第213話 届かない言葉
日が昇り始める前、俺達はショッピングセンターから少し離れた場所に装甲バスを停めた。昨日俺達が駐車場に記した内容を見て、人が集まっている事を期待している。
その反面、銃を携帯していた事も懸念していた。もちろん人と戦う事を前提にしてはいないかもしれないが、物資の奪い合いの為に持っている事も考えられる。危険だと判断した俺は皆にバスで待機するように伝えた。
「ミナミ、日本刀を預ってくれ」
俺がミナミに日本刀を渡すと、タケルが俺に言った。
「丸腰で行くのか?」
「問題ない。敵は軍人でも試験体でもないんだ」
「まあ、そうだが気を付けてくれよ」
「分かっている。十時半に合流しよう」
「まだ六時間くらいあるぜ」
「いつ来るか分からんからな、ゾンビは居ないだろうが一応警戒していてくれ」
「了解だ」
そして俺はバスを降り、昨日のショッピングセンターへと走る。朝の気温は低く息が白い、だがこのくらいでは寒さを感じる事は無かった。そして俺はショッピングセンターの焚火をしていた場所に到着した。まだ薄暗く、普通の人間には遠くまで見渡すのは困難かもしれない。
見れば焚火の跡が荒らされており、俺は更にショッピングセンター内にも人の気配を感じ取っていた。どうやら待ち伏せをしているらしく、俺の到着を確認して道向こうからライトをつけた車が数台やって来た。
念のため両手を上げ、敵対する意思のない事を示す。
ライトに照らされたまま、数人が車を降りる気配がした。もちろんライトを背にしようが何をしようが、俺の目にははっきりと人の顔が見えている。そして光の中から男の声が聞こえた。
「一人か!」
「そうだ」
「なぜこんなことをしている?」
「人類を解放するつもりだ」
するとライトの向こうで数人がざわつき始める。しばらく話し合ってから、男がまた俺に声をかけて来た。
「何を言ってるんだ? 人類を解放? どう言う事だ?」
「そのままだ。ゾンビの世界から人類を解放しに来た」
「何だと…」
「こちらは丸腰だ。話がしたい!」
するとショッピングセンター内からもぞろぞろと人が出て来た。どうやら全員が銃を構えているようだ。
「わかった。変な真似はするなよ! こちらには猟銃があるんだ」
「見えているさ」
「な…とにかくじっとしていろ」
俺はあっという間に十三人に囲まれた。全員が銃を持っており、その銃の先が全て俺を向いている。だが、それを見た俺が言う。
「銃を持って囲まない方が良いぞ。万が一、銃が暴発したら味方にあたってしまう。こういう時は一方に並んだ方が良い」
俺が言うと、男が慌てて言う。
「な、だ、黙れ!」
俺が黙っていると、囲んだ奴らが戸惑うようにしていた。少し考え俺が言った言葉に納得したのか、ぞろぞろと車の方に移動していく。
「そうだ。もし敵と戦うなら、銃の扱いには気を付けた方が良い」
俺が言うと、男が笑う。
「随分と余裕だな。一人でこの人数を相手にどうするつもりだ?」
どうやら、かなり警戒しているようだった。今までこの人数で生き延びるためには、相当の修羅場をくぐって来たのだろう。逆に近寄っても来ないし、こちらを挑発してくる様子もない。下手に争いになるのを避けているようにも感じる。
そして俺が、皆に聞こえるように言う。
「都市にゾンビは見なかっただろう?」
「それは…そうだな。いったいどこに行ったんだ?」
「全て集めて燃やした」
すると皆が笑いながら言う。
「燃やした? ゾンビをか?」
「ああ、だから花火で生存者を呼び込んだ。この都市を生き返らせるためにな」
「どう言う事だ?」
「ゾンビは見えないが、まだ建物の中には多数のゾンビがいる」
すると生存者達がざわついた。
「それなら外に出てくるはずだ」
「いや。ゾンビが身動きしないように足を止めた。地道に処理して行けば、建物内のゾンビも全て綺麗に出来るはずだ。だがそれには人手が足りないんだ」
