第224話 港の月と夜光虫
ユミが動かせる大きさの小型船を見つけ、海と陸の二手に分かれタンカーがあった砂浜に向かう。俺とユミとタケルが船に乗り込み、他のメンバーが装甲バスに乗り込んでいった。海に出た船を動かしながらユミが言う。
「でもさヒカル」
「ああ」
「タンカーを沖まで出さなきゃ船では引けないわよ?」
「問題ない、もちろんそのつもりで動いている」
俺達が港を出てぐるりと回っていくとタンカーが見えて来る。砂浜には既に仲間達が待っていた。
「よっしゃ。ヒカル! どうする?」
「まずは俺が海に入る」
そう言って俺は、甲板に出てスーツを脱ぎ捨てパンツ一丁になった。そこにタケルが来て言う。
「まだ水は冷たいぞ。気をつけてな」
「ああ」
かまわず海に飛び込み、タンカーに向かって泳いでいく。水中からタンカーの後部を見ると、胴体のかなりの部分が砂に突っこんでいた。プロペラの部分が水中に浮いていて、破損していないのが救いかもしれない。
そのまま砂浜まで泳ぎ切り、皆が待っている場所へ行く。すると女達がサッと俺から目を背けた。俺が下を向くと高速で泳いできたために、パンツが流されてしまったようだ。いつの間にか素っ裸になっていた。
「みんな、すまん。確か装甲バスの中にスイムウエアがあったな」
「う、うん。あるはず」
ミオが言うので、俺はそのまま皆の元を素通りし装甲バスでスイムウエアを着こんだ。元の場所に戻ると、ヤマザキが俺に聞いて来る。
「俺達は何をすればいい?」
「誰かが船の先にいて欲しいな」
するとリコが言う。
「私が乗るわ」
それを聞いたヤマザキも名乗り出る。
「俺も乗る」
「よし。他の皆は装甲バスで仙台火力発電所に向かってくれ。ミナミとミオとツバサで万が一のゾンビの処理を頼むぞ」
「まかせて」
「皆を無事に届けるわ」
「安全な場所を通るように耳をすませながらね」
「頼む」
そうして俺はリコとヤマザキをタンカーの上に上げ、そのままタンカーを降りて船首に向かい、船体に両手をつけて軽く息を吐いた。俺の後ろに居る女達が心配そうな表情をしている。
「これ本当に動く? 私達も手伝う? まあ意味は無いかもしれないけど」
ミオが言ってくれるが、俺は首を振って言う。
「皆は先に発電所に。必ず船を引っ張っていく」
「わかったわ」
俺は筋力強化と脚力強化を重ね掛けした。足元が砂なので少し踏ん張りづらいが、船体を壊さぬようにじっくりと力を込める。
ズッ ズズズ ズズズズズ
とタンカーが砂地を滑り出した。それを見たミオ達が言う。
「動いた…」
「信じられない」
「人の力で…タンカーが…」
既に俺の足は水に浸かっているが、まだタンカーは砂地を出ていなかった。更に押すと頭まで水面に没した。それでも、じわりじわりとタンカーを押し続ける。
抵抗もないし、魔王ダンジョンの五十七階で出会った金剛龍よりも遥かに容易かった。奴は重力を操ってやけに重かったからな。タンカーが水に浮かび始めたので、俺はそのまま泳ぎに変えて押していく。しばらく泳ぎ続け、ユミ達が居る船の場所までタンカーを押していった。
水面から飛び出し、ユミが操る小さな船の甲板に飛び乗った。すると突然現れた俺にタケルが飛びのく。
「おわ! びっくりした!」
「少し時間がかかった。壊さないように慎重にやったからな」
「ははは…タグボートが無くても、ヒカルが引っ張っていけるんじゃないのか?」
「水中では向かう方向が分からんだろ?」
「そういうもんかね?」
俺はすぐにそこからタンカーに向かって叫んだ。
「リコ! 上からロープを投げてくれ!」
「はい!」
俺達が待っていると、リコとヤマザキが太いロープを持って下に降ろしてくる。船から出て来たユミの指示で、そのロープを船の後ろに括り付けた。ユミがタンカーの上のリコに手を振ると、リコが手を振り返して来た。
「じゃあ! 行くわ!」
「わかった」
ユミが操舵室に戻り、ゆっくりと船を南に向けて動かした。次第にロープが伸びてピンと真っすぐになる。すると引っ張られたタンカーがゆっくりと動き出した。
「さすがに重いわね、エンジンもつかしら?」
それを聞いた俺がユミに言う。
「方向を示してくれ。俺が水中からタンカーを押す」
「わかったわ」
再び海に飛び込んで、俺はタンカーのプロペラに移動して押し始める。タンカーは少しずつ速度を増し、ユミが引っ張る船について進んでいくのだった。あまり急激に押しすぎると、ユミの小舟に激突してしまうため加減をしながら泳いでいく。
それから一時間ほど潜水して泳いでいると、ユミの船のエンジン音が大人しくなった。俺は押すのを止めてユミの船に飛び乗った。するとユミが指さして俺に言う。
「ヒカル。発電所が見えて来たわ」
「あそこにこれを引き入れればいいのか」
「ここからは慎重に行かないとだし、そのまま引っ張ったら陸に激突しちゃう」
「任せろ。ギリギリで止めてやる」
「わかった」
ユミが船を出発させて港に入って行く。少しずつタンカーに加速がついて岸壁がせまって来た。そしてユミが俺に言った。
「そろそろ止めて欲しい!」
「わかった」
俺は再び海に飛び込んで、タンカーを岸壁ギリギリに止めた。そしてそのまま水面を飛び出て、岸壁に降り立つ。するとヤマザキが俺に言った。
「ヒカル! 綱を降ろすぞ!」
「ああ」
綱が降りて来たのを見てユミが言う。
「そこのボラードに繋いで!」
地面から出た鉄の出っ張りにその綱を括り付ける。ユミとタケルが船を降りて来た。
「ふうー! 緊張したあ」
「よくやったユミ!」
「ヒカルが居たからよ!」
「な、すげえだろヒカル! ユミは船の免許持ってんだ!」
嬉しそうなタケルに俺の心は思わず綻んでしまう。
「ああ」
すると陸地の方から装甲バスが走って来た。タンカーの上からも縄梯子が降りて来て、ヤマザキとリコも降りて来る。俺達は無事にタンカーを火力発電所に持ってくる事に成功した。
「後は燃料をどうするかだな。もちろん火力発電所の動かし方も誰も分からんし」
俺とヤマザキがタンカーを見ていると、バスを降りて来たミオが言った。
「じゃ、ひとまず仙台に行かないとね。人手も居るし、専門家が生き残ってるかもしれないわ」
「だな」
既に周辺は暗くなっていた。そこで俺は皆に言う。
「だが明日で良いだろう。今日は海の上で夜をすごそう、いい気分だぞ」
「「「「「賛成!」」」」」
星空が煌めいて丸い月が浮かんでいる。それが海に反射してキラキラと輝いていた。すると海を見ていたユミが言った。
「夜光虫だわ」
よく見ると海が青く輝いている。
「綺麗…」
「幻想的」
「きっとタンカーが来て海が動いたからかもね」
するとヤマザキが言った。
「ヒカル! 今日は酒を解禁してもいいんじゃないか?」
「だな。皆で一杯やろう」
「いいですねー!」
「素敵じゃない!」
「さっきは砂浜で遊ぶのがお預けだったしね?」
俺達は美しい夜の海に浮かぶタンカーの上に料理を持ち寄り、甲板の上で酒盛りを始めるのだった。




