第266話 恐ろしい授業
タカシマの解説は非常に分かりやすく、俺にも充分に理解できた。いままで何を目的に研究して来たか、今の問題点は何か、将来的にどうするつもりでいるのかを教えてくれる。彼は先生だったらしく、学生に話すように俺達にも話してくれた。
更にある程度ファーマ―社の情報も掴んでいたようで、まるで俺達が調査した物を見た事があるような内容も含まれていた。それを見ただけでも、俺達が持って来た情報が彼の役に立つ事が分かる。そしてタカシマが一番の問題にしていたのが、急速に拡大する病巣のように、あっという間にゾンビが拡大してしまう現象だった。
これらの事を説明されただけで、なぜミヤタがこの人に会うべきだと俺達に言ったのかが分かった。俺はミヤタやミシェルをみて天才だと思っていたが、上には上がいる事を思い知らされる。日本という国の、知識レベルが高い事を証明していた。
研究をかいつまんで説明し終えたタカシマが、俺達に聞いて来る。
「ここまでで、なにか分からない事があったかな?」
するとユリナが答える。
「とても分かりやすかったです。私達の知らない情報もかなりありました」
「話のどのあたりを知らなかった?」
「何点かあるのですが、一つはゾンビが急速に拡大する理由です。ゾンビになると遺伝子が完全に変わり、変わったゾンビに噛まれる事によってゾンビ因子を含んだ細胞と融合し、人の体内で一気に増殖するというところです。私達は目の前で、生きている人間が突然ゾンビに変えられるのを見ました。きっと因子を増殖させるメカニズムが働いたのだと思うのです」
「どうやら、ほとんどの日本人が保有してしまっているようでね、でも因子を含んだ人間が人間を噛んでも変わらないんだよ。ゾンビに変わった者がかまないと、体内のゾンビ細胞は発動しないんだ。あとは生命活動を終えれば、ゾンビ細胞が活発化してしまいゾンビになるがね」
「はい、それは見ました」
「恐らく、突然生きている人がゾンビに変わったというそれは、あらかじめゾンビ細胞を人間に植え付けていたのだろう。何かの電波でそれを破壊し、一気にゾンビに変えてしまう事は可能だ」
「恐ろしいです」
「あとは?」
「そのゾンビ感染を止めるには、それを上回る効き目の薬が必要だという事です。服用や注射では間に合わず、経皮吸収型製剤のように皮膚から浸透させる薬が必要だと分かりました」
「経皮吸収型製剤は既に開発済みだからね。後はゾンビ化を止める薬品を作る必要がある。細胞分裂を抑制する薬は開発してみたが、癌細胞には効いてもゾンビ化を止める事は出来なかったよ」
「それでも、すばらしいです」
富士山に居たミヤタは遺伝子の扱い方を研究し、ミシェルは病原菌やウイルスを研究していたが、タカシマとサイトウは医者の先生をしているのだとか。ここに居るのも医者になるための生徒達らしい。
生徒達も熱心に聞いており、ここには優秀な頭脳が集まっているのだ。
「じゃあ次は、君達が持って来た情報を見せていただけるかな?」
そこでユリナの表情が陰り、どう答えようか口ごもる。
「えっと、その…」
「どうしたね?」
「私達のデータはかなりの衝撃を与えると思います。もしかするとトラウマに、もしくはPTSDを患ってしまうかもしれません」
「……なるほど」
「できましたら、人をお選びになった方が…」
「ここに居るのは医者の卵達だ。解剖などもした事があるし、死体だって見たことがある者ばかりだが、それでも懸念されるのかい?」
「はい。かなりの暴力、しかも全て現実に起こった真実が映し出されます」
「ほう…」
するとタカシマは白い髭を撫でつけた。くるりと生徒達を向いて言う。
「みんな、これから見る物はとてもグロいらしい。それも全て実際の映像だそうだ。医療行為とは程遠い暴力行為が映し出されるかもしれん。それでも見るかい?」
生徒達が騒めいている。そしてその脇では、ミオが助けた生存者の女達に向かって言った。
「妊婦さんは見ない方が良いかも、もちろん妊婦で無い人も。夢で魘されるかもしれない」
生存者達もざわついた。そして助けられた女の一人が言う。
「もし無理なら途中で退室するわ」
「そうね。遠慮なく出て行っていいわ」
それを聞いたタカシマが再び生徒に聞いた。
「君らはどうする?」
すると最初に俺達に接触した女生徒が言った。
