
「そう…」
マナも聞いて来る。
「他には何もなかった?」
俺が少し沈黙して考えていると、ミナミがクロサキに尋ねる。
「問題なかったですか?」
「私のわがままで、レベルを上げる事に特化して手伝ってもらったんです。ヒカルさんは、そんな私につきっきりで指導してくれました」
「つきっきりで?」
「そうですね。どうしても皆さんに追いつきたかったので、危険な場面もあったかもしれません。ですがその都度、ヒカルさんがゾンビを処理してくれたのです。皆さんがヒカルさんを信じていい、と言った意味が良く分かりました」
「そうですか…」
皆がとても心配してくれていた事は分かった。だがクロサキはどうしても、皆の足を引っ張りたくなかったのだ。その為かなり身体能力にも磨きをかけ、かなりの強さになったはずだ。だから皆が心配するような事は何もないだろう。
そこで俺は思いついた。
「そうだ! みんなに見せたいものがある!」
「え、なになに!」
「見せたいもの?」
「どんなの?」
女達が興味津々に言うので、俺がクロサキに言う。
「組んで見せてやろう、きっとみんなの役に立つ」
「わかりました」
俺とクロサキが相対して立ち、俺がスッとクロサキの首回りに抱きつくように手を回す。だがその勢いを利用して、クロサキが合気道で俺と一緒に転がった。俺とクロサキが立ち上がり女達に言った。
「どうだ? 凄くないか? この体技はかなり役に立つぞ」
「えっと、それは?」
するとクロサキが言う。
「合気道です。警察で訓練していたので、それを見せたらヒカルさんが知りたいと言って、ゾンビを狩らない時はずっとこれの訓練をしていました」
ツバサが言う。
「ゾンビを狩らない時はずっと転がってたんだ?」
「まあ、大抵は」
「へえー、なんだか楽しそう」
おかしな感じだ。なぜか楽しそうに感じない。というか楽しいものでもないのかもしれないが。
すると、そこで話を聞いていたユミが急に吹き出した。
「プッ! ちょっとみんな! 何勘ぐってるのよ?」
ツバサが答える。
「べっ、別に何も勘ぐってはいないわよ」
「あからさまなんだけど」
そんな話をしていると、クロサキがハッとした顔をする。
「あ、あの! なんにもないですよ! 本当に真剣に、ずっとレベル上げをしただけです。ひたすら体術の訓練と、ゾンビの討伐に明け暮れてました!」
何を疑っているのかは分からないが、もしかしたら皆も稽古をつけて欲しいのかもしれない。
「教えてもらった合気道を教えてやろうか?」
「「「やる!」」」
三人が声をそろえて言う。やっぱりそうだった。みんなも合気道をやりたかったという訳だ。
「そう言う事なら道場に行こう!」
自衛隊基地内部には、鍛錬の為の道場とやらがあった。そこは床に畳が敷いてあり、そこで自衛隊が体技の訓練をしている。
すると今までは興味無さそうにしていたユミも言う。
「へえ。武やみんなも誘って来るわ」
「頼む」
俺とクロサキが三人を連れて、道場に行くと誰も使っていないようだった。するとクロサキが言う。
「道着とかもあるんですね!」
「自衛隊達は、あれに着替えてやっている」
「借りれますかね?」
「問題ないと思うぞ」
「では」
そしてそこにクキとオオモリ以外のメンバーがやって来た。それぞれが仕事をしていたようだが、ユミがわざわざ連れて来たのだ。
「連れて来たよー」
「よし。みんな! 今後の為に新しい体術を教える!」
するとタケルが面白そうに言う。
「なんだ、なんだ!? 何が始まった? おもしれえな!」
「おう、みんな! 道着に着替えろ!」
俺が言うと、みんなが道着に着替え始める。アオイに合うサイズは無いようで、アオイはジャージという奴を着ていた。
ユリナが言う。
「着替えたわ」
「よし! これは対人戦で非常に役立つと思われる合気道というやつだ。師匠であるクロサキの前に俺が稽古をつけてやる。まずはタケルからだ」
「おいおい…死なねえよな?」
「そう言う類のものではないと分かるぞ!」
「よっしゃ」
俺の目の前にタケルが立ち、俺はタケルに言う。
「俺は全く力を出さない。だがタケルは全力で俺にかかってこい」
「いいのか?」
「どこからでも」
バッとタケルがかかって来た。だがその力を利用してふわりとタケルを転がした。
「なんだ???」
「凄いだろ」
「ああ、気が付いたら寝てた。衝撃も無い」
「これが合気道だ」
「すげえぞ」
するとクロサキが言う。
「あの…私を超えてるんですが…」
「そんなことはない。じゃあ次は師匠とタケルでやってみてほしい」
するとタケルが言う。
「こんなこと言うのもなんだけどよ。俺の力は既に人間離れしてしまってるぜ。大丈夫なのか?」
俺はクロサキを見る。するとクロサキが言った。
「ではやってみましょうか?」
「わかった」
