第236話 日本の希望
俺達が一瞬垣間見た世界は、荒廃した今の日本の状況とは全く違っていた。辛うじて生き延びてきた現存している日本人達は、誰一人この事実を知らずにいる。今ここに居る十三人だけがそれを知っていて、これからどう動くべきかを話さねばならない。
だが、皆はうなだれて押し黙っているだけだった。世界から孤立し、絶滅寸前に追いやられた怒りや悲しみが処理しきれないのだろう。確かに自分の国家が滅ぼされたと知れば、誰でもこうなるのは当然だ。世界全域が同じ状況ならあきらめもついたかもしれないが、日本だけがそうなったと言う事実が皆の心に重くのしかかっていた。
だがここで落ち込んでいる暇は無かった。そこで俺がゆっくりと話し始める。
「みんな、あのタンカーを見ただろう?」
「えっ?」
「タンカー?」
「それがどうしたの?」
「あれはたしかロシア人だったよな? 日本人の体だけがゾンビ因子に反応するわけじゃない。ということは世界のどこにいても、発症の危険性は大いにあるんだよ。上手く駆除したとしてもどこかで発症すれば、あのタンカーのようになってしまうという事だ」
「確かに。タンカーはゾンビで全滅していたものね。閉鎖空間では逃げる事は出来なかったのね」
「ああ。ということはだ。世界のどこかでは駆除しきれていない地域があるかもしれないし、ゾンビ因子の対処や対応が確立されていないと言える。それはゾンビ因子を除去できる俺だから分かるし、俺達が東日本で救って来た人達はすでにゾンビ因子に対して脆弱ではない。むしろ完全に跳ね返す力を持っており、俺がこれから救おうとしている日本人もその力を得る事になる」
俺の言葉を聞いてタケルが立ち上がった。
「そうだぜ! 俺達はゾンビにはならねえ。だけど世界の人らは今もゾンビになり得る体をしているんだ。日本から海外に生きたまま脱出する奴らがいるかもしれねえし、そうなれば世界は今もゾンビの危機にさらされているって事だろ?」
それを黙って聞いていたユリナが言う。
「それもそうね。これだけ日本が壊滅してしまえば、ファーマ―社も治験データが取れなくなってしまうわ。もしかすると、他のどこかの国を標的にして同じことを繰り返す可能性もあるということね」
ヤマザキが大きく頷いた。
「その通りだな。島国は日本だけではないし、いつどこで実験を再会するか分からない。もしかしたらこうしてる今も、標的となっている国があるかもしれないんだ。発展途上国への人道支援として支給される食料に、ゾンビ因子が混ぜられる可能性もある」
それを聞いたミオが言う。
「と言う事は…既に、こうなっているのは日本だけじゃない可能性もあるかも。離れ孤島などは、もしかしたら地図上から消されているかもしれない」
そしてユリナが言った。
「ヒカルがゾンビ因子を除去した人間の血液は、日本以外の世界中どこにも存在していないわ。もちろん日本から撤収したファーマー社も知らないし、日本を見捨てた諸外国の政府も知らない。これだけの成功事例がある国は類を見ないという事よ。しかもそれは魔法によって引き起こされているから、他の国で知ったとしても実現性は低い」
皆が頭を上げて来た。今まで黙っていたミナミが言う。
「むしろヒカルの居る日本には未来があるということ?」
それを聞いてみんなが大きく頷いた。そこで俺が大きく声を上げる。
「日本人をどれだけ多く救えるかが、俺達の使命だ」
「そうよね!」
「懸念すべきは、ファーマー社が核兵器をどれだけ使用してくるかだな」
するとミナミが言った。
「それは問題ないと思う。条約は、日本周辺海域の安全保障とあったし、日本で核をバンバン使えば、近隣諸国の中国や朝鮮半島やロシアも黙っていないでしょう。逆に言えばG8の同盟が日本を守る事になると思う、各国の海が放射線で汚染されたら条約は反故になりかねない」
ヤマザキが頷いた。
「そのとおりだ」
そして俺が言う。
「だから悠長になどやっていられない、日本に生き残っている同朋はゾンビ因子に蝕まれているからな。俺達は立ち止まってなどいられないんだよ」
いつのまにか皆が立ち上がっている。目に光が灯り、自分達の使命を思い出してくれたようだ。そして俺が最後に言う。
「日本以外の国で人が生きているなら、世界は終わってないという事だ。それならそれで、日本を復興させる鍵になる。世界の人間が生きていると分かったなら、希望を持つべきだ」
「世界全部が日本の敵でも?」
「そうだミオ。俺は皆との暮らしを守るためなら、世界全てを敵にしてもいい。俺を倒せる者がいるというのなら、いつでも相手になろう」
するとみんなが笑いだした。
「核兵器が通用しない個人なんて世界のどこを探してもいないしね」
「まったくだ! そんな人間は誰も想像してねえと思う」
「本当ね。今の私達だって言ってみれば超能力を持っている状態よね? なら出来る事はあるはず!」
「その通りだミオ! 俺達にはまだまだやる事があるし、前に進む以外の事は考えない事だ。これまで死んでいった家族や仲間達の為に、生き残ったみんなが何をやれるかだけを想像しろ。死んだ一億人を無駄死にさせるわけにはいかないと肝に命じろ!」
「「「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」」」
皆にやる気が漲って来る。そしてオオモリが言った。
「ヒカルさん。とにかくこの施設は放棄しましょう。恐らくここからアクセスした事は、向こうで掌握しているでしょう。世界にバラされればファーマー社は困る、再び彼らが動きださないとも限らない」
オオモリの言葉に皆がうなずき、すぐに各自が準備をし始める。皆が館内を物色して必要物を全て運び出した。俺達が海底ケーブル陸揚げ局の玄関を出た時、ユミが呆れたように言った。
「タケル! 回収で手間取ったって嘘でしょ!」
「は、な、なんだよ! 回収に時間がかかったんだって!」
「そこに停まっている二台は何?」
ユミが指さす先に、大型バイクが二台停まっていた。それを見た皆が笑って言った。
「いいじゃない由美ちゃん。ヒカルと武の青春がそこに詰まっているんだから」
「まあそうだけど。それを言っているんじゃなくて、バイクを取りに行くんなら行くって皆に言っておかないと心配するでしょ!」
「それもそうね」
俺とタケルに女達のジト目が集まる。するとタケルが体を九十度に折り曲げて謝った。
「すみませんでした! 皆が頑張ってるところ、わりいと思ったんです!」
俺もタケルを見習って九十度に頭を下げた。
「俺もすまん! どうしてもタケルとバイクに乗りたかった!」
するとミオが言う。
「今度からは言ってね。私達をずっと助けてくれたヒカルと武にダメなんて言わないから」
「「わかった」」
そして俺達二人はバイクにまたがった。俺達のバイクが進むと後ろの装甲バスが着いて来る。二台のバイクに先導されながら、俺達は再び内陸に向かって進み始めるのだった。