「にわかに信じられんな。なぜゾンビが止まる?」
「そう言う技術を開発したんだ。俺達はその研究をして、日本中に広めようと思っている」
すると男が食いついて来た。
「俺達? ほかにもいるのか?」
まあ、いずれは分かる事なので認める。
「そうだ。仲間と共に、この都市のゾンビを止めて集めて燃やした。全てのゾンビを処理すれば、この都市は安全地帯となる。その為の協力者を探しているんだ」
するとまた生存者達がざわざわと騒ぎだした。俺は黙って答えが出るのを待つ。
男が言う。
「確かにこの町の状況を見れば、全くの嘘ではないと思える。だがまず我々は、このショッピングセンターにある物資をいただく。全て我々が貰ってもかまわないか?」
そんな事か…。
「問題ない。必要なだけ持って行くがいい、それよりも協力はしてもらえるのか?」
「いつゾンビが現れるかもわからないのにか?」
「問題ない。電波が届く範囲にいるゾンビは動かないんだ」
「やはり信じられんな」
生きる為にはこれだけ警戒するのは間違っていない。だがどれだけ本当の事を言っても、信じてもらえないことに歯がゆさを覚える。とにかく相手に好き勝手させてから、信じてもらうしかないだろう。
「まずは必要なだけ物資を取るがいい。だが数日はこの都市を観察してみてくれないか? ゾンビの危険が無いと分かれば考えも変わるはずだ」
「……すまんが、我々には飢餓状態にある者が多く、体調不良を訴える者が多いんだ。死ぬとゾンビに変わってしまい、すぐに処理をしなければまた被害者が出る。悪いがあんたの作業の協力なんてしている余裕はないんだ。まずは食べさせなければ」
想像した通りだった。ギリギリで生き延びてきており、病気になったりゾンビ因子にやられて体を壊す者がいるようだ。だが何故ゾンビになるかの理由が分からないでいる。
「体は俺が治せる」
「なんだと? 我々の仲間には医者もいるんだぞ? 彼が治せないと言っているのにか?」
「ああ」
「どうやって治すんだ?」
「手を当てて、ゾンビ因子を取り除く。俺には治癒をする力がある」
「…何言ってんだ?」
「とにかく出来るとしか言いようがない」
ざわざわと騒ぎ出して、奥の女が言った。
「そんなスピリチュアルな話を信じられるわけ無いじゃない!」
それを皮切りに他の奴らも騒ぎ始めた。
「そうだ。宗教なんかやりおって」
「そんな事を言って、私達をたぶらかそうって言うんじゃないの?」
「違う。まあ、信じてもらわなくてもいいが、ゾンビを止めているのは事実だと分かるはずだ。そうしたら俺の話を聞いて欲しい」
皆は完全に拒絶反応を示してしまったようで、後のやつらが男に言う。
「そんな奴信じるのはやめた方が良いよ。胡散臭い」
「そうそう。ゾンビ因子とかわけわからない事言ってるし」
「とにかく物資は貰おう」
「そうね。このショッピングセンターは私達の物だわ」
そう言うが先頭の男だけは、迷いが出ているようだった。彼がこの集団のまとめ役のようだが、俺の話に矛盾点を感じなかったのかもしれない。だが男は首を振って言った。
「悪いが。皆の意見が優先だ。立ち去ってくれるか? 危害を加えるつもりはないんだ」
恐らくこれ以上は逆効果になるだろう。俺は頷いて言う。
「わかった。とにかく考えてみてくれ! 君らはしばらくここに居るのか?」
「恐らくそのつもりだ。かなりの物資が残っていたからな」
「なら、また来る」
どうやら相手は攻撃してくる様子は無かった。俺は黙ってその場を立ち去る事にする。だが、俺が施術をしなければ間違いなく人は死ぬ。死んだ人がゾンビに変わっても、この都市にいる限りは動き出さないだろうが、ゾンビ因子は待つことなく日ごとに体を蝕んでいくだろう。
自分の説得が届かなかった虚しさを抱き、俺は縮地でその場から消え失せたのだった。




