第32話 古民家
皆がトラックを降りて周りを見渡しタケルがポツリと言う。
「だいぶ古い建物だな、瓦屋根だし平屋だしよ」
するとマナが言った。
「でも趣はあるよね。ゾンビの世界で無ければ泊まりたいって思ったわ」
「たしかにそうね」
ユリナが答える。
古ぼけた家を見てそれぞれ思うところがあるらしい。だが俺は思う。前世ではもっとボロボロの家がいっぱいあった。むしろこのくらいなら、まあまあの金持ちが住んでいそうな建物だ。そして家を周りを眺めていたヤマザキが皆に言った。
「まず飯を食うにしても、ヒカルが倒したゾンビを一か所にまとめてしまおう。気色悪いからな」
「はあ…、それさえなければね」
「仕方ない! やっちゃおうぜ」
タケルの掛け声で、皆がうんざりしながらもゾンビを引きずり庭の横に寄せていく。
マジックキャスターのエルヴィンが居たら瞬時に燃やし尽くしてくれるのだがな…
そんな事を思いながら俺も一緒にゾンビを脇に寄せた。そこにヤマザキが声をかけて来る。
「ヒカル、建物の中にはゾンビはいないんだな?」
「いない」
「そうか。信じてはいるが、なかなかに怖いものだ」
「なら待ってろ」
そうか…誰も気配感知を使えないんだものな。
俺が中に入って確認し、玄関から顔を出して言う。
「問題ない」
「わかった」
俺とヤマザキとタケルがトラックに戻り、目を覚まさないツバサとフラフラのミナミを連れて来る。家に入りやわらかい床にツバサを寝かせた。そして俺が再びトラックに戻る。
「ちょっとコメを取って来る」
「一袋でいいぞ」
「わかった」
トラックに戻って荷台からコメを一袋取り出し扉を閉める。盗賊の気配も無く周りは静かなものだった。俺が家に入るとヤマザキがやってきて玄関の鍵を閉めた。
「ま、念のためな」
「そうだな」
俺が部屋に入っていくとツバサの隣りにミナミも寝ていた。皆は他の部屋にいるようで、俺がそっちに行ってみるとそこはどうやら台所のようだった。
「鍋ってこんな感じのやつ?」
タケルがヤマザキに聞いている。
「まあそうだが、こういう家ならどっかに土鍋とかありそうだぞ」
ヤマザキが言い終わるくらいに、すぐにミオが鍋を見つけたようだ。
「あった! 土鍋あったよ!」
「そりゃいい」
「塩もある!」
どうやら調理は出来そうだった。ヤマザキがあれこれ指示をしているうちに、奥の部屋からユリナの声が聞こえる。
「ねえねえ! ヤマザキさん! 火鉢があるんだけど!」
俺とタケルがそっちを覗いてみると、ユミとユリナが室内を物色していた。二人が見ている物を見てタケルが興奮気味に言う。
「火鉢なんて、ばあちゃんちで見たことあるくらいだよ!」
前世でも似たようなものがあったが、あれは外で使う物だった。だがこれは室内で使う物らしく、もしかすると暖炉のような物かもしれない。
ヤマザキが言った。
「こりゃ好都合だな。外で火を焚けば煙があがるからな、誰かに見つかる可能性がある。あと、この家のどこかに炭がおいてあるかもしれない。ちょっと探してみてくれ」
その声に皆が家の中に散っていった。しばらくするとミオが見つけて、その袋を部屋の中に持ってきた。袋を開けてヤマザキが言う。
「ずっと放置してあったんだろう。いい感じに乾燥しているみたいだ」
「何とかなるかな?」
「やってみよう!」
すると今度は台所の方から声がした。ミオとマナが何かに気付いたらしい。
「ヤマザキさん! ガスが生きている! 火がつくよ!」
俺達が台所に行ってみると台の上に火がついていた。
「裏にボンベがあるんだろう。いい感じだ! これで簡単に火おこしができる」
俺がヤマザキに言う。
「ヤマザキは何かと物知りだな」
「ああ、俺の親父が坊主だったからな、こういう物は知っているんだよ」
「ボーズ?」
するとヤマザキとユリナが手を合わせて何かを拝むようにしていた。なるほど神父ってことか? 聖職者と言う事らしいが…
「ボーズはゾンビをどうにか出来ないのか?」
俺は素直な疑問をぶつける。
「いや坊さんがゾンビを退治出来てたら、こんなに広がらなかったろうけどな…」
「そうか」
