第329話 最強勇者の悩みは多い
世界が完全に終わってしまう前に、日本は復活を遂げなければならない。
そうでなければ、俺は前世と同じ過ちを繰り返す事になる。しかしながら今回の世界では分かってやっている事の方が多く、前世のように何も知らず、がむしゃらに突き進んで世界を壊しかけた時とは違う。世界を正常な方向に向けていくといった命題は、こんな状況でも変わってはいないのだ。
それでも紙一重の事をやっているという自覚はあった。俺は、あえて危険な行動をしているのである。恐らく日本国内だけで、ただゾンビを駆除するような生活を続けていたら、いずれ他の国々に日本は飲み込まれていただろう。飲み込まれるどころか、ゾンビ国家として駆除されていただろうと思う。
そんな俺の自問自答を見越したのか、タケルが俺に話しかけて来た。
「なんだヒカル。顔を曇らせて、考え事か?」
「いや。大したことじゃない」
「お前がそんな表情するなんて、何か悩んでたんじゃねえか?」
「いや。俺の行動の結果、世界は危険な方向に進んだんだなと思ってな」
「やっぱそれだろうなとは思ったよ。まあそうだな、いま世界で争いごとが始まっちまったからな。だがそれはヒカル一人で起こした事じゃないぜ。俺達皆が考えてやった事だ。お前一人が全部背負う必要は無いんだぜ」
「皆もそう言っていたがな、本当にこれしか方法が無かったのかなんて思う事もあるんだ」
するとタケルが俺の肩に手を回して言う。
「まあ悩むなって、必ずうまくいくさ」
あっけらかんと言うタケルに救われる気がした。
「わかった」
「それよりも、本来の敵であるファーマ―社をどう攻略するかをみんなで考えなくちゃな」
「確かにそうだ」
それも皆の話題にあがっていた。恐らく今回の事で世界が争乱に包まれ、その隙を狙ってファーマ―社が動くだろうと予想したのだ。特に戦いが始まった地域では、下手をすれば試験体が送り込まれる可能性もあるだろう。そうなれば戦いは普通の戦闘に留まらず、今度は世界がゾンビによる破滅の危機に襲われることになるのだ。
むしろこれ以前から行われている戦争に、既に投入されている可能性も否定は出来なかった。
「あ、それも『みんな』で考える、だからな」
「わかっている」
「それによ、世界で暗躍するファーマ―社を、この日本に居ながら牽制するなんて出来ないからよ、長い目で見てかなきゃいけない問題だろ?」
「ああ」
そんな話をしていると、部屋の入り口からユミが入って来た。
「なーんか、武が随分かしこくなっちゃったわね」
「お、おいおい。馬鹿にすんなよ。これぐらい元から考えてたって」
「とかなんとか言っちゃって、自衛隊との訓練を重ねているうちに聞いた話でしょ」
「もちろんそうだけど、おりゃ、それをヒカル一人で悩む必要はねえっていってんだぜ」
「ふふっ。だよね、相棒が悩んでたら助けるのはバディの仕事だもんね」
「仕事じゃねえし」
するとユミがタケルの腕に手を回して言う。
「て、いうかさ。ずーっと戦いとか人命救出に明け暮れてたじゃない。私との時間も大事じゃないかしら? ずーっと、ほっとかれてるような気がするんですけど」
「そ、それは仕方ねえよ。戦闘力もアップしなきゃならなかったし、それこそ作戦の事で頭がいっぱいだったろ!」
「ようやく少し落ち着いたよね…」
ユミの表情を見て、俺はタケルの肩を叩く。
「おい。皆まで言わせるな。ユミはお前との時間が欲しいって言ってるんだ」
「なっ…」
「ほらほら。ヒカルの方がずーっと分かってるみたい」
「タケル、行け」
「わーったよ! とにかくよ! あんまり悩むんじゃねえぞ!」
「分かってる」
するとユミが微笑みながら俺に言う。
「っていうかさあ…。ヒカルはどうなのよ。一体誰の事が気になってるの?」
「誰って言われても…」
「みんな、ずーっと待ってると思うなあ」
するとタケルがにやりと笑って言う。
