第34話 生きる気力
若干ではあるが腹が満たされた事で、皆はホッと一息つくことが出来ていた。そして俺は皆に体力を回復させる為に言う。
「まだ皆の体力は回復していない。俺がゾンビを見張るから皆は奥の部屋で眠るといい」
するとミオが言う。
「いい加減、ヒカルも休まないと倒れちゃうんじゃない?」
「問題ない」
「困ったときはお互い様なんだし、少しは眠った方が良いよ。逆に私達が見張るからヒカルこそ休んでよ」
とはいえミオ達は、レインやエルヴィンやエリスのように強くはない。ミオらはゾンビに襲われただけで命が脅かされるのだ。俺はまだ動けるし彼らより俺の方が護衛は適任だと思う。
「しかし…」
するとタケルとユリナが俺のところに来て言った。
「いいからいいから! ヒカルにばっかおんぶに抱っこばかりじゃ、俺達も申し訳ないからよ」
そんなに言うなら、深眠法で休む事にしよう。
「わかった。なら俺の体力が完全回復する時間を貰おう」
「お! そうだ。休んでくれ!」
「ああ」
そして俺はその場に座り込んだ。
「おいおい! 隣りに畳の部屋があるんだし、ゆっくり眠ってくれよ。家中の鍵はかけてるし、動かなければゾンビも俺達に気づかないだろうからよ」
「そうか」
そして俺はユリナとタケルに背中を押され、隣りの部屋へと連れていかれるのだった。その床は板の間より柔らかく眠るのには丁度良さそうだった。
「じゃ、ゆっくり休め!」
タケルに言われ俺はその場に体を横たえる。すぐに深眠法を使って一瞬で魂の底まで沈み込み、眠りに入った。俺の体は隅々まで休眠モードに入り、全ての世界から遮断されたのだった。
そして目覚めた。
「よし」
おかげで魔力も全回復し体力も全て元に戻っていた。さっき食べたコメが俺に力をくれたようだ。そして皆の元へ戻り声をかける。すると不思議そうな顔でミオが話しかけて来た。
「えっ? 眠れないの?」
「十分すぎるほど眠った。魔力も体力も魂も全て回復だ」
「なんて言ったか分からないけど。十分? いや…じゅっぷんの間違いじゃない?」
するとタケルも重ねて言って来る。
「そうだな。多分、十分か十五分そこらじゃねえか?」
「だが既に身体は回復した。俺はそういう風に訓練して来たんだ。皆が見張っていてくれたおかげで、完全に遮断し魂の底まで休むことが出来たよ」
俺が言っている事は皆にとって、ちんぷんかんぷんのようだが、魔力も気も使えない彼らには説明したところで分からないだろう。とにかく完全回復したのだから問題ない。
「ヒカル私達に気を使ってない?」
「いや、まったく。それよりも俺は十分休んだから、今度は皆がゆっくり休んでくれ」
するとヤマザキが皆を説得するように言った。
「ヒカルは特殊な訓練を受けているんだ。恐らく本当に休めたんだと思う。一旦ヒカルに任せて俺達も休むことにしようじゃないか」
「まあ、俺はまだ大丈夫だけどよ」
タケルが言うとユミが返す。
「体力だけはタケルのとりえだもんね」
「体力だけは? そりゃないぜ。おりゃいろいろ出来るつうの」
「それだけって言ってないから!」
「あ、そうだっけ?」
二人のやり取りに皆の気がなごむのが分かった。そして一人また一人とウトウトし始める。腹にコメを入れた事で眠くなってきたようだ。皆に何かがあるといけないので、俺は気配感知レベルを3にあげて周囲三百メートルほどに警戒網を広げた。二百メートル先の民家数件に、動きの止まったゾンビがいるくらいで特に何もいない。
すると静かな声でミオが声をかけて来る。
「ヒカルの国ってどんなところだったの?」
「俺の国は、そうだな…綺麗な国さ。山も海もあってな、秋になれば小麦畑が金色に波打って、春になれば一面に花が咲いて人々が集う。そんな国だよ」
「大自然かあ…いいなあ。そういうところでのんびり暮らしたかった」
ミオが何処か遠い目をしてそう言った。何か悲し気な表情をはらんでおり、俺の胸は少し湿っぽくなる。恐らくこんなゾンビだらけの世界になる前に、ミオはそんな夢を抱いていたのだろう。
「だけど、俺はその国を守るために、いつも荒野や洞窟に籠って戦っていたんだ。だからほのぼのとした安らぎの時間はほとんど無かったかな」
「戦っていた?」
「そうだ。美しい風景も民も守るために頑張って来た」
「凄いね」
凄い…。凄いのか?
