第230話 終末のフラダンス
いわき市の生存者はとても精力的で、率先して協力してくれた。太陽光発電所の運営やガソリンスタンドの燃料調達、電話局の維持に関しても何度も聞き返して覚えてくれる。またファーマー社に対して並々ならぬ憎しみを抱いており、俺達が見せたデータを何度も見返しては、どうしたら邪魔が出来るかなどを話し合っていた。
だが俺は念のため釘をさしておく。
「くれぐれも言っておくが、奴らを見つけたら近寄らない事が大事だ」
「確かに奴らは武器を持っているがね、自分らは家族達の恨みがある。一矢報いる事が出来るなら何でもするよ」
パパが言う。それに皆も同調していた。親兄弟や子供、知人をさらわれた後であのような人体実験をされていたと知り、その憎悪が更に燃え上がってしまったのだ。
「しかし彼らは最悪、核弾頭を使う。それにもまして、データで見せた試験体が出てきたら人間では太刀打ちが出来ない」
「でも、あんた達はやったんだろ?」
「それは、俺が特殊だからだ」
「軍人だからか?」
「そんな事ではない」
だがここで俺が力を示すべきではない。彼らだけでやっていくという意識が高まっているところに俺の力を見せてしまえば、どうしても頼ってしまうからだ。
だが彼らの目の奥の光が消えなかったので、俺は一つだけ助言をする。
「止まっているゾンビをとにかく倒せ。そしてそれは、男女に関わらず皆でやったほうがいい」
それを聞いて生存者達は目を見合わせる。
「そうすれば…どうなるんだい?」
「仙台で作られたデータを見てもらった通りだ。これからかなり身体能力が上がって来るだろう。それが戦闘や得意分野を突き詰めていく事で、君らの常識とはかけ離れたような力に変化する」
「例えば?」
「そうだな…」
俺が考えていると、タケルがパパに言う。
「百円玉あるかい?」
「ん? それならレジにあるんじゃないか? こんな世界じゃカネは意味もないしな」
「わかった」
タケルはカウンターに行き、そこに置いてあったレジを引き抜いた。そしてガバッと引っ張って開け、中からジャラジャラとカネを取り出して戻って来る。
「ま、ベタだけどよ」
そう言ったタケルは、完全に復活した左手で右の手のひらから三枚の百円玉を取った。それを親指と人差し指の間に立てて皆に見せる。
「ふん!」
三枚の百円がぐにゃりと曲がる。
「うお! 凄いな!」
「まあ元々、力には自信があったけどよ、こんな事が出来るようになっちまった」
だが生存者の一人が言う。
「でもそのくらいの力持ちだったら、世界にはいるんじゃないか?」
「うーん。そうかも」
タケルがミナミをチラリと見る。ミナミが立ち上がって自己紹介をした。
「私は、歴史を学ぶ女子大生でした。剣道の経験はゼロです」
「なら、なんで日本刀なんか持ってるんだ?」
「お見せします」
ミナミの日本刀は鞘に刺さって腰にぶら下がっている。両手をだらりとさせて、首を左右にコキコキと振った。スゥっと息を吐いてタケルに言った。
「本当はお金を壊しちゃいけないけどね。武、適当に投げて」
「あいよ」
タケルが百円を握りしめて、ミナミに向かって放り投げた。
キン! キン! キン! キン! キン!
次の瞬間、床の絨毯の上に切断された百円玉が落ちた。流石にそれを見たパパが目を見開く。
「凄すぎる! マジックじゃないよね?」
「違うわ」
「子供の頃からやって来たのか?」
「いえ。日本刀を振ってから半年くらいかしら」
一同がシンとする。皆が唖然としてミナミを見ていた。いまいち信じられないような顔をしているので、今度はツバサが立ち上がって言った。
「だれか、私に目隠しをしてもらえます?」
生存者の一人がタオルでツバサの目を塞いだ。今度はそのあたりにいる人、全員に言う。
「私は音響会社に勤めるОLでした。皆さんで適当に手に持った硬貨を私に投げてください。合図は無しでいいです」
タケルが渡し始めると、次々にツバサに向かって硬貨を投げつける。だがツバサはそのことごとくを避け、時には手に取ってしまった。一つも体にぶつかる事は無い。
「マジか!」
「見えてないよね?」
「見えてても四方から投げてるんだ。全てを避けきるだけでも凄いのに」
ツバサがするりと目隠しを取ってニッコリ笑い、皆に向かって言う。
「たぶん、皆さんはこれからこういった力に目覚める事になります。それぞれの得意分野が何か分かりませんが、経験していくとレベルアップしていくんです。特にゾンビを倒した数が多ければ多いほど、その能力が伸びる傾向にあるようです」
するとパパが聞いてくる。
「他の皆さんにも変わった力がある?」
それにマナが苦笑いして答えた。
「私は…ゾンビを引き寄せる力があります」
ミオが言う。
「私はゾンビや人間の気配を感じ取る事が出来ます」
皆がそれぞれの力を言って、これから皆にも起きる事を伝えた。それを見た生存者達は、少し沈黙したものの立ち上がり始める。
「なら力を磨いて、いつかファーマー社のやつらにぎゃふんと言わせてやりたい!」
「俺もだ。子供をさらわれたんだ! 絶対に許さない」
「私は夫を殺されたわ。諦めきれないの!」
「僕はママを殺された! 必ず復讐してやる」
皆が目に光を灯し、握りこぶしを握った。それが生きる目標になるのであれば、これからの世界でとても役に立つだろう。やはり実際に身近にファーマー社の犠牲になった人がいると、その思いは強くなる。その思いを受けて、俺はミナミに行った。
