第346話 公安機動捜査隊員が仲間になる
俺達が集めたファーマ―社の情報が入ったパソコンを、クロサキは何時間もかけてチェックし続けている。まるでオオモリのような集中力で、次々とデータを見ては眉間にしわを増やしていった。
「ふう」
クロサキは時おりため息をつき、それでもパソコンから目を離さなかった。もちろん自衛隊員もクキも俺もつきっきりで、ずっとその様子を見ていたが不意にドアがノックされた。
ハルノがドアを開けると、向こう側にはミオがいて何かを話している。そしてハルノが室内にいる人に声をかけた。
「えー、食事にしませんか?」
だがクロサキは全く耳に入らないようで、ただひたすらパソコンの画面を次々に開き続けていた。その肩にカブラギが手を乗せると、ようやく我に返ったようにカブラギの顔を見る。
「食事をとった方が良い」
「…食欲が…」
「それでも食べた方が良いでしょう。あれからもう六時間以上たっています」
「えっ! そんなに…」
「いったん中断しましょう」
「わかりました」
するとミオが、入り口から大きな声で語りかけた。
「食堂に移動してはいかがでしょう!」
カブラギが頷いて言う。
「そうしましょう。いったん気持ちを切り替えた方が良いかもしれません」
それを聞いたクロサキが立ち上がって両手を前に出してくる。だがカブラギは首を振った。
「いえ。手錠はもう必要ないでしょう」
「いいのですか? 私が嘘を言っているかもしれませんよ」
だがそれに俺が言う。
「クロサキは嘘を言っていない」
「えっと、あなたはヒカルさんでしたっけ?」
「そうだ」
「教祖なんて言ってごめんなさい。あなたは正真正銘、御伽噺の英雄だったんですね」
「大したもんじゃない。少し剣の使い方が上手いだけだ」
「あなたみたいな力の持ち主が、そんなに気持ちが純粋だなんて不思議」
それを聞いたクキが笑いをこらえながら言う。
「そう思うよな? 傭兵なんかしていた頃の俺が本当に恥ずかしくなる。この優男と接しているうちに、人間ごと変わったような気になってくるんだ」
「分かる気がする」
「こんな強いのに二枚目なんて、ちょっと憎たらしいけどな」
「天は二物を与えずなんて嘘だわ」
「そう思う」
そしてカブラギがまた言った。
「少しは食べる気がおきました?」
「そうね。よろしければ、お願いします」
そうして俺達は食堂に移動した。とてもいい匂いが漂って来るが、それを嗅いだだけでクロサキが言う。
「随分美味しそうな匂いがしますね」
そういうと待ちかまえていた、ユリナが言った。
「少しずつ物資も流通して来てるんです」
「まともな食事の匂いを嗅いだのは、本当に久しぶりかもしれない」
テーブルの上には蓋をした丼が置いてあった。皆が席に着くとツバサが言った。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
丼を開けると、黄色くて茶色い何かが出て来た。それを見てクロサキが言う。
「カツ丼だわ!」
「新鮮な豚肉を使ってますよ」
「まだ…手に入るんですか?」
「すでにセーフティーゾーンでは農業が始まってるんです。まずは食の拡充と言う事で、皆が農業に力を入れてるんですよ。まあ、まだまだ貴重ですけどね」
「そんな貴重なものを…。そしてセーフティーゾーン…本当なんですね」
それを聞いてカブラギが言う。
「数百万単位の人の生存を確認しています。正確な数字は分かっていませんが、各地で必死に生き延びるために農業に勤しんでます。普通の会社員も弁護士も、学校の先生も地方の議員もみんな泥にまみれてますよ」
そしてもう一度ツバサが言う。
「さあ! 冷める前に!」
「では、いただきます!」
皆が丼をかき込み始めた。だがクロサキはじっとカツ丼を見て止まっている。それを見たハルノが声をかけた。
「やっぱり食欲がわきませんか?」
「い、いえ」
