第258話 ゾンビ破壊薬
富士山プラントに滞在して二週間、ミヤタが何かを発見したと言って皆を招集した。そして俺達の前にパソコンの画面を開いて説明しだす。もう居ても立っても居られないと言う気持ちがひしひしと伝わって来る。
「早速だが! これを見てくれ!」
それは電子顕微鏡で撮影した動画だった。そこに映っている物を見ながら、ミヤタが動画に丸をつけたりバツをつけたりし始める。
「ヒカル君からゾンビ因子を取り除いてもらった事で、全員の体質が変わったのは分かっている。だがその要因を調べていくと、ヒカル君の細胞と皆の細胞では違う反応を示している事が分かった。これは全く非なる物で、どちらかと言うと皆の細胞は赤ん坊の細胞分裂に近いかもしれんのだ」
そしてミヤタが次の資料に切り替えた。
「さらに、ゾンビ因子をゾンビから抜き出す事に成功した。それがこれだ」
ミヤタが丸を付けた物がゾンビ因子らしい。そこに他の細胞を差し込んでいる。
「そして、これはゾンビ因子を取り除く前の人の細胞だ。言って見れば一般的な人類の細胞だね」
俺達が見ているとゾンビ因子は人細胞に泳ぐようにして近づき、その細胞に刺さりこんで同化した。あっという間にゾンビ因子混合の細胞に塗り替えられ、いつしか元の細胞のようにしか見えなくなった。
「人の細胞と全く変わらなく見えるが、実はこれはもう全く別物だ」
「どう違う?」
「まずは全く細胞分裂をしなくなる」
そう言って画面を見せた。
「こちらが通常の細胞分裂をする人の細胞。普通、細胞分裂とはどんなに高齢になっても止まる事は無い、百歳でも細胞は分裂する。分裂が緩やかになり質の低下で老化はするが、全く細胞分裂しなくなるという事は無いんだ。こちらがゾンビ因子を取り込んだ細胞で、これは全く細胞分裂をすることが無くなる。いったん人間の細胞とうり二つになるが、ここから問題が始まるんだ」
そして次の動画を見せる。
「信じられるかい?」
その動画ではゾンビ因子を取り込んだ細胞から、何かの液体のような物が出ているように見える。
「これは、人間の細胞がゾンビ因子を生み出しているところだ。その新たに生み出されたゾンビ因子は、健康な細胞に同化し最初と同じような細胞になる。するとその新たに作り出された細胞は、再びゾンビ因子を生み出し始めるんだよ」
「自分の体でゾンビ因子を作り出し続ける?」
「そう言う事だ。これはゾンビになるまで続けられるようだ」
そう言いながら、ミヤタが次の画面を開く。
「その後を見てくれ。ゾンビ因子を取り込んだ細胞が一定数を越えて来ると、なんとその部分だけが変化していくんだよ。見ていてくれ」
俺達が見ていると、ゾンビ因子をとりこんだ人間の細胞が少しずつ変形し色を変えていく。
「ここからだ」
その変形変色した細胞群が、ぴたりと動きを止めた。
「これは死んだのか?」
「死んだように見えるだろう? 実際は死んでいるのと同じだ。だがもう少し見ててくれ」
変形して止まっていた細胞が、突如として再び動き出した。
「これだよ!」
ミヤタが大きな声を上げる。画面の中の、止まっていた変形細胞が突如として増え始めたのだ。それもすごい勢いで増えている。
ユリナが聞いた。
「これは何ですか?」
「増殖だよ。無限増殖を始めるんだ」
「無限増殖?」
「そうだ。これはまるで癌細胞だが、それとは違いどんどん活性化して動きだす。既に人間の細胞ではない形になり、栄養も何も必要とせず増殖し続けるんだ」
見ている細胞がたちまち黒く塗りつぶされ、増殖して結合し続けている。そしてミヤタが続ける。
「信じられるかい? こんなに激しく増殖を続けているのに、この細胞は死んでいるんだよ。と言うよりも…これを生物と言って良いのか…と言う感じなんだ」
するとミシェルが横から話した。
「微生物でもウイルスでもない、人造細胞と言ったところかしらね。そしてこれがゾンビの正体よ」
「ゾンビは生物では無いという事ですか?」
「そう。あれは人工物になってしまったと言うのが正しいところ」
俺が言う。
「よくここまで分かったな」
すると、ミシェルが少し俯いて行った。
「それは私にも僅かながら、ファーマ―社研究所時代の知識があったから。元研究員だったから」