「あの! このような世界になった原因を知りたいです! そして医者を目指す者には、それらを受け止める必要があると思います。だから見せてください!」
「僕も!」
「私も!」
「俺も見ます!」
どうやら全員がそのまま、持って来た情報を見ると言う。それを聞いたユリナがオオモリに目配せをした。オオモリが自分のポケットからメディアを取り出し、タカシマに言った。
「パソコンをお借りしても?」
「かまわんよ。みんな! これから世にも恐ろしい授業が始まる! 心してみるように!」
「「「「「「はい!」」」」」
オオモリがメディアをパソコンに差し込んで、データをひらいた。最初に文字列がかかれた文章を読ませ、皆に心の準備をさせる。しばらく文章を読ませて、これまで見て来た事を説明した。
すると生徒の一人が言った。
「高島教授のおっしゃってた事は本当だったのですね。本当にファーマ―社はこんな物を開発していたんだ」
「信じてもらえたかね?」
「もともと信じておりました! ですが実際にこのようなデータを見ると、それが真実であることが突き付けられます」
「僕もどこか半信半疑のような気持ちもありましたが、ここまで整合性が合っている物を見れば、百パーセント真実であると分かりました」
流石は賢い生徒達だ。この情報を見て本当かウソかを判断できるらしい。
そしてオオモリが恐る恐る聞く。
「あの…次の動画をお見せしても? ここからがだいぶ酷いのです」
タカシマが答える。
「かまわんよ。覚悟は出来ておる」
「本当ですか?」
「もちろんだ」
「わかりました」
そしてオオモリが動画を見せ始めた。皆は恐る恐るそれを見ていたが、動画のファイルを次々に開くにつれて真っ青になって来る。
「ごめんなさい」
そう言って救出した女の数人が部屋を出て行く。そのまま続けて見ていたが、結局は生存者の半数以上が部屋を出て行った。学生も三分の一は居なくなる。
タカシマが言う。
「こんな馬鹿な…」
サイトウも深く頷いた。
「ええ」
「狂気そのものだ」
「恐ろしい研究をしたものです」
「まるで特撮の映画でも見ているかのようだな」
「はい」
それから数時間は動画を見続け、結局残ったのはタカシマとサイトウ、そして数人の学生だけだった。皆、精神が削られており、タカシマとサイトウですら声を発しない。
ユリナが言った。
「以上が、大まかにファーマ―社の研究所で見たものです」
「これほどの物とは、これは神への冒涜だ。こんな事が許されていい訳がない」
「その通りですね。なんて研究をしているんだ。いったい目的はなんだ?」
それを聞いたオオモリが言う。
「それはこれからお見せします」
再び講習会は再開し、ここに残った皆は理解したようだ。
「日本は…日本は奴らの実験場だったのか…」
「本当にそうだったとは…」
学生達もかなり精神がやられていた。そして女の子が言う。
「嘘よ。日本だけが完全に滅亡しただなんて」
「信じられない!」
だがそれにタカシマが言う。
「だが本当の標的は世界だよ。日本での実験から得られた情報で、世界を思い通りに改造しようとしているんだ。彼らが世界の人間を思った通りにコントロールした先に、何をしようとしているのかは全く分からん」
サイトウも頷いて言う。
「試験体とやらが軍事目的なのは明らかだ。一企業だけでそれを成し得るわけがない」
するとそれにクキが答える。
「だよなあ。恐らく世界中の企業と、政府を含めた複合体じゃないかと睨んでる」
「君は?」
「元自衛官で、ちょっと前までは傭兵で世界中で戦っていた。世界を周って思ったが、何らかの巨大な組織が動いているとみてる」
「なんと…」
かなり空気が重くなり、皆がふさぎ込む。そこでユリナが話題を変えた。
「この先を見て欲しいんです!」
そう言うとオオモリと場所を代わり、ユリナが持っているデータをパソコンに差し込む。
「ここからは、未来に向けての研究についてです。学生さん達を戻してもらえますか?」
「わかった」
サイトウが席を立ち部屋を出て行く。そしてユリナがタカシマに言った。
「高島先生に見ていただきたいのは、ここからなのです。これより先に、日本と世界の未来があるのです」
「そうか…」
しばらく待っていると、生徒達を連れたサイトウが部屋に戻ってくるのだった。するとタカシマが言う。
「恐ろしい授業は終わった! これからは未来を探して行こう!」
生徒たちが戻り、未来に向けての授業が始まるのだった。