なるほど。この世界の聖職者は浄化魔法を使う事が出来ないようだ。恐らくここまでゾンビが広がったのは、一切の防御策が無かったからなのだろう。俺達の世界のように魔法を使える人間が一人もいないのかもしれない。
「とにかくコンロで火おこしだ!」
ヤマザキが小さい鉄の鍋に炭を入れて火の上に乗せた。しばらくすると炭が赤くなって火が出て来る。ヤマザキはそれをさっきの火鉢に持って行って、赤くなった炭を置きその上に新しい炭を置いた。そしてヤマザキが言う。
「周りの窓を少し開けてくれ。密閉していると一酸化炭素中毒になるからな」
指示を受けて皆が窓を開けた。
「だがここからが問題だ。玄米が焚きあがるまで二、三時間かかる」
するとユリナが言った。
「仕方ないわ。早くはじめましょう」
「水がいる」
ヤマザキが言うので俺が外に出て、トラックに積んで来た水を持ってきた。
「よし、じゃあ米研ぎしなくちゃな。玄米だから良く研がないと水が入らない」
ヤマザキが鉄の大きなお椀のような物を持って来て、玄米をその器に入れる。そして水を入れてそれをガシャガシャと揉み始めた。
「それは何をやっている?」
「これをやらないと、ボソボソになるんだよ」
見ているうちに俺もやってみたくなった。
「それ、俺にもやらせてくれるか?」
「ああ、いいぞ」
俺はヤマザキがやっていたようにコメを揉みほぐしていく。粒粒のコメの感触が何とも気持ちがいい。
「上手いじゃないか! 日本人より上手いかもしれんぞ。なあ!」
すると女達が気まずそうな顔で答えた。
「料理はお母さんに任せてたし…」
「私はもっぱらデリバリー?」
「私も簡単な物しか作れないわ」
ミオとユミとマナがそう言った。だがユリナだけは得意げな顔で答える。
「私はきっちり自炊してたから、料理はまあまあできるわよ。この世界になってからは全然やってないけどね」
「でも! 空港での暮らしでは少しは出来るようになったよ!」
「それを言ったら私も!」
「多分に漏れず!」
「食材がないからまともな料理とは言えなかったけどね。本当にこんな生活はいつまで続くのかしら…」
ユリナが言うと皆がシンとしてしまう。どうやら昔の生活を思い出してしまったらしい。俺は純粋に聞いてみる。
「昔の生活に戻す方法はないのか? モンスターはゾンビだけなんだろう?」
するとミオが答える。
「ヒカルにとってはどうって事ないのかもしれないけど、私達ではどうしようもないのよ」
「空港では皆で生活をしてたんじゃないのか?」
「…アイツらのせいで壊滅しちゃったけどね…」
「ああいった、悪い奴らは結構いるのか?」
「まあそうね。弱肉強食っていうのかしら。弱い者は強い者にやられてしまうの」
何処の世界でも同じか…強い者が弱い者を食い物にするのは…
「そうか…」
するとヤマザキが俺に言う。
「よしヒカル! 米は十分だ。火にかけるぞ」
「わかった」
そして鍋に入れられたコメが火鉢にかけられるのだった。することが無くなり、これからの事を話し始めたので俺が皆に言ってみる。
「もう一度あの高い塔が建つ町に行って、物資を回収して来よう」
するとタケルが少し気まずそうな顔で言った。
「ヒカル。この女らはみんな、この俺の腕にビビってしまってるんだ」
「ゾンビに噛まれた腕か?」
「そうだ。あんなにうじゃうじゃゾンビがいるところには、なるべくなら行きたくないんだよ」
「ならば俺とタケルの二人で行って取ってこよう」
「まあ俺は行くけどよ、戻ってきたら皆が全滅してたなんてのはもうごめんだ。どうにか安全を確保していきたいんだよ」
「盗賊か…」
「あんな奴らはどこにでもいるからな」
「ゾンビよりそっちの方が厄介ってわけだ」
「そういうことだ」
「こんな世界になってしまったというのに、助け合わずに奪い合っていたら人類は滅びてしまうんじゃないのか?」
するとヤマザキが答えた。
「その通りなんだがここまで壊滅してしまうとな。みんながみんなヒカルみたいには考えないんだよ」
「そうか…」
そうは言っても、いずれ食料は手に入れなければならないだろう。あと、あの高い塔はやりようによってゾンビの襲撃を防ぐ事が出来る。とにかく今は心も体も消耗しきっている皆の体を戻す事だ。この話は落ち着いてからにしようと思うのだった。