「むしろヒカルにはそれが必要かもな。俺達と知り合ってから、ずっと戦いに明け暮れて来ただろ? 青春は今しかないぜ」
ふと俺は前世の聖女エリスを思い出していた。戦いが終わったら、所帯を持つつもりでいた。だが前の世界を救う代わりに、こちらの世界に飛ばされてしまったのだ。それからはずっと、ゾンビの駆除やヤクザとの戦い、そしてファーマ―社や他国の軍隊との戦闘に明け暮れていた。そんな中で仲間が出来て今に至るのだ。
そしてユミが言う。
「何人かはヒカルに気があると思うけどなあ」
「そうなのか?」
するとタケルが言う。
「どんくせえな、おい! マジで!」
「どういうことだ?」
「戦いに関してはめちゃくちゃ鋭いのに、そう言う事に関しては、レベル一か?」
「レベルいち…」
「そうよ。それはタケルに同意だわ、少しは周りに目を向けてあげてね」
そう言ってユミはタケルを連れて行った。俺は何を言われたのかあまりよく分からず、部屋を出て子供達の世話をしているユリナ達の部屋に行ってみる。彼女らはガラス張りの部屋の中で、子供達を相手にいろいろと遊んでいるようだ。そこにはユリナとミオ、ツバサ、ユン、アオイがいる。するとアオイが俺に気が付いて手を振って来た。
俺はそれに手を振って、そそくさとその場を立ち去る。
何をどうすればいいんだ?
俺はよくわからないまま、建物を出て外の訓練場にむかう。するとミナミが日本刀を素振りしていた。最初の頃は危なっかしさもあったが、今となってはかなり上達している。素振りに集中していて、俺が来た事に気が付いていないようだ。
俺は何がしたいんだ…。
訳が分からなくなった俺は、とりあえずオオモリの所にでも行ってみることにした。恐らくはサーバールームで、システム構築をしているはずだった。なぜか小太りになって来た奴の側が落ち着いたりする。
サーバールームをあけると、オオモリはおらずにマナが居た。
「あら。ヒカルどうしたの?」
「いや。オオモリが何をやっているかなと思ってな」
「何日も徹夜してたから、ダウンしちゃったわ」
「そうか」
「何か飲み物でも飲む?」
「コーラはあるか?」
「あるわよ」
俺が椅子に座ると、マナが俺にコーラのペットボトルをくれた。
「冷えてる」
「電気が使えるようになってきたから。冷蔵庫があるのよ」
「そうか」
プシュッと蓋を開けてコーラを飲むと、俺の前に座っているマナもコーラをあけて飲んだ。
だが…何も話す事が思い浮かばない。俺はただ黙ってコーラを飲み続ける。
「どうしたのよ。神妙な顔して」
「い、いや。なんでもない。やっぱりコーラは美味い」
「前から好きよね。タケルと物資調達すると良く飲んでた」
「酒ほどじゃないが、これはこれでいいんだ」
「お酒もいいわね」
「今では生存者が増えたからな。そう自由にはならんようになった」
「まあね。でも多分ストックはあるはずよ」
「そうか…」
「そうだ! いったん落ち着いた事だし、みんなを誘ってお酒飲みましょうよ」
「そう言えばしばらくそんな事はしていないな」
「今は自衛隊も守ってくれてるし、たまにはいいんじゃないかな?」
やはりマナもいいやつだ。俺の希望を汲み取って考えてくれる。そこで俺は、なんとなく相談してみようという気分になった。
「マナ」
「ん?」
「さっき、俺はタケルにどんくさいって言われたんだ」
「どんくさい? ヒカルが?」
「俺を思っている人の気持ちが分からんとか言っていた。ユミにもそんな事をいわれた」
するとマナが、沈黙してしまった。なので俺はもう一度聞く。
「どうだろう?」
「かもね」
「そうなんだろうか?」
「だって、今も気づいてないでしょ?」
「なにがだ?」
「…ううん、別に」
マナは何か寂しそうな表情をした。それが俺には何か分からないが、やはり俺は人の気持ちが分からないのかもしれない。よくわからないまま、俺はペットボトルのコーラを飲み干すのだった。




