第297話 生存者に政府関係者がいた場合
俺達が生存者救出に奔走していると、セーフティーゾーンを作りに行った自衛隊員から連絡が入った。山梨県の甲府にセーフティーゾーンを作ろうとしていたところで、その動きを止める出来事があったらしい。緊急ではないが、重要であるという事から俺達は急遽駆けつけた。
甲府はまだゾンビ停止プログラムを設置しておらず、ようやくゾンビ破壊薬を撒き始めたところらしい。だが、その自衛隊員達の作戦行動に待ったをかけた人物がいるらしいのだ。
チヌークヘリを目的地の敷地へ降ろすと、そこに自衛隊の車が数台やって来る。やって来たのは第一空挺団のハルノ三尉だった。俺達はそれに乗り継いで、自衛隊が緊急で確保したという場所へ移動した。破壊薬を撒いたためにゾンビはほとんど死んでいるものの、まだ建屋内にちらほらと気配がする。
「ゾンビの気配はあるな」
「まだ途中でしたので」
「なぜ止める? 危険だぞ」
「ですが…」
「まあいい」
俺達の車が現場へ到着し、建物の中に入ると年老いた男らと、それを囲むスーツの男らが数人いた。俺達がその部屋に入ると、対応していた自衛隊員が救いを求めるようにこちらを見てくる。
ハルノ三尉が言う。
「ヒカルさん達を連れてきた」
「ほっ」
そこにいた年老いた男は口もへの字に曲がっており、人相が悪すぎて悪人なんじゃないかと思えた。俺達がそこに集まると、威圧的で年老いた悪人顔が訝しい顔で言う。
「な、なんだ? 女子供がなんでぞろぞろとやってくる?」
それにハルノ三尉が言った。
「この方達が、日本の生存者救出の旗振りをしてくださってます」
「なんだと? 女子供が出来るような仕事ではあるまいが!」
いきなり怒鳴られた。一体どういう事なのか分からず、俺がヤマザキをチラリと見ると、ヤマザキも訝しい表情をしていたのだった。何か苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
俺が言う。
「どういうことだ?」
すると、その老人がまた怒鳴り声をあげる。
「外国人に口出しさせているのか!」
自衛隊員達も困り顔で、俺が何かを言うのを待っているらしい。
「少し整理をさせて欲しいんだが」
「整理などいらん! 我々が言った事をお前達がやればいいだけだ! 命令が何故聞けん! というかお前はどこの国の人間だ! なぜ我物顔でここにいる!」
取り付く島もない。一体どういうことなのか状況も把握できずに、この老人達が怒鳴っているのをしばらく聞く事にした。
ハルノ三尉が言う。
「しかし、現在指揮を執っておられるのは、ここにいる方達です」
すると悪人顔の男が言う。
「ふん! なら聞こう。あんたらの代表者は?」
ヤマザキが何も言わないので、俺が手を上げて言う。
「状況によって指揮を執る人間は変わる。全体の動きはヤマザキが、戦闘となれば俺や他の人間が指揮をとる」
「だから! 外国人が何故話す!」
全く意味が分からない。というか何故この人達は、人の話を聞こうともしないのだろう?
すると俺にこっそりミオが耳打ちをする。
「えっとね。多分ここにいる人で知らないのはヒカルと、葵ちゃんくらい? この人はゾンビ世界の前のお偉いさんよ。大臣という職業をしていたひと」
その言葉を聞いた大臣が、急にドヤ顔になって言う。
「ああ、知らんのか? 無理もない外国人ならわからんか」
「すまんが知らない」
「ま、とにかく自衛官および市民は、我々の命令に従って動くべきだ」
「まってくれ。あんたらはなんで命令を下す?」
「なっ。おまえの国にも大臣はいただろう!」
「いたな」
「大臣が指揮を執るのは当たり前だ! 政府が一番適している! とにかく、我々が指揮を執る! ここからは我々の言うとおりにしてもらおう!」
「あんたは、ゾンビのエキスパートか何かなのか? もしかしたら何かを知っている?」
「ん? 管轄外だ! そんなもんは知らん」
するとミオが俺に説明をしてくれた。
「次期総理大臣の可能性もあった人で、最後は何大臣だったかしら?」
それを聞いた悪人面が言う。
「と言う訳だ。あんたらが指示をして言い人間じゃないんだよ、私は!」
だが今まで黙っていたユリナが言った。
「人殺し」
「ん? いま誰が言った?」
「あなたはファーマ―社と癒着していましたよね?」
「なっ? お前はなんだ!」
「看護師です」
「はあ? 看護師風情が知った口を利くな!」
「いえ。直接言いたかった。あなたはファーマ―社との交易を止められた立場にいたはず」
