第256話 ゾンビ実験場での奇跡
ミヤタとミシェルが見せてくれたのは、人間の遺伝子がゾンビ因子から浸食されるのを抑制する研究だった。だがこれまでは失敗の連続だったらしく、ようやくその浸食を緩やかにすることを可能にしたところだったという。
俺達はそのパソコンの画面を見ながらも、自分らの追って来た一つの形がここにある事を知る。最終的にはゾンビ因子を取り除くところまで持っていきたいらしいが、遺伝子に組み込まれてしまうともう手遅れらしかった。
ミヤタ達から全てのデータを開示してもらったところで、今度はユリナが言った。
「こちらのデータも見て欲しい」
ユリナは、ポケットから出したメモリーをパソコンに差し込んでミヤタとミシェルに見せた。そのデータは東北遠征から仙台での研究、そして東京のファーマー社地下研究所で入手した物だ。それらのデータを見てミヤタ達も目を見開き驚いている。
「これは…」
「私達が求めて来たものに近いわね」
「ウイルスを模したナノレベルの生命体。増殖力が強く、ヒトゲノムにだけ反応する新種の生物だったか。そしてそれを抑制する薬?」
それを聞いたユリナがバッグから、一つの小瓶を出した。それをテーブルの上に置いてミヤタ達に告げる。
「これは血清。ワクチンではなく血清よ」
「血清? 効くのか?」
「一定の効果はあるようだわ」
その瓶を見てミヤタとミシェルが目を見合わせて頷いた。そしてミヤタが俺達に言う。
「来てくれ」
俺達はその棟を出てミヤタ達について行く。どうやら山の下の方に何かがあるようで、道路を降りて茂みに入って行った。するとそこに三棟のプレハブ小屋があった。
ミシェルが言う。
「驚かれるかもしれないけど、皆さん覚悟してみてください」
「わかった」
しかし俺やミオ、ミナミやツバサには分かっていた。この中にはゾンビがいる。皆も薄々感づいているようだが、落ち着いているようだった。中に入ると案の定、ゾンビのうめき声が聞こえて来る。
「うううう」
「おおおお
ガシャン! ガシャン!
建物の中には堅牢な檻があり、鉄格子の中からゾンビが手を出してこちらにつかみかかろうとしている。すり抜ける事は出来ないらしく、その手は空を切るだけだった。
「これは?」
ユリナが聞くとミシェルが答えた。
「実験用のゾンビ…。元は仲間だった人達ね。ここに逃げて来たけど助からなかった人達よ」
「そう…」
「このゾンビ達は薬品を全く投与していないの」
「なるほど」
「じゃあ次に行こう」
そう言ってミヤタとミシェルが外に出るように言う。俺達がついて行くと隣のプレハブ小屋を指して言った。
「そっちも見て欲しいの」
ミヤタらに連れられ、俺達が隣のプレハブに入るとそこにも鉄の檻がありゾンビがいた。だがそのゾンビ達は、手を伸ばしては来ずただ俺達を見ているだけだった。
「かかってこないな」
「薬品の投与をかなりした後に死んだゾンビ達よ。攻撃性が薄れ飛びかかってくる事が無くなったの」
それをユリナ達が近寄ってまじまじと見る。
「あ、あまり近寄らないで。近寄れば他のゾンビ同様に噛むわ」
「そうなのね」
近寄らなければ、このゾンビはかかってこないらしい。
「じゃあ最後の棟を見て欲しいわ」
そこには二つの檻があり、その中にはなんと人間が一人ずつベッドに横たわっていた。ミヤタとミシェルが入ると、ベッドの男が頭をこちらに向ける。
「み、宮田せん…せい…」
「食事は取れているかい?」
「あまり食欲が無くて」
すると反対側の檻のベッドに寝ている女が言った。
「わ、わたしはもう…。あの…」
「食べれてないのか?」
「じ、実験…に、志願…したのだけど…やはり怖い。ゾンビに…なるのは嫌」
「安楽死を希望するかい?」
「おねがい…殺し…てほしい」
「そうか…」
ミヤタが俺達に向かって言った。
「彼らはゾンビ試験に志願してくれた人達だ。だがもう彼女の方はゾンビになりたくないと言っている」
「どうするの?」
「これさ…」
そう言ってミヤタは懐から拳銃を抜いた。どうやら一発で殺してやることにするらしい。ミヤタもミシェルも悲しい表情で、檻の中の治験者を見つめている。ミヤタが女に銃を構えた時、俺がスッとその銃を下げさせる。
「完全変異していない。まだ大丈夫だ」
「な、何を言っているんだ! ここまでなったらもう終わりだ。楽にしてあげよう」
「いったん回復をかけないと体力がもたんかもしれんがな…。ミヤタ、檻を開けてくれ」
ミヤタとミシェルが顔を見合わせ驚いている。するとユリナが言った。
「彼を信じて欲しいの。これからあなた達が見るのは奇跡だと思うわ」
そして俺がもう一度強めに言う。あまり時間は無さそうだからだ。
「檻を開けて俺を中にいれ鍵を閉めろ!」
「わ、わかった」
