第231話 花見で高級酒を
やはり俺達は、いわき市の人達からも引き留められた。パパはずっと一緒にいないかと言ってくれたが、俺達にはやるべき事があると言って出て来る。どうやら俺達の事を、戦力と言うより仲間として認識してくれたらしかった。
南方向に向かう車の中で、外を眺めながらユンが言う。
「すっごく楽しかったっ!」
「本当ね。こんな殺伐とした時代にあんなに楽しいことがあるなんて」
ヤマザキが言う。
「彼らはただ生きるだけじゃなく、楽しみを見出そうとしていた。それは人間として凄く大切な事だと、改めて気づかされたよ」
そしてタケルが言った。
「やっぱよ! いつか必ず遊園地を動かそうぜ! な! 葵ちゃん!」
「うん!」
いわき市を出て海沿いを走り、一時間半で水戸市に到着した。ここまでも少しの都市があったが、いわき市の人達が解放に向けて動く事で合意する。彼らにこの地を任せた俺達は、真っすぐに水戸市まで来たのだ。ここにもゾンビはいるが、じきにオオモリのシステムがコイツらの動きを止める。
俺は皆と一緒に戦い、旅をする事だけでも楽しいと思っていた。だが昨日のような踊りは心が弾み、とても良い時間をすごせたと思った。もちろん前世でも、町の踊り子が踊っているのは見たことがある。しかし自分達が踊る事は無く、踊ってみればあれほど心が踊る事だと知った。
「さーて、今日もやりますかあ!」
オオモリが言うと、皆がオーっと声を上げる。
その時、バスが走る街道沿いにサーっと風が吹いた。するとバスの周りにピンク色の花びらが舞い落ちて来る。花びらが降る道をバスはゆっくりと走った。
「桜が散ってる」
「そろそろ春も終わるわね」
それを見たユンが大きな声で言った。
「ねえねえ! あーし! お花見したい!」
「花見! いいねえ」
するとヤマザキが言う。
「ヒカルは、昨日踊ってどう思った?」
「とても楽しかった。何故楽しいのか分からないが、あれは凄く良かったな」
「なら日本には、花見っていう文化があるんだよ。今日の夜までにゾンビを止めて花見しないか」
「ハナミ?」
するとミオが説明してくれた。
「花の下で美味しいもの食べてお酒飲んで騒ぐの」
「家の中でも出来るぞ?」
「ぜーんぜん違うのよ」
「わかったやろう」
俺は昨日の踊りが心に焼き付いていた。毎日ゾンビとにらめっこして来た彼女らも、もっと楽しみたいに違いない。
一日かけて太陽光発電所を発動させ局舎を動かした俺達は、都市内で食料と酒を集めた。それを持って小高い丘の上に登っていく。皆がその辺りに食料を置いて、タケルが発電機を動かした。ホームセンターで回収したランプでサクラの木を照らすと、はらはらと花びらが光の中を落ちて来る。
するとユンが言った。
「さ! 皆コップをもって!」
酒を注いだコップを皆が持ち、ユンが言う。
「まずはビールっしょ!」
「いいねー!」
「カンパーイ!」
皆がコップを持ち上げて一気に飲んだ。
なんだ? なぜこんなに楽しい?
ただ花が咲く木の下で酒を飲んでいるだけだ。それなのにこんなに心が躍るなんて、建物の中で酒を飲むのとはわけが違う。するとタケルが言う。
「ゾンビを止められるようになったから出来る芸当だよな。外で飲んでたらゾンビが集まってきて食われるのがオチだった。だけどオオモリのシステムのおかげでゾンビが止められるようになったから、昔の世界のように花見ができるようになった。これって凄い事だぜ」
「本当ね。ゾンビの世界の前に当たり前だった事を一つするだけで、こんなに充実感が得られるなんてびっくりだわ」
「何でもない事でこんなに幸せを感じられるなんてね…」
皆が言う事が良く分かる。ただ外に集まって酒を飲んでいるだけなのに、これほど楽しい気持ちになるとは思わなかった。
そして俺が言う。
「じゃあ。これ開けていいか?」
それは高そうな酒の瓶だった。今日の回収で俺が見つけてリュックに大量に詰め込んだ。それを見てヤマザキが言う。
「お、おいおい! ヒカル! それどこにあった?」
「昼間に行った酒屋だ」
「それはレミーマルタンのルイ十三世っていう高級酒だぞ! 花見で飲む酒じゃない」
「なら、コイツはどうなんだ?」
俺が他の酒をとりだす。
「それはワインだが…どれどれ。これはペトリュスだ。これも良い酒だぞ」
それを聞きながらミオが言った。
「なんかヒカルってさ、高級酒を探すのうまいよね」
「うまいもなにも、ガラス張りの所に隠すように展示してあるのを取って来てるだけだ」
そう言うと何故が皆が笑った。
この世界の酒は前世の物より、物凄く品質が良かった。皆はあまり酒に興味がなさそうだが、ゾンビが停まって人々が動くようになれば酒は無くなってしまうだろう。そう思った俺は、率先して高そうな酒を集めた。いわき市の人達が酒を飲んで楽しんでいるのを見て、いつか手に入らなくなるだろうと思ったのだ。俺は世界が正常化する前に出来るだけ高級酒を楽しんでおこうと思うのだった。
「さ、どうぞ」
ミオが俺にレミーマルタンのルイ十三世をついでくれる。それを一気に飲み干した。
「ぷはっ! うまい!」
「まるでチューハイみたいに飲むのね」
「そういうものだろ?」
するとヤマザキが言った。
「高級酒なんて普通ちびりちびりやるものだ」
「ん? そうか? まだまだあるぞ」
そう言って俺はリュックから何本も酒を取り出す。
「そんなに!」
「ああ。飲めるうちに飲んでおかないとな」
「呆れた」
ミオが言うと皆が笑う。思わず俺も笑ってしまった。こんな充実した日々が送れるようになるとは夢にも思わなかった。そして俺達の花見は深夜まで続くのだった。