「そうだ。ファーマ―社は日本を優遇して、いろんな薬を大量に供給してくれたからな。もちろんそのおかげで、日本の経済は潤ったはずだが?」
「潤ったのはあなたの懐でしょ?」
「なにを!」
そいつがつかつかとユリナに歩み寄ったので、俺がその間に割って入った。
「話は俺が聞こう」
「だから!」
だがそこでヤマザキが言った。
「すみません大臣。今の状況をお分かりですか?」
「分かっておる! 未曽有の大惨事である!」
「なら今は、このような事をしている場合では無いと分かりませんか?」
「な、お前は何者だ!」
「千葉の職員ですよ」
「はあ? いち職員が誰に対して口をきいている!」
「大臣。あなたです」
「お前…お前の首などあっという間に飛ばせるのだぞ」
「すみませんが、元とつけるのを忘れましたね。こんな世界になって市役所も看護師も何の意味もない。むしろ私達はただ善意で日本国民を助けているボランティアですな」
「ならば黙っとれ!」
「黙りません。むしろあなたは、ここで何の力も持たない」
「はあ? 貴様! 頭がおかしいんじゃないのか!」
するとハルノ三尉が言う。
「おそれながら自衛隊も崩壊し、我々も『元』自衛官だと言う事です」
「ヘリを使っているではないか! 無断で!」
するとそれにクキが言う。
「あんたら、どうやって生き残ったのか知らんけどよ。今まで何してたんだよ」
「な、なにって。そりゃ日本をいつか再生させるために、身を隠しその時を待っておったのだ」
「隠れてたって事だな?」
「準備をしておった、と言え」
「何をしていた?」
「それは…」
一瞬の沈黙が落ちた、次の瞬間。
「消え失せろ!」
クキの怒号が鳴り響いた。ビリビリと空気を震わせるかのような怒号に、俺すらも毛穴がチリチリとする。冷静なクキのこんな姿を始めてみた。
「……」
「一億も殺しておいて、よくもいけしゃあしゃあと出てこれたな。いま、ここで殺してやるよ」
ジャキッ! とクキが銃の弾を装填して銃口を向ける。
俺はそれをスッと手で下げて言った。
「やめろ」
「止めるな」
「やるなら俺がやる。お前は今後一切、同郷の人間に手をかけなくていい」
「……」
そして俺は悪人面の男達に言う。
「あんたらは、何をしたいんだ?」
「…まずは…まずは東京だろう…東京の復興と、全国で生きている与党議員の救出だ」
「東京は核で焼けた。既に焼け野原しか残っておらん」
「そんな…。お前らは…どうやってこんな活動を続けていられるんだ?」
「気持ちでだ」
「気持ち?」
「救いたいという気持ち。それ以外にない」
「気持ちだけでやってるだと? 綺麗ごとを…」
「綺麗ごと? お前らにはそれ以外の事があるのか?」
「政府を立て直す! 政府のもとで国民は一丸となって復興するんだ」
「それを、こんなゾンビの世界になる前に何故やらなかった?」
「それは…仕方なかったんだ。パンデミックが起きて、一気にゾンビが広がった。なすすべなくこうなってしまったんだ…」
「ならば、いまさら出張って来ても意味がない。あんたも元大臣という事だったな? なら今の国民の為には、早急に命を救うというのが第一なんだと分かるはずだ。これから集まった人々が力を合わせて生まれ変わるしか、立て直す方法なんてない。政府の人間なんて探している暇もないし、政府を作り直すなんて二の次だ」
「日本人でもないお前に言われたくはない」
するとそれを聞いていたハルノ三尉が言う。
「大臣…。いえ、元…ですか。その日本人でもないヒカルさんがいなかったら、日本人は死に絶えていましたよ。そもそも、この活動をどこで聞きつけたのですか?」
「小田原だよ。生存者が集まっているという情報が携帯に入ったんだ。そこで隠れ住んでいた場所から小田原に向かった。そこで自衛隊が甲府へ向かったと聞いたんだ。これ以上好き勝手やらせるわけにはイカンのでな。言う事を聞かせるために来たと言う訳だ」
「申し訳ないが、もう我々は自衛隊ではない。ギルドの職員だ。このヒカルさんがギルドの創始者で、我々はその部下となる。我々に要請したいことがあれば、ギルドを通してもらう事になりますな」
「ギルド? なんじゃそりゃ?」
「新組織です。日本復興組織で、もちろん今の所全員がボランティアですよ。一般人もそこに加わっていただいている。あなた方もギルドに属して、日本を救う為に戦ったらどうです?」
「我々が戦うだと! 前線でか? はっ! 話にならん! い、行くぞ!」
「し、しかし…」
「なんだ! 貴様まで口ごたえするつもりか!」
「い、いえ!」