クロサキが箸で丼をつまみ、ぱくりと口に入れて咀嚼する。もぐもぐしながらも、じっとカツ丼を見つめて離さない。しかしその口の中のものをゴクリと飲み込んだ次の瞬間、瞳から大粒の涙がポロポロと流れ落ち始めた。それを周りの人らが心配そうに見ている。
それを見て俺が言う。
「やはり具合が悪いんじゃないか?」
だがクロサキは頭を振った。そしてじっとカツ丼を眺めたまま言う。
「…おいしい」
その言葉を聞いて、みんながホッとするのが分かる。ユリナがニッコリ笑って言う。
「よかった」
「ずっと潜入捜査をしていて、核弾頭の被害から生き延びて…まさか日本が復活しつつあることを知らなかったなんて。元ファーマ―社員の話なんか信用できないと思っていたけど、本当に生き延びた人がいたなんて…」
クロサキは言葉を詰まらせてしまった。
そこで見ていたタケルが言う。
「美味いだろ? うちの子らはみんな料理が上手なんだ。食えば明日の活力が出てくるぜ! とにかく食って気張るしかないなってな! そう思えてくるんだぜ」
「うん、うん…」
クロサキは泣きながらも、がつがつと丼をかき込み始めた。
「どうだい? ヤな事! ぜーんぶフッ飛ぶだろ!」
「うん…うん…」
そして全員が飯を食い、丼が空になる頃にはクロサキも泣き止んでいた。皆が食べ終わった時、クロサキがガタンと立ち上がって言う。
「公安機動捜査隊が追い求めていた物を見させてもらったわ。あそこまでの情報を取るには、命がいくつあっても足りなかったでしょう。あなた達のこれまでの活動に敬意を払わなくてはいけない、そして命がけで捜査した公機捜のみんなの分も礼を言いたい。本当にありがとうございました!」
そう言ってクロサキが深々と頭を下げる。それを見たカブラギが言う。
「いやいや。裏側で必死にやっていた人たちが居た事を知れて良かったです。日本にそんな善意が残っていたなんてね。日本もまだまだ捨てたものではないと思いました」
「この後もあのデータを確認させていただきたい!」
「もちろんですが、休まなくて大丈夫ですか?」
「こんなに理想的な状態なのにですか? ファーマ―社を終わらせる裏が取れている。あの情報があればお宮入りさせなくても済むんです!」
だがそれにクキが返した。
「いや、黒崎さんよ。司法は既に役に立たないんだ。ここからは実力行使あるのみなんだよ」
だがクロサキが言った。
「海外はまだ通常の世界なのでしょう? 明るみに出して根こそぎ叩き潰す必要があります」
「まあ…それはそうだが、現状、日本が国家として認められているかどうか」
「認めさせましょう。数百万も生きていたのなら、国家は成り立ちます。世界には少ない人口の国もあるんですから」
それを聞いてユリナが言う。
「刑事さんの言うとおりだわ。私達がどこかのファーマ―社基地を破壊したところで、蜥蜴のしっぽ切りになるだけ。まとめて封じ込める必要があると思う、もちろん各国のファーマ―社の軍事施設は破壊しつつも、社会的に抹殺する準備を進めた方が良いと思います。そうでなければ、第二第三のファーマ―社が生まれる可能性がある」
その言葉を聞いてクロサキが言う。
「ありがとう。あの、私もあなた達の活動のお手伝いをさせてはいただけませんか? 私が調査したファーマ―社の情報や、公機捜のみんなが調べていた情報があります。アジトに隠してありますので、それを取りに行きたいのです」
クロサキの言葉を聞いて、カブラギたち自衛隊員や仲間達が一斉に俺を見る。
えっと、俺はどうすればいいんだ? 別に一緒にやりたいと言うのならいいんじゃないだろうか?
「みんなが良ければ俺は問題ないと思うが」
そしてユリナが言う。
「私は信じる!」
タケルも頷きながら言う。
「俺もだな」
すると自衛隊員達もクキも縦に首を振った。
俺はクロサキに手を伸ばして言う。
「あんたの力が必要だ。そして調べた情報を見せて欲しい」
「ぜひ」
クロサキは俺の手を取って、また深々と頭を下げるのだった。




