第244話 東京に蠢く異形
装甲バスの中、ファーマ―社のデータが入ったノートパソコンを前にクキが固まっている。そこに流れる映像とデータを、瞬きもせずに凝視していた。これまで救出した生存者にこれを見せた時は、具合が悪くなって吐いたり途中で止めたりしていたが、クキは集中し食い入るように見ている。
オオモリが隣で淡々とデータを開く作業は既に二時間に及んでおり、延々とグロテスクな映像を見続けてもクキは全く顔色を変えなかった。文字データと動画ファイルを見比べ、納得しながら確認し続けている。
最初はそんなクキの姿を、女達が憎しみを込めた目で睨んでいたが、既にその集中力も途切れてしまったのか、休む者もいれば。それぞれの武器の手入れをしたりするものもいた。
よくオオモリはクキに付き合っていられるものだ。などと思いつつ、俺も一緒に映像を見続けている。するとようやくクキが口を開いた。
「間違いなく本物だろうな、全ての辻褄があっている。そして俺が小耳にはさんだ情報ともそう遠くはない。奴らはこんな日本になっても、まだこんな事を続けていたわけだ。ゾンビを減らすために生存者を捕らえているのではなく、本気で日本人を根絶やしにしようとしてたようだな。よほど自社の不始末を世界に知られたくなかったのだろう、まあ知られれば倒産してしまうだろうしな」
するとそこに、ユミがやってきて語気を荒げながら言う。
「そうよ! 分かった? あんたはこいつらの手先になって、日本人を殺しまくっていたってわけ! さあ! 懺悔なさいよ!」
「ふふっ。アハハハハハ」
「何を笑う事があるの!」
ユミがクキの胸ぐらをつかむが、クキは表情一つ変えずに言った。
「傭兵なんてやってりゃあ、地獄なんざぁ山ほど見て来た。中東や南米のゲリラに五歳の子供兵がいたとしても、俺達は指示通りそれを殺さなければならない。戦場で敵兵に女子供がいるから手を抜こう、なんてことをしてたらあっという間にあの世行だ。もし俺達傭兵が、ファーマ―社の言う事を無視して、ゾンビに犯された人間を殺さず保護していったらどうなると思う?」
「そ、そんなの、知らないわよ!」
「俺達が正規軍に殺されるだけだ。仕事を反故にして本来の目的に背くような事をしたら、戦場じゃ邪魔になるだけだからな」
「あんたはそれが間違いだと知っても、自分達が生き延びる為ならなんだってやるって事?」
「そういう職業だ。そうしなければ自分と部下が死ぬ」
するとユミはそのままクキに頭突きをかました。ごつっと音がして、ユミが自分のおでこを押さえる。だがユミは睨むばかりで声を出さなかった。逆にクキが言う。
「痛ってえ」
クキがタケルに向かって言った。
「おいおい、お前の女だろ。いい女だとは思うがよ、少し躾けしてやった方が良いんじゃないのか?」
すると今度はタケルが笑い出した。
「あっはっはっはっはっはっはっ!」
「なんだあ?」
「お前は分かってねえ。俺が躾けられる側なんだよ!」
するとユミがタケルの頭をゴツリとやって言う。
「あんたは! まだ怪我の影響が残ってるんだからじっとしてなさいよ!」
「す、すまねえ」
微妙な空気が流れるが、クキは再びパソコンの画面を食い入るように見始める。そしてある動画ファイルが流れた時、クキがオオモリに言う。
「止めてくれ」
そして一時停止された動画には、研究所の試験体が映っておりクキがそれを指さした。
「こりゃなんだ?」
それには俺が答えた。
「試験体と呼ばれていた。人間を合成して作った化物だ」
「……」
「どうした?」
「…恐らくこれと似たようなものが、東京にいるぞ」
クキが言うと、皆が一斉にこちらを向いた。
「どこで見た?」
「遠くから望遠鏡で見たんだが、恐らく四谷かその辺りに数匹」
「なんだと…」
試験体が野に放たれている?
そしてヤマザキが聞いた。
「それでどうしたんだ?」
「なんと言うか、戦場の勘が働いてな。一目散にこちらに逃げて来たんだ」
なるほど。コイツが生き延びて来た理由が分かった。危機管理能力が研ぎ澄まされていて、まるで俺の気配感知のように危険度を察知する事が出来ているのだ。魔力やスキルを行使せずに、五感をここまで研ぎ澄まして高めるのは並大抵の事ではない。どうやって地獄を掻い潜って来たのかは察しがついた。
それを聞いたユリナが俺に聞いて来る。
「どうしようヒカル。試験体が解き放たれている…」
「やらねばなるまいな」
するとクキが言った。
「おいおい。あれは相当ヤベエぞ、狙撃しようと思ったが場所を感知されれば終わりだと思って逃げて来たんだ。あんなものどうするつもりだよ」
「全て潰す」
「…そうだったな、あんたは超人だった。だがまさかその日本刀で戦うつもりか?」
「そのつもりだ」
クキが絶句する。すると今度はユリナが、クキに言った。
「もう一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ?」
「あなたは何故、ゾンビ因子の影響を受けていないのかしら?」
「ゾンビになり得る物質が含まれた薬品や注射、そして添加物を全て知っているからだ」
ユリナが言うように、確かにクキはゾンビ因子にやられていなかった。
「どうして知っているの?」
「俺のバッグから手帳を取ってくれ」
ヤマザキがクキのバッグからそれらしいものを取り出す。
「そこに挟まってるよ。一覧表が。ファーマ―社の軍隊で配られていた奴だ」
ユリナがそれを広げて食い入るように見る。
「全て書かれているわ! 私達が知らなかったものまである!」
それを聞いてミナミが苛立ちながら言った。
「自分達は知っていて口に入れなかったんだ。ふざけてる」
するとクキが言う。
「自衛隊にその薬品の注射を打つ事が決められた時、俺は自衛隊を辞めたんだ。自衛隊に義務として課せられた時にな。後からその一覧をもらって愕然としたよ。俺は勘で打たない方が良いと決めたが、その勘が正解だと知る事になった」
ユミが不満そうに言った。
「分かったんなら、その後ファーマ―社に協力するのを辞められたよね!」
「何を言ってんだ? その一覧をもらったのは正規軍と同じ作戦に参加する時だぞ。既に傭兵として契約を結んだ後だ、既に後にはひけなかったさ」
「そんなの詭弁よ」
「まあなんとでも言ってくれ。俺は金で少年兵をも殺す奴だ。ゾンビに変わると決まった人間が居るなら、それを殺す事は少年兵を殺すより良心の呵責が無かった。それだけだ」
更にユミが何かを言いたそうにしていたが、俺はそれを制して言った。
「そんなことは試験体を始末した後に話そう。今は試験体を一匹でも多く仕留める事が先決だ。そしてもう一つバッドニュースだが、恐らく試験体は既にこの周辺に来ている」
皆が戦慄の表情を浮かべた。俺の気配感知の網に明らかにゾンビではない気配が引っかかったのだ。俺は日本刀を肩にかけて、更に魔力を研ぎ澄ませていくのだった。




