第257話 勇者の遺伝子
俺は富士山にいた生存者達のゾンビ因子を取り除き、遺伝子の情報を書き換えた。これでもうゾンビ因子を体内に取り込むことは無くなり、細胞の損傷が無くなって元気になるだろう。
俺達の仲間や、これまで助けて来た生存者達の体にも起きた変化だ。いずれ自分の特別な力が浮き上がってくるだろうが、初めてそれを体感した時には戸惑うだろう。その事をユリナが丁寧に説明して、来る日に備えさせている。
ミシェルがユリナに聞く。
「特殊な力って、例えばどんな感じかしら?」
分かりやすいところでタケルが立ち上がり、いままでもやってきたような力自慢をした。それを見て皆が感嘆の声を上げるが、ミシェルはそれだけでは分からないという。
「ミスタータケルが、物凄い力持ちってだけなのかもしれないわ」
「へっ?」
タケルがやったのはコイン数枚を親指と人差し指で曲げる芸当だ。だがそれだけでは特殊な能力だと認められないらしく、そこでミオが代わりに言う。
「私は隣りの部屋と外にいる人の人数、二階にいる人数が分かるわ」
「言ってちょうだい」
ミオがスラスラと部屋の外にいる人数を言う。ミシェルはそばにいた男に言った。
「見てきて頂戴」
「はい」
男が帰ってきて、その通りだったことをミシェルに告げた。
「なかなかに信じがたいけど、特殊な力を持っているのはなんとなくわかった。これから私達にそう言う現象が起きると言う事ね?」
俺がそれに答えた。
「そういう事だ。その人が元々持っている能力が、更に際立ったようになるようだ。音楽関係に興味のあったツバサは耳が異常に発達し、医療関係で働いていたユリナは人間の疾患を全て言い当てる事が出来る。そんな感じだな」
「皆に、それを覚悟しておくようにと伝えればいいわけね」
「そうだ」
ミシェルとミヤタが顔を合わせて、苦笑いしながらため息をつく。
「まさに奇跡だが、なぜこんな事が出来るようになったんだ?」
「それは俺が特殊だったからだ。だがもう一つ、俺は仙台にある大学の研究室で言われた事がある。それは俺の血液を人間に輸血してはいけないと言う事だ。俺の血液を輸血された人間は死ぬらしい」
「あなたが特殊?」
「俺の血を調べてくれないか?」
するとミヤタが頷く。
「非常に興味深い。早速調べてみよう」
俺の腕から血が抜き取られ、ミヤタはそれをプレパラートに落として機械に入れる。ユリナが聞いた。
「その機器はなに?」
「特殊な電子顕微鏡だよ。さらに細かい内容まで調べる事が出来るんだ。私のラボから持って来た」
「危険だったでしょうに」
「そろえるのに何人かが犠牲になったよ。それでもどうしても必要なものは全て持って来た」
「命がけと言うわけね」
「そうだ」
それからしばらく答えを待っていると、ミヤタがポツリと言った。
「これは…」
「何か分かったか?」
「おかしい」
「なにがだ?」
「普通じゃない。ちょっとまってくれ」
ミヤタが立ち上がり冷蔵庫の前に立つ。ポケットから鍵を取り出して冷蔵庫に括り付けてある鍵を開け、中から数本の小瓶を取り出した。その瓶の液体をスポイトで吸い上げ、俺の血液に垂らして再び電子顕微鏡に入れる。
「これは…」
そしてミヤタは次の瓶から中身を吸い上げ、俺の血液に垂らして電子顕微鏡に入れる。
「ばかな! ミシェル! これをみてくれ!」
ミシェルもそれを覗き込み息を飲んだ。
「こんなことが…」
その二人にユリナが聞いた。
「どうなりました?」
「ちょっと待ってくれ…」
ミヤタもミシェルもしばらく黙り込み、呆けたような表情で俺を見つめていた。
「俺の顔に何かついているか?」
「いや…あなたは一体なんなんだ?」