「予備の日本刀を贈呈しよう」
「わかったわ」
俺達が装甲バスに行って、十本ほどの刀剣を持ってエントランスに戻った。それを生存者の前に並べて言う。
「銃も良いが。いざという時はこれの方が役立つ」
パパが答えた。
「刀か…わかった。腕っぷしのある奴らに渡そう」
「ああ」
それを見ていた生存者の女の一人が言った。
「なんか。やってもらってばっかりだわ」
しかしパパが首を振る。
「だが、俺達に返せるものなど…」
だがその女はニッコリ笑って言う。
「そんなことはないわ。戦うばかりじゃ人生辛いでしょ?」
それを聞いて、その隣に座っていた女が立ち上がって言う。
「そうね! いい考えがあるわ!」
「なんだ?」
その女は俺達に向かって言った。
「私ね! ここの従業員だったのよ! あなた達! フラやってみない?」
それを聞いたユンがぴょこんと立ち上がって手を上げる。
「やる! フラダンスっしょ? 有名だよね!」
「じゃあ皆でやってみましょう! 教えられるものはこれくらいしかないけど」
「それいーっしょ! ね! 皆でやろうよ!」
そう言ってユンはミオの手を取る。するとミオが苦笑いしながら頷いた。
「やって…みよっかな」
「ね! 愛菜も!」
「あ、わかった。やってみる」
「ほら! 南も翼も! 友理奈も由美も! 凛子さんも! 葵ちゃんも! やるっしょ!」
皆がユンの勢いに押されてやるようになった。すると生存者の女が言った。
「せっかくだし、男連中はファイヤーナイフダンスをやってみるといいよー」
そう言われヤマザキが後ずさる。
「い、いや…俺は!」
「俺も…」
「僕もちょっと」
だがユンが三人の手を取って言った。
「だーめ。決まったっしょ! もちろんヒカルもやるよね?」
何をやるか分からんがとりあえず俺は頷いた。何が起こるのかよくわからないものの、女達が楽しそうなので俺はヤマザキ達に言う。
「やってみよう」
「まあ、ヒカルが言うなら」
「しょうがない」
「じゃあ僕も」
そうして俺達は、生存者達から踊りを教わる事になるのだった。
みっちり三時間ほど、俺達はそこで踊りを教わった。皆が程よく汗をかいて気持ちよさそうに笑っている。それだけでも俺は幸せだった。
ユンが元気よく言う。
「いいよねえー! 青春だねぇ!」
生存者の女が答えた。
「やっぱり、さっきみたいな超人的な芸当が出来る子らは違うねぇ! 覚えが早いし、体のキレが物凄くいい。男連中もよくそんなに体が動くもんだよ」
そこでユリナが礼を言う。
「ありがとう。とても楽しかったわ」
ヤマザキも頭を下げた。
「戦いばかりで殺伐としていたからね。本当にいい思い出になったよ」
すると教えてくれていた女達が顔を見合わせて言う。
「は? なーに言ってんだい? これから本番だよ」
「へっ? 本番?」
それから俺達はステージの裏手に連れていかれる。男達が先に呼ばれて、服を脱ぐように言われた。俺達が服を脱ぐと、女達が声を上げる。
「スッゴイ! なにこの体!」
「すっご! 筋肉が」
俺とタケルの体をジロジロ見て言う。だがオオモリの体を見て一人の女が言った。
「あなた、安心するわあ。ふっくらしてていいわね」
ポンッ! と腹を叩かれている。そしてヤマザキを見て言った。
「年の割に引き締まってるねえ」
「はは。そうかな…」
「いい男だよ」
俺達は裸に衣装を着せられた。今度はミオ達が中に入ってきて俺達を見る。
「あら! 似合ってるじゃない!」
「ホントホント!」
「おもしろ!」
俺達が顔を見合わせていると生存者の女が言った。
「さあ、男は出て行って!」
俺達が追い出され、次はミオ達が着替えるようだ。しばらく待っていると、皆が赤と白のふさふさのスカートに、木の実をくりぬいたような胸当てをつけて出て来た。
「どう?」
ユミがタケルに言った。
「惚れ直した」
するとミオとツバサとミナミが俺の所に来て言う。
「どうかな?」
「どう?」
「変じゃない?」
「とても似合っている」
すると三人ともはしゃぐように喜ぶ。
それから俺達が先ほどのステージに上げられると、なんと客席には生存者の人達が座っていた。
「おお! 良いぞ!」
「似合ってる!」
「キレてるねえ!」
俺達が持つ棒の先に火がつけられ、男が太鼓をたたきだした。どうやらそれに合わせて踊るらしい。
火のついた棒をくるくる回し教えられたとおりに動くと、観客席から歓声が上がる。口笛が鳴らされて、なかなかに気分が良かった。全て終わった時、踊りを教えてくれた女が来て言った。
「上出来だわ! 就職する?」
すると上手くできたオオモリが答える。
「いいっすね! プログラマーよりこっちの方が向いてたかも!」
場内に笑いが起きた。そしてパパが俺達も観客席に座るように言う。また太鼓の音が鳴り響き、ステージの端からユンを先頭にしてミオ達が出て来た。小刻みに腰が揺れ赤い腰蓑が揺れる。踊りのキレが良く、俺達も男達と共に歓声を送った。
ユン達は全てを踊り終えて最後のポーズを決める。
「いいぞ!」
「アンコール!」
「もういっちょ!」
するとまた太鼓の音が鳴り響く。再び始まった踊りに、俺の頬はほころび束の間の幸せを感じた。楽しそうな仲間の女達の姿に、俺は手拍子で答えるのだった。