そしてタケルとクロサキが向かい合った。クロサキがタケルに言う。
「どこからでも」
「まあ、怪我はさせないようにするぜ」
と言いながら、タケルがクロサキに飛びかかるが、次の瞬間タケルはコロンと転がされていた。
「あれ?」
それを見たユミが言う。
「なーにやってんのよ。油断した?」
「してねえ。怪我させないようにと思ってな」
するとクロサキが言う。
「もう少し本気で来てください」
「わかった」
再びタケルが飛びかかるが、クロサキを中心にコマのように回らされ転ばされる。
「はれ?」
そこでクロサキが言った。
「信じられません。私の技術も格段に上がっているようです。ヒカルさんとの訓練で体が全く違うように動きます」
それを聞いた俺が、ツバサとマナとミナミに言う。
「どうだ? これをやって見たかったんだろ?」
「う、うん」
「まあ…」
「興味はあるけど」
「よし! 師匠! みんなに教えてやってくれ。アオイはこっちにおいで、俺が稽古をつけてやる」
「はーい」
「あれ? ヒカルとじゃ…」
「そうだよね」
「だよ」
だがそれを傍目にミオがクロサキに言う。
「先生! 是非お願いします!」
「ええ。ではやってみましょう」
クロサキがミオに合気道を教え始めた。それを見てユミが三人に言う。
「さあさあ、ユンちゃんもリコさんもやる気みたいだし! ここはひとつ黒崎さんの教えを乞うとしましょう。ヒカルが役に立つって言うんなら間違いなくそうだわ」
「「「はい…」」」
そして、それからしばらく合気道の練習をする。クロサキが全体を見て言った。
「みんな凄く呑み込みが早い、これがヒカルさんが言っていた思考加速ですか?」
それを聞いて俺が答えた。
「既にみんなが、意識せずにそれを使えているんだ。そうだな…」
俺が周りを見てミオを呼ぶ。
「ミオ!」
「なに?」
「鉢巻きで目隠ししてくれ」
「何をするのかしら?」
そして俺は道場の端に行って木刀を数本持って来た。
「木刀を投げるから避けてくれ」
「ふふっ、わかったわ」
そして俺はヤマザキとユミとユリナに木刀を渡す。
「適当なタイミングで投げろ」
するとあたりが静かになり、三人がミオに向かって立つ。不意にユリナが投げるが、スッとミオが避ける。その後間髪入れずヤマザキとユミが少しずれて木刀を投げた。スッ! スッ! と二本を避けて立っている。
俺がクロサキに言った。
「言った通りだろう?」
「凄いです」
ミオが鉢巻きを解いて言った。
「なにが言った通り?」
「それぞれに得意な身体能力があると話していたんだ。ミオの気配感知を見せたくてな」
「そういうことか」
「ああ」
そして俺はクロサキに言う。
「じゃあクロサキも皆に見せてやろう。ヤマザキとタケルとミナミ、あとツバサとマナが一斉に飛びかかって見ろ」
「は? どういうことだ?」
「おさえつけてもいいぞ。いいよな? クロサキ」
「まあ、やってみます」
そして五人が一斉に飛びかかるが、誰もクロサキにとりつく事が出来なかった。皆が転がされ、いなされ、まるで何かに操られているようだ。しばらくそれを続けているが、みんなが息を切らしているのに対してクロサキは息を切らしていない。
「はあはあはあ」
「なんで?」
「捕まらない」
「すごい」
「不思議」
「これはゾンビには効きません。対人でのみ使える技です。相手の力を利用してやっているんですが、私も気配感知を教えてもらいまして、次にどう来るかがなんとなく分かるようになりました」
するとそれを聞いたツバサが手を叩いた。
パチパチパチ!
「凄いですよ! 黒崎さん!」
マナも言う。
「これをヒカルに教えてたんですね!」
ミナミも言う。
「これは確かに役に立つ。なんか…へんな勘ぐり入れてごめんなさい」
「いえ。でも皆の気持ちを考えたら、直ぐに帰って来るべきでした」
「ごめんなさい。黒崎さんの真剣な気持ちを…」
「大丈夫です。私も女ですから、皆さんのお気持ちも分かります」
するとミオが言った。
「どうしたの? なんだか一気に打ち解けたみたいだけど」
ツバサとミナミとマナが、バツ悪そうにしている。
するとユミがミオに言う。
「なんか、随分達観しちゃって。一番やきもきしていたはずなのに、二人きりで行くように提案したのも美桜だしね」
ミオが皆を見渡して言う。
「ああ、そう言う事か。一番大事なのはヒカルの気持ちだし、私はヒカルが一番良いと思えるならそれでいいんじゃないかなって思うから」
なるほど。良く分かった。
「よし! それじゃあ、合気道を体得できるまで訓練を続けるぞ!」
俺が言うと、タケルが言う。
「いいんだよ! こいつはこういうやつなんだよ! 根っからの善人つーかな!」
それを聞いて皆が笑いに包まれた。タケルが何を指して言っているのか分からないが、皆が幸せそうに笑うので、俺も楽しくなってくるのだった。




