第29話 逃亡
皆が不安な顔をして俺を見るので、見渡して静かに言った。
「すぐに出よう。皆、動けるか?」
するとヤマザキが言った。
「特に南と翼がかなりまいってる」
二人を見ると青い顔をしてこっちを不安そうに見ている。相当具合が悪いのだろう。
そんな状況で、トランシーバーの先で見知らぬ男の声が叫ぶ。
「おい! 聞こえねぇのか? 応答しろよ!」
皆がトランシーバーを凝視しているが、俺は指を鳴らしてこちらを見るように仕向けた。恐らくこいつらは疲労で思考が麻痺しているようだ。
「あいつらが来るのは時間の問題だろう。ここを出て他の場所に移った方が良い」
するとヤマザキがこっちを見て言う。
「い、行こう」
「ミナミとツバサは俺が連れていく。立てるか?」
二人がよろよろしながら立ち上がるので、俺はタケルに言う。
「俺に背負わせてくれ」
「あいよ」
タケルがミナミを立たせ俺の背中に、ユリナとマナがツバサを連れて来た。俺はミナミを背中に背負いツバサを腕に抱く。皆、疲労で歩くのもやっとなはずだ。俺はすぐに次の指示を出す。モタモタ考えられるよりマシなので、俺が指示を出す事にする。
「正面からは出ない。建物の後ろの窓から外に出よう」
「そうだな」
そして俺達は暗い建物の中を進み、玄関とは反対側の窓のある部屋に行く。
「窓を開けてくれ」
俺が言って、ヤマザキが窓を開ける。
「ヤマザキとタケルが先に外へ出て、ミナミとツバサを受け取ってほしい」
「ああ」
「わかった!」
まずはタケルとヤマザキが外に出た。俺は先にツバサをそして背負っているミナミを外に出す。ユミ、ユリナ、マナが出て最後にミオを送り出した。
気配感知。なるほど正面から人が来たな…。
俺はそっと外に出て静かに窓を閉める。正面の門の外に二人の人間の気配がする。恐らくはトランシーバーの返事が無い事に業を煮やして確認しに来たのだろう。
俺は声をひそめて皆に伝える。
「やつらが戻って来た。裏から回って乗って来たトラックまで行こう」
皆は声を出さずにコクリと頷く。
「ミナミはもう一度俺の背に乗れ、ツバサもこっちへ来い」
ヤマザキがミナミを俺の背に背負わせて、タケルが支えているツバサを俺が抱き上げる。そして俺達は壁伝いに歩いて行く。
「止まれ」
皆が足を止める。恐らく盗賊の仲間が入り口から中に入っていくところだ。そいつらが中に入るのを待ち、そして俺が再び声をかけた。
「静かに、隣りの建屋の敷地に入るぞ。そしてミナミとツバサは何があっても声を立てるな」
二人はコクリと頷いた。
「行こう!」
そしてみんなが小走りに柵の所にたどり着く。
「皆、柵を越えて隣の敷地へ」
皆が隣の敷地との間にある柵を乗り越えて先に進み、俺が最後になったのでミナミとツバサを抱えたまま跳躍し柵を飛び越えた。
「ひっ!」
「うっ!」
ツバサとミナミが、か細い声で叫びそうになったがグッと堪えてくれた。俺が飛んだらきっと叫んでしまうのではないかと思い、予め口を閉じさせていたのだった。俺達は暗がりを抜けて、表の通りに停めてある乗って来たトラックの所にたどり着く。俺はヤマザキに声をかけた。
「ヤマザキ。車は動かせるか?」
「問題ない」
するとタケルがポケットから鍵を取り出してヤマザキに渡した。俺は女達に指示を出す。
「女は全員荷台に乗れ。袋があるからしがみついていろ」
皆はおとなしく言う事を聞き、荷台に乗って行った。ツバサとミナミは俺が乗せてやる。
「とにかくじっとしていろ」
俺が言うと皆、コクコクと頷いていた。
「タケル。荷台の扉は片側だけ開けていてくれ」
「わかった」
「タケルはヤマザキの隣りに座れ! 俺は天井に乗る」
そしてタケルが前に乗るのを見届けて、屋根の上に乗りヤマザキに言った。
「まずはトラックの灯りをつけずに動かしてくれ」
「わかった」
「そしてそのまま後ろに周って進んでほしい。後はタケル! 米を見つけたところに行こう」
「あいよ」
敵の気配はまだ近づいて来ていない。ブルルと震えトラックが小刻みに揺れ出す。ゆっくりと横に動き一旦後ろに下がって、また前に進み始めた。どうやら道幅が狭くて一回では回れなかったらしい。ぐるりと車が後ろを向いてそのまま進み始める。すると後ろの俺達が居た建物の方角から物音が聞こえて来る。
…奴らも車に乗ったか?