ミヤタが鍵を開けて、俺が中に入ると後ろで鍵が閉められる。俺が女に近づいて行くと女は俺に言った。
「ダメ…いつ変わるか分かんない。噛んじゃう…かも!」
「大丈夫だ」
そして俺は後ろを向いて言う。
「ミヤタ達は黙って見ていてくれ」
俺は女を包む一枚の羽織物をひらいた。瘦せこけた体は今にも、その活動を止めそうなくらいに弱々しい。そこで俺はゾンビ因子除去の前に回復魔法を施す。女は光り輝き、顔の血色が少しだけ戻る。
「動かないでくれ」
「は、はい…」
そして俺は一気にゾンビ因子を除去した。女の体が見る見るうちに真っ白になり、ゾンビ因子は遺伝子から剥がれて皮膚の外に出て来た。
「えっ?」
女がキョトンとしている。俺は後ろを振り向いてい言う。
「ミヤタ! 水をくれ」
「あ、ああ」
ミヤタがコップに水を汲んで檻の隙間から俺に渡した。俺はそれを女に渡す。
「飲め。少し楽になる」
「はい」
女が水を飲んだので、更に回復魔法をかけて吸収を促した。すると女が驚いて言う。
「痛くない。体が軽い…」
「もう大丈夫だ。お前はゾンビにはならん」
「うそ…」
「嘘じゃない。もう大丈夫だ」
「……うっううう…」
女が泣き始めた。俺はユリナに言う。
「この人を頼む」
「はい」
檻の鍵が開けられてユリナとミオが入ってきた。女の体の表面に浮き出た白い粉を、手で丁寧に払いのけている。檻の外に出た俺は反対側の男を見て言う。
「彼は体力がまだありそうだ」
「でももう長くは…」
「問題ない」
俺は檻の外から男にゾンビ因子除去魔法をかけた。あっという間に真っ白になり、男は驚いて起き上がる。
「なんだ? これは…」
「もう大丈夫だ」
「苦しくない! どう言う事だ?」
「ゾンビの因子を取り除いた」
「うそだろ…」
ミヤタに鍵を開けさせて、タケルとオオモリが入って行った。そして俺はミヤタとミシェルに向き直る。
「どういう…ことだ?」
「俺にはゾンビ因子を取り除く力がある。彼らの因子を除去した」
「そんなことが…」
するとミシェルが大きな声で言った。
「アンビリーバボー! ミラクルだわ!」
ミヤタが慌てて注射器を持ち出して、男に近づいていく。
「君! 採血をさせてくれ!」
「はい」
ミヤタが注射器で男の採血をし、部屋にあるプレパラートに血を落とした。そしてそれを何らかの機械に入れて、のぞき穴のようなものに目を付けた。
「ミシェル! まだ詳しくは分からんが、赤血球と白血球が正常化している。形が崩れておらずとても綺麗な形状だ」
するとミシェルもそれを覗いた。
「アンビリーバボー! こんな奇跡をまのあたりにするなんて!」
すると檻から出て来たユリナが言う。
「そこのテーブルの上に乗せた血清は、ゾンビ因子を除去した人間の血液から精製したものよ。あなた達の薬品でもゾンビ化を遅らせることは可能だと思うけど、それも効果は確認済みよ」
「すばらしい! これで一気に研究が進むぞ! 君らはなんてものを持って来てくれたんだ!」
ミヤタが泣きながら手を叩いた。ミシェルも涙を浮かべている。
そして俺が言った。
「研究の役に立つのだな?」
「もちろんだ! こう見えて私は遺伝子工学の第一人者なのだよ!」
更に俺がオオモリの肩を掴んで言う。
「ならこいつは、プログラムの天才だ。ゾンビ化した遺伝子を止める電波を開発した」
「なんだと! 是非話を聞かせて欲しい!」
「私も知りたいわ!」
ミシェルとミヤタが興奮気味に俺に歩み寄って来た。だが俺はミヤタに言う。
「それよりも、ここにいる生存者を全員集めてくれ。大多数がゾンビ因子に犯されている。体力のあるうちに処理した方が良い」
「もちろんだとも!」
するとミシェルが言う。
「メシア…あなたは救世主?」
「そんな大それたものではない。俺は勇者だ。魔王討伐の為に生まれた勇者だよ」
「ユウシャ? ヒーロー! あなたはヒーロー!」
ミシェルが満面の笑みを浮かべて言う。俺がタケルに聞く。
「ヒーローだって?」
「ああ。この世界じゃヒカルみたいな奴はヒーローって言うんだ。俺達もそう思ってるぜ、お前は俺達のヒーローだってな」
「そうか?」
この一連の話をはたから眺めていたクキが言う。
「一体お前は何なんだよ、ゾンビ因子を取り除いた、だあ?」
「安心しろ、お前は元々ゾンビ因子が少なかった。知らんうちに除去しといた」
「なっ! さ…最近、肌がかさつくと思ったらお前の仕業だったのかよ」
「迷惑だったか?」
「馬鹿じゃねえのか? 大歓迎だよ!」
「それなら良かった」
俺とクキの会話を聞いて、女達がくすくす笑っている。どうやらクキは少しずつ許されて来たようだ。そして俺達は救った二人を連れて、生存者達がいる場所へと上がっていくのだった。