「俺は凄い事なんかやっていない。むしろそれが全て間違いだったとすら思うんだ」
「間違い?」
「俺はもっと自分の事を考えればよかった。国を…民を思うばかりに、とんでもない事をしでかしてしまったんだ」
「とんでもない事?」
「世界を滅ぼしかけたのさ」
「えっ…」
ミオはあっけにとられた顔をした。無理もない、世界を滅ぼしかけた奴が目の前にいるのだ。そりゃそんな表情にもなるだろう。
「もちろん寸前で世界は助かったけどな。今になって俺は思うんだ」
「なんて?」
「俺はもっと自分の為に生きるべきだったんじゃないかって」
俺はふとエリスの顔を思い浮かべる。俺はエリスと添い遂げようと思っていたのに、戦いに明け暮れ気づいたら彼女と離れ離れになってしまった。俺は全く人間らしい暮らしをしないままに最後を迎えてしまったのだ。するとミオが少し思い込むような表情をして言う。
「うん…なんか分からないけど。ヒカルはもっと自分を大事にして良いと思うよ」
自分を大事に…か…。そんな事は考えてもみなかった。俺はふとミオの顔をじっと見る。すると一瞬目を合わせて、ミオは目を伏せ顔を赤らめてしまった。
「どうした? 熱があるんじゃないのか?」
俺はミオのおでこに手を当てる。だが熱は無いようだ。さっきツバサの看病をしていて、うつったのかと勘違いをしてしまった。するとミオは更に顔を下げて言った。
「大丈夫よ! とにかく! これからヒカルは自分の生きたいように生きて良いと思う!」
「ありがとう。そんな事を考えた事も無かったから、これからはそうしたいと思う。もしよかったら、いろいろこの国の事を教えてほしい」
するとミオが顔を上げてニッコリ笑って言う。
「もちろんよ! 任せなさい」
そう言って拳を握り胸を叩く。この世界を一人で生き抜く力など無いミオが、その小さい胸を叩く姿を見て俺の心に微かな感情が芽生えた。小さく若いミオには、もっとより良い世界で生きてほしいという思いが。
「ミオも一旦休め。体力を戻しておかないと、いざという時動けない」
「わかった。でもこれだけ言わせて欲しいんだけど、ヒカルがいる事で私達は安心して眠る事が出来るようになったの。ありがとう」
「それならよかったよ」
「うん」
そしてミオは壁にもたれかかった。皆が静かになったので、俺は台所に行き包丁を見る事にした。どうにか戦闘に使えそうではあるが、恐らく耐久力は低いだろう。ミナミがどこかに剣があると言っていたが、それがあれば彼らを死なせることもないのだが。
家の中をいろいろと物色していると、書物のような物が本棚に並んでいるのを見つける。俺は何気なくそこから本を取り出して開いてみた。だが見た事のない文字で読むことが出来なかった。他の本も取り出してみるが、全く分からずに元に戻す。そしてもう一冊本を取り出して俺は驚いた。なんと精巧な人が描いてある冊子があったのだ。
「幸せそうだな…」
その冊子に挟みこんである絵に描いてあるのは幸せそうな家族だった。次を開くと今度は大勢の人がいる場所で、家族がこっちを見て笑っている。もしかするとゾンビの世界になる前はこんな感じだったのかもしれない。
俺が冊子をみていると部屋の外から人間の気配がした。そしてするりと人が入って来た。
「なんか眠れなくて」
部屋に入って来たのはユリナだった。
「まあ無理に寝る必要は無いが、休んでおけばいい」
「気晴らしも必要よ。それなに?」
俺が手にした冊子をユリナが覗き込んだので、俺はその冊子をユリナに渡した。
「アルバムだわ…、みんな楽しそう」
「アルバム? これはアルバムと言うのか?」
「そうよ」
「凄く緻密な絵だ」
「ううん。それは写真って言って、機械で撮影した実物なのよ」
やはりこの世界の文明は凄い。俺が絵だと思っていた物は実物が記してあるらしい。
「これは、この家の者達だろうか?」
「そうだと思う。本当に幸せそう…」
すると、ふいにユリナの目から涙がこぼれ落ちた。それがぽたりぽたりとアルバムの上に落ちて、シャシンとやらを濡らしていく。
「どうした?」
「ううん。私にも家族がいたの、でもみーんな死んじゃった。ここに集まったみんなにも家族がいたのよ。家族に会えなくなった人もいるわ、生きてるかどうか分からないって…」
「そうだったのか…」
俺はユリナからアルバムを受け取り、それを閉じてそっと棚に戻した。ユリナが泣いているので、俺は両肩を手でつかんで言う。
「でもユリナは生きてる、ならこれからどうするかだ。死んだ者は戻らない、これから未来に向けて自分の家族を作っていけば良い」
俺は気が利いた事を言えない。だがこんな世界になってしまったらそれしかないのだ。前を向いて新しく作り上げていくしかない。俺は滅びた国もたくさん見てきたが、生き残った者達で新しく作り上げていくしかないのだ。俺はただそのことをユリナに伝えたかった。
「うん…、ヒカルの家族や友達は?」
「親は小さい頃に死んだ。友は恐らくもう二度と会えないだろう。だが俺は信じてる。彼らは彼らの幸せをつかみ取るだろう」
その為に俺は一度死んだのだから。
「ヒカルは強いね」
「どうだろうな。だが生死を共にしたやつらだ。俺はアイツらを信じてる」
「うん…」
ユリナは力なく笑った。生きる気力がだいぶ少なくなっているように感じる。俺はユリナに言った。
「ユリナは皆に必要とされている。だから生きろ、そしてみんなと一緒に新しい世界を作るんだ」
「新しい世界…」
「そうだ。崩壊したら新しく作るしかないんだよ」
「なんだか、壮大な話過ぎて良く分からないわ」
「それしかないんだ」
「なんかヒカルに言われるとその気になっちゃうね」
「それでいい。その気でいろ」
「うん!」
少し元気を取り戻したようだ。皆はただ生き延びるので精一杯で、生きる目標を見失っているのかもしれない。それには食糧や生活における安全圏の確保が絶対条件だと思う。こんなに不安定な逃亡生活をしているようでは、生きる気力など出てくるはずがなかった。俺だって国を守るためという目標があって、あんな思いをし続けて魔王ダンジョンに潜り続けたのだ。
「俺も手伝うさ」
「うんうん!」
ユリナは泣きながら笑っていた。皆に漂う絶望的な雰囲気は将来が見えない為だろう。だが未来は自分で作らねばならないと言う事を、どうにかして皆に知ってもらわねばなるまい。
「皆の所へ」
「わかった」
そして俺とユリナは皆が休む部屋へと戻るのだった。