走るトラックの上で頬に強い風を受けながら、俺は天井の上からぶら下がり窓からヤマザキに話す。
「敵も車に乗ったらしい。急げるか?」
「灯りをつけないと難しい」
「仕方ない、灯りをつけよう」
「わかった」
トラックの灯りが道を照らし、速度を上げて坂道を降りていく。最初に立ち寄った食堂の廃墟を通り過ぎて更に先へと進んだ。だが運が悪い事に、後方から車が走って来る気配がする。俺達がこっちに逃げた事を察知したのか、それとも偶然こちらに向かったのかは分からないが、敵はかなり勘が働く奴らしい。俺はすぐさま予定の変更を告げる。
「敵が追って来たようだ。真っすぐ行くのをやめて街中に潜もう」
「了解だ」
トラックは途中の分かれ道を左に逸れていき、そのまま突き進んで行く。位置的にこちらが低いので、高台から俺達のトラックの灯りが見えているだろう。灯りを消せれば何とかなりそうだが…
俺は素早くタケルの乗っている側のドアを開けて中に滑り込む。
「ど、どうしたんだ?」
「俺が進む方向の指示を出す。その明かりを消して走れるか?」
俺が言うとヤマザキが答える。
「やってみるしかないだろう」
すぐに明かりが消えて暗闇になった。ヤマザキとタケルの喉がゴクリとなり、前方に集中し始める。
「このまま真っすぐだ」
すでに答える余裕はないようで、ヤマザキは指示通りに車を動かすのみとなった。
「道が少し左にきれている、微妙に左に舵を取れ」
ヤマザキは微調整をし、俺の指示通りにトラックは進んだ。
「よし、間もなく道は左右に分かれる。速度を落とせ」
トラックが速度を落として、その道に差し掛かるとタケルが言った。
「あ、ここは昼間にヒカルが入った店だ」
「なら、米のあった場所とは反対の方向に舵を切れ」
「なら山崎さん。ここを左に曲がろう」
「ああ…」
そしてトラックは左に曲がり進む。するとすぐさま俺は次の指示を出した。
「道が交差している場所に差し掛かるぞ」
「なら右がいいだろうな、山崎さん右だ」
タケルが言うとヤマザキがコクリと頷いて、次の道を右に曲がっていく。すると大きな建物が立ち並ぶ場所に入って来る。道幅も広くなり若干ゾンビがうろつきはじめた。道の右側にやたら巨大な建物が見える。
「右方向にやたら巨大な建物があるようだ」
するとヤマザキが答えた。
「ああ、そこの量販店の食料はもう底をついたんだ」
「なるほど」
「それで何処に向かう?」
「これで俺達がこの街に潜伏すると思わせられたはずだ。タケル、ここからあの米があった場所に向かう事は出来るか?」
「問題ないよ。日本ってな大体道が繋がってんだよ」
「よし、次にも道が交差しているところがあるぞ」
「ならそれは真っすぐでいいだろ」
タケルが言うとヤマザキはその十字路を真っすぐに進んだ。しばらくすると再び次の十字路が現れて来る。
「次の十字路が来る」
「なら、右に曲がった方がいいだろう」
「そろそろ速度を落とせ」
ヤマザキが俺の指示に従い速度を落とした。するとその十字路が現れる。トラックはゆっくりとその道を右に入り、そして真っすぐに走り出した。既に敵の気配は感じられなかった。俺はそのまま二人に伝える。
「ここからは真っすぐだ。そして恐らく敵は俺達を見失ったらしい。ゆっくりで問題ないぞ」
「ふぅ、わかった。まだ灯りをつけない方が良いんだな?」
「そのとおりだ」
そしてトラックはゆっくりと暗闇の中を走り続けるのだった。俺が微調整をして道を曲がりながら、トラックはどこにぶつかる事も無く進む事が出来た。この先には大きな川があるようだ。
「恐らく橋に差し掛かる。大量の水の気配がする」
するとヤマザキが言った。
「だと俺にも大体場所が分かった」
「それはよかった」
そしてゆっくりと走っていくと、長い橋に差し掛かりそこを抜けると徐々に建物が減って来る。
「緩やかに左方向に曲がっている。速度を落とせ」
「わかった」
そしてトラックはゆっくりと道なりに左へと曲がっていく。その辺りで俺はヤマザキにいった。
「そろそろ灯りをつけてもよさそうだ。完全に車の音がしなくなった」
「ヒカルは、このトラックの他の音が聞こえるって言うのか?」
「聞こえる」
「…ははそうか」
するとタケルが面白そうに言う。
「なんて高性能な耳だよ! だけどそのおかげで俺達は助かる」
「俺が役に立って良かったよ」
「役に立つなんてもんじゃねえ。俺達の命の恩人なんだからな」
なるほど、俺はだいぶ役に立っているらしい。異世界で生きていくうえで、一人では到底無理だと感じていた。偶然にもしょっぱなからいい奴らと知り合って、彼らの役に立てたことは純粋にうれしかった。そしてトラックは無事に俺達が米を入手した場所へと到着するのだった。




