第345話 全てを話し始める女
ただ呆然と立ち尽くす女に、クキが声をかけた。
「どうだい? 規格外のホームラン競争は?」
だが女は何も答えずに、飛んで落ちた燃え盛る軽自動車を見つめている。クキの声が、耳に入っていないのだろうか? 眼が軽自動車に釘付けになっており、微動だにしない。
「おい、ねえちゃん」
「ひっ!」
それを見ていたタケルが言う。
「冗談だよ。九鬼さんの冗談、あんなもの見た事ねえだろう? って事を言っただけだ」
「ホ…ホム」
女は何か言おうとしたが、それ以上、口にする事が出来ないようだ。髪の毛が小刻みに震えているので、もしかしたら具合でも悪いのかもしれない。俺はタケルに言った。
「タケル。きっとその人は具合が悪いんだよ。いきなり連れて来られて独房になんか入れられたら、そりゃ具合も悪くなるだろう」
だが俺達三人の前にでてきた、ミナミが言う。
「あなた達、完全にマヒしてるのよ。今のを見てショックすぎて、恐怖が全身を襲ってるに決まってるじゃない」
それにタケルが言う。
「はあ? いやいや。ヒカルが軽自動車をぶっ飛ばしただけじゃねえかよ」
「だから! その感覚が壊れてるのよ! 普通はそんな事出来ないんだから」
「あ…」
するとアオイが言う。
「私達は見慣れてるから…大したことないように思うだけだよ」
「だってよう、葵ちゃん。核弾頭を消した時よりも大したことねえぜ」
それを聞いた女がピクリと体を震わせる。
「核…」
タケルが女に言った。
「そうそう。核弾頭も落ちてくる場所が分かれば、ヒカルが斬っちまうんだ」
女は穴が空くようなくらいに、俺の顔をじっと見て固まってしまった。
カブラギは女の肩を掴んで言う。
「気を確かに。今、見たことは現実です。トリックでもなんでもない」
「あ、あの…」
突然、女がへたへたと尻をついてしまった。がっくりと頭を落とし、静かになってしまう。
そしてミナミが言った。
「衝撃が強すぎたのよ。私達でも慣れるまでしばらくかかったわ。タケルだって小学校の最上階にジャンプされた時は、ビビってたじゃない」
「馬鹿。思い出させんなよ」
「「あはははは」」
それにハルノが言う。
「あははは、じゃないですよ。とりあえず戻りましょう。私は彼女の気持ちわかります」
気を利かせたハルノによって、女は自衛隊員達に連れていかれるのだった。フラフラの足取りを見て、俺はなんとなく申し訳なくなってしまう。みんなが見せてやれって言うからやったのだが、かえって彼女はショックだけを受けた気がする。
しばらくして彼女が落ち着き、再び尋問が始まった。
「私は、公安機動捜査隊、通称、公機捜NBCテロ対策部の、黒崎霧香と言います」
やたらと丁寧になっている。先ほどとの変わりように、カブラギが苦笑いして言う。
「黒崎捜査官と呼んだら良いでしょうか?」
「どのようにでもお呼びください」
「はは、普通で良いですよ」
「何かおかしいでしょうか?」
クロサキが、とてもきつい目でカブラギを睨むと、カブラギはすこしタジタジになっているようだ。
「い、いえ、いいんですが。それで、どんな捜査をしていたのです?」
「私は、ファーマ―社の社員になりすまして潜入捜査を行っていました。それは、専門がNBCテロだからです。すなわち、核や生物兵器、化学兵器を用いたテロを捜査対処する部隊に配属していました」
「自衛隊の中央特殊武器防護隊みたいなものですかな?」
「自衛隊さんに情報を流す事もありましたが、我々は秘匿性の高い部隊ですので、顔を知られる事はありませんでした」
「そう言う事でしたか。そしてファーマ―社に潜入を?」
「そう言う事です」
「内容を聞いても?」
「もちろんです。最初、ファーマ―社が日本に入り込んだ時はノーマークでした。ですが、各地で頻繁に起こり始めた人間の暴動行為が表面化して、警察が捜査をはじめました。そこで表面化して来たのが、人々の身体異常です」
「身体異常…」
「いわゆるゾンビですね。それが疑われ始めてから、テロの可能性があると警視庁では睨んでいました。ですが突然、日本政府はそれの調査をしないように、警視庁に通達したのです。それで捜査は打ち切り、それ以降は表立って捜査を行わなくなりました」
「政府が…」
「はい。ですが警視庁内部では、意見が二分しました。特にキャリア組は政府に従うように言いましたが、現場では不満がふきあがり徹底調査するべきだという声が上がりました」
「そうだったのですね」
「はい。そのような中で、ある志のあるキャリアから、公機捜に秘密裏に捜査出来ないかと話が持ち掛けられたそうです」
「それで動いたと」
「そう言う事です。もちろん政府からの指示により動く組織ではありましたが、逆に我々は特務機関ですので、政府にその行動を悟られる事もありませんでした」
「独自で動いたと?」
「そういうことです。そして我々が調査した結果、身体異常にはファーマ―社の薬物や食品が関係していると突き止めたのです。そこでバイオテロ行為を疑った公機捜は、私達の部署であるNBC班に捜査をさせた訳です」
「そして潜入捜査を?」
「はい。ですが…遅かった。その尻尾を掴んだ時には、各地でパンデミックが始まっていたのです」
それを聞いて、自衛隊達もクキも険しい顔をする。続けてカブラギが言った。
「我々が気づくずっと前に、その事実に気が付いていた人たちがいたという事ですかな?」
「そう言う事になります」
「公表はしなかった?」
「いえ、出来なかったのです。政府にも多額の献金が入り、メディアの株式もファーマ―社に買い占められていました。メディアは大株主の言いなりとなり、政治家からの圧力も手伝って口を閉ざしたのです。医療業界も食品業界にも深く入り込んでおり、宗教団体にまで金がばら撒かれていました。警察組織の有志がいくら吠えたところで、どうにもならなかったのです」
皆のこめかみに血管が浮き出ている。どうやらここにいる全員が怒っているらしい、だが話を聞いたところ、クロサキが悪い訳じゃないので押し黙っている。
「そのような状態でもあなたは、ファーマ―社に接触を図ろうとした?」
「…はい」
「どうして?」
「ゾンビで死んだ仲間達の弔いです。なんとしても一泡ふかせたかった」
それを聞いていたクキが、何かを思いついたように言う。
「黒崎さんよ、事の真相を見たいか?」
「えっ? どう言う事です?」
「待っててくれ」
そう言ってクキが、そこに備え付けてある電話を取って番号を押す。
「九鬼だ。悪いが、ファーマ―社の生情報を見せたい人がいる。仕事を中断して、取調室にパソコンごと持って来てくれないか?」
そう言って電話を切った。しばらくして、オオモリがノートパソコンをもって部屋を訪れるのだった。