「何と言われても、俺は俺だし皆と同じだと思っているが?」
ミヤタとミシェルが顔を見合わせて、次の言葉を発するのをためらっている。俺に気を使っているような感じだ。
「言ってくれ。別に何を言われてもかまわん」
ミシェルが言う。
「え、ええ…。こんな事を言ったら嫌な思いをするかもしれないけど、あなたの遺伝子と細胞は普通ではないわ」
「それは仙台で知った」
今度はミヤタが言う。
「はっきり言うと、君の遺伝子と細胞は人間の物ではない」
「俺は人間だが?」
「君の細胞は驚異的なんだ。細胞が弱るとすぐに新しい細胞が生まれる。更にどんな毒も全く寄せ付ける事は無く、恐ろしいことに酸ですら君の血を溶かす事は無い。常に新鮮で最新の状態を保ち続けているんだ」
周りの人がシンとしてしまう。それが俺にはどういうことか分からないが、自分が滅多な事で怪我をしない事からも普通ではないのだろう。
「なぜ俺の血を輸血された人間は死ぬ?」
「簡単な事だ。君の細胞が通常の人の細胞を攻撃するからだよ。さらにあっという間に増殖して、数分で体中に巡ってしまうだろう。数分でその人は死ぬ」
それではまるで俺が病原菌のようだ。
「分かった…」
俺は少し落ち込んでしまう。人と違うのは仕方がないとしても、俺の血は人を殺すのだ。この世界の人間とは全く違う生き物だと言われたようなものだ。
だがタケルが言う。
「ま、関係ねえんじゃね? ヒカルはヒカルで俺のマブだし。何人かの女子の推しメンだ」
ユミがタケルをげんこつする。
「あんたはデリカシーないんか!」
「痛て!」
「ごめんねぇ、ミオ、ツバサ、ミナミ、マナ」
「い、いや。私はそんな…」
「その…なんか違うっていうか」
「わ、私は別に」
それを聞いたマナが笑って言う。
「あらあ? 三人ともそれでいいの? 良いコト聞いちゃったぁ! じゃあライバルはいないって事だね! やりぃ!」
「だ、だれもそんな事は言っていない!」
「そうよ! 愛菜。勝手に決めないでよ!」
「そうだわ! 別にヒカルは誰のものでもないでしょ!」
最後の言葉で一斉に視線がマナに注がれた。マナがハッとして顔を真っ赤にさせる。
その光景を見ていたミシェルとミヤタが気まずそうに言った。
「なんか申し訳ないコト言っちゃったわね。私達の心配はいらなかったみたい」
「すまなかった。言葉の配慮に欠けていた」
それに俺が答えた。
「問題ないさ」
ユリナが話を戻すように言う。
「あの、今回ここの皆さんのゾンビ因子が取り除かれましたよね?」
「ええ」
「その血液から何かヒントが得られると思います。私が持って来た血清もありますし、出来ればもっと有効なものを作り出す事は出来ませんか?」
するとミヤタが言う。
「可能だよ。それにここまで情報がそろっていれば、かなり早い段階で結果は出るだろう」
「お願いします」
「ああ」
「そして、必要な機器があればそこに連れて行けますし、必要な物資は運び込みます。しばらくは一緒に研究に協力させていただけませんか?」
「こちらこそ」
「願ったりかなったりだわ」
そして俺達は、この周辺地域の生存者を救う為に動く事になる。
そこでタケルが言う。
「よし! なら俺達がもっと食料を確保してくるぜ。あんたら久しぶりに肉とか食いたくないか?」
ミシェルが驚いて言う。
「肉? そんなものがあるのですか?」
「獲って来るんだよ。野生化した牛があちこちにいるからな」
ミヤタも驚いて聞いて来る。
「狩りをするのか?」
「ああ、待っていてくれ」
そして俺達は牛を狩るために富士山を降りる。牛はここに来る途中で、俺が感知していたので探す手間はいらない。俺達も久しぶりの新鮮な肉に心躍らせるのだった。