そしてミヤタもつけたした。
「あとは君達が持って来てくれた情報のおかげだよ」
目の前で完全に別物になった細胞を眺めながら、俺達は初めてゾンビになる原理を知ったのだ。そしてミヤタが次の情報に差し替える。
「そしてこれを見てくれ」
それにはまた人間の細胞が映し出されている。
「これはヒカル君からゾンビ因子を取り除いてもらった人の細胞だ。そこにゾンビ因子を入れる」
俺達が見ている動画では、ゾンビ因子が俺の施術後の人細胞に入り込もうとしている。だが入り込むことが出来ずに、次の細胞にめがけて進んでいった。だがやはり細胞には入り込めないようだ。そのうちにゾンビ因子の動きが止まり始め、やがては完全に活動を停止する。
「これはどうなった?」
「ゾンビ因子の寿命だよ。言ってみれば、精子みたいなものだね。受精できなければ死んでしまうと言ったものに近い」
「だからゾンビにならなくなるんだな」
「そう言う事。そして次も見て欲しい」
また新たに動画が開かれる。そこに映っている細胞は、明らかに今までの物とは違って見えた。それを見てミヤタが言う。
「これはヒカル君の細胞だ。とても興味深いよ」
そこに再びゾンビ因子が落とされる。だが驚くべき事が起きた。
「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」」
皆が唖然としている。ゾンビ因子をたらした途端に、ゾンビ因子が消えてしまったからだ。俺がミヤタに聞く。
「ゾンビ因子はどこいった?」
「消滅したね。コンマ〇〇〇一秒も滞在できない」
「なぜだ?」
「そこまでは分からんよ。何か細胞から発しているのかも知れないが、ここにある機器では到底計り知れん」
「研究には役立ちそうか?」
「充分以上にね」
次の動画ファイルを開いて説明し始める。
「これは、ヒカル君からゾンビ因子を取り除いてもらった人の血液で作られた血清だ」
ゾンビ因子にその血清を垂らすと、ゾンビ因子は活動を停止した。
「そしてこれは、ヒカル君の血液から作られた血清だよ」
同じように俺の血清を垂らすと、なんとゾンビ因子が消滅してしまう。皆が目を見開いて食い入るように見ていた。
「これからが本番だ。私とミシェルで試作薬を開発した」
そして次の動画を開く。するとその薬は、俺の血清と同じようにゾンビ因子を消滅させた。俺はそれを見て感心する。
「凄いな」
ユリナも言った。
「こんな短期間でこれほどの成果を出すなんて」
するとミシェルが言う。
「今までやって来たからよ。何万回も試行錯誤して失敗して、検証したい回数も限界になって、それでも工夫してゾンビを捕らえて治験の回数を重ねて。ここまでどれだけの仲間が死んだか分からないわ」
「すみません。気遣いがありませんでした」
「いいのよ。その結果があなた達をここに導いたのだと思っているわ」
「そう言っていただけると…」
そしてミヤタが言う。
「じゃあこれをもって、ゾンビの所に行きます!」
そう言って、皆が道路から下のプレハブに下りて行く。鍵を開けて中に入ると、俺達を見たゾンビが手を伸ばして檻をガシャンガシャンと鳴らした。
「すみませんヒカル君。ゾンビの腕を押さえてもらえますか? 実は我々もこれが初めてなのです」
「わかった」
檻から伸びたゾンビの腕を俺が掴んだ。そこにミシェルが注射器を突き立てる。一気に中身を注入し俺が手を放すと、ゾンビはだらりと腕を下げた。そしてガチガチと鳴らしていた歯の音が少しずつ小さくなり、とうとうしゃがみ込んで動かなくなってしまった。
ミヤタが棒を持って来てゾンビを突く。
「死んだかな?」
そして俺は気配感知によって確認する。そのゾンビは完全に活動を止めていたのだ。
「滅びたようだ」
「や、やった! やったぞ! やっとゾンビを殺す薬を開発した!」
ミシェルが俺に言う。
「あなたのおかげ! やはりあなたはメシア! 救世主だわ!」
ミヤタもミシェルも、そして富士山の生存者達も歓喜の声を上げた。皆が涙して、自分達の成果を喜んでいる。そしてその偉業は俺達にも十分に理解できた。この二人はゾンビを滅ぼす薬を完成させたのだった。