「くだらん! こんな事をして許されると思うなよ!」
それを聞いたミオが言った。
「恐らく日本のセーフティーゾーンにいる人達は、あなたのやったことをみんな知っている。ファーマ―社のやった事も、政府がやった事も、他国が日本をどう扱っているかという事も知っている。あなた方はその情報を隅々まで見なかったんですか?」
「しらん! 報告には上がってない!」
するとミオは周りの奴に聞く。
「報告をまとめる係の人がいると?」
皆が目を伏せるが、悪役面の大臣が言う。
「報告を貰ったのはこいつとこいつだ」
「あなた達は何者なんです?」
「事務官でした…」
「事務官です…」
「あのね。もういいんですよ。日本はとっくに終わってしまった。いつまでもこんな人に尽き従わなくても、日本中にもう政府の人間なんて残っていないのですから。そもそも今まで、この人に付き従って良い事ありました?」
「それは…」
男達が顔を見合わせた。そして一人の年老いた男が言う。
「私は、大臣のおっしゃる通りかと」
「あなたは?」
「私は大臣政務官としてやってきた! お前ら小娘が話しかけていい人間ではない!」
すると事務官たちを見据えてミオが言う。
「あなた達の上司がこれ?」
「そうです」
「はい…」
「では選んだら良いと思います。実際に数万人単位で日本人を救ってきた私達と、この人達のどちらにつくか。もう日本中があなた方に、どういう思いを持っているかわかりますよね?」
すると事務官達がきょろきょろと顔を見合わせ、自衛隊員達の側にぞろぞろと移り変わった。
「お、おまえたち!」
「何をやっているのか分かっているのか!」
「あんたら癒着して懐を肥やしてきましたよね? もうけっこうです。私は国民を救いたい!」
「私もです! こんな時にわざわざこんなところまで連れて来て、これ命がけでやる事ですか?」
「私ももう無理です」
「すみません。政務官、長い間お世話になりました」
「む、ぐぐぐぐぐ」
「この…」
それを見たミオが悪人面の大臣と政務官に言う。
「お引き取り下さい。あなた方はどこかで好きな事をやればいい」
「し、しらんぞ! こんなことをして立場がどうなっても知らんぞ!」
「立場なんて、もう誰も無いんですよ。あなた方は、そのままお立場を守って生きて行けばいい」
「お、おのれ…」
するとクキが銃を突き付けて言う。
「そろそろ限界だ。脳みそぶちまけたくなかったら、とっとと出ていけ。俺達は忙しいんだよ」
悪役面の大臣と政務官が、ぎろりと俺達を睨みつけて部屋を出て行った。
「知らんぞ…」
と言う捨て台詞と共に。
そしてユリナが言う。
「ヒカル、この人達のゾンビ因子除去を」
「ああ」
俺が残った奴らにゾンビ因子除去魔法をかけると、全員が真っ白になって驚いていた。
「な、これは?」
「あんたらの体に巣くっていたゾンビ因子だ。悪いが勝手に除去させてもらった」
「か、体が軽い…」
「肩が痛くない…」
「目がはっきり見える」
それぞれが早くも身体の違いに気が付いたようだ。そしてユリナが言う。
「それで、どうします? せっかく嫌な上司から解き放たれた事ですし、私達と一緒に本拠地へ参りましょうか?」
「ぜひ!」
「お願いします!」
「私は日本人で居たい!」
「わかりました」
そして俺達はハルノ三尉に後を任せ、彼らを連れてヘリコプターに戻る。皆を乗せてチヌークヘリが飛び立つと、一人の事務官が言った。
「今後、大臣はどうなるでしょう?」
タケルが答えた。
「あそこで九鬼さんに殺されてた方が楽だったと思うぜ。セーフティーゾーンには、ファーマ―社や日本がしでかした情報が公開されてる。つーか、あんたらはそれを見たんじゃねえのか?」
「見ました」
「それなのに大臣はあんな感じに?」
「いえ。本来、大臣というのは、自分の見たいものしか見ないのです。自分の不利になるような余計なものを見せると激高するんですよ。だからおのずと、我々は大臣や政務官の見たいものだけを抽出して渡すだけなのです」
「だからか。あんなふてぶてしい態度、つーかそれを知らないで、これから奴らはセーフティーゾーンへ行くんだな…」
すると事務官が言う。
「いい気味です。これまで我々もやりたくてやってきたわけじゃない。市民達からどういう扱いを受けるかは分かりませんが、せいぜい殺されない事を祈りますよ」
タケルがブルりと震えて言う。
「ゾクッッとしたわ。あんたら、随分と恨み持ってたんだな」
「そりゃもう」
そして俺達のチヌークヘリは東京上空を越えて、北へと向かうのだった。




