第187話 キマイラゾンビ
俺が急いで階段を駆け上がり扉を開くと、研究員達が通路に立ち尽くして話をしていた。どうやらまだ下の階で起きている事に気が付いておらず、どうすべきかを話しているようだ。
すると俺がいま上がって来た階段の扉から、次々に人が飛び出して来る。俺が隠れる事無く、そこに立っていても誰も気にする人はいない。皆が逃げるのに必死で、恐らく俺も避難してきた一人だとでも思っているのだろう。
そして階段から駆け上がってきた奴が研究員に言う。
「逃げろ! 試験体Aが放出されている! 下は地獄だ!」
「うそ、試験体だと?」
「早く!」
それを聞いた周辺の研究員達が慌てて入り口の方に向かって走り出した。するとそれにつられた研究員達も慌ててそれについて行く。入り口のガラス扉にたどり着くと、前のやつが扉を開こうと壁の認識する機械に顔を近づけた。
「動かないぞ?」
「どいて、私がやってみる!」
女が機械に顔をかざすが何も起こらなかった。
「顔認証されない! なんで? 電源が通ってないのかしら?」
「いや。通路の明かりがついているんだからそれは無いだろう」
「まさか外に出さないつもりじゃ?」
「と、とにかく何とかしないと!」
そして数人の男達が、ガラスドアに手をかけて左右にひいてみる。だがドアはびくともしなかった。
「だめだ! 開かない!」
「嘘だろ…」
どうやら皆は、ここに閉じ込められてしまったらしい。
「おい! ここに穴が開いてるぞ!」
「本当だ!」
「なんたってこんなところに穴が?」
「とにかく今はそんなことを考えている場合じゃない」
その穴は俺が侵入してきた時に開けた穴だった。一メートル程度の大きさで、人を一人通すのでいっぱいだ。一人がそこに頭を入れて通り抜けると、研究員は次々に続いて出て行った。
「よし、慌てるな。次は君の番だ」
「ええ」
外に出た男が女の手を取り、ガラスの外に女を引っ張り出す。そうして次々に穴を通り二十人ほどが外に出た時だった。
ガシャン!
唐突にガラスの向こうのエレベーター通路から音が聞こえた。すると何も無かった通路の壁に線が入り、スッとその部分が引っ込んでいく。壁に空洞ができたので前の男が叫んだ。
「開いた! 非常扉か?」
誰もがそれを見たことはないらしかった。先頭の奴が急いでその壁の空洞に近づいた時だった。
グシャ! 鈍い音と共に、その男は何かに捕まれて壁に叩きつけられてしまう。頭が潰れて壁に血の染みを飛び散らせて死んだ。
「きゃああああああ」
「試験体Aだ!」
「壁から出て来たぞ!」
壁から蜘蛛ゾンビが二体出て来たが、すぐ通路の壁に開いた穴は閉じた。向こう側にいる奴らが慌てて、ガラスの穴からこちらに戻ろうとする。だが我先に穴に入ろうとするため、なかなかこちら側に来ることが出来ないでいた。こっち側にいるやつが言った。
「お、落ち着いて! 一人ずつ!」
だが向こう側ではパニックになっていて、それぞれを押しのけて我先に穴に飛び込もうとしていた。こちら側の誰かが試験体Aを見て叫ぶ。
「こっちに来る!」
「逃げろ!」
こちら側の研究員が一目散に、その扉から離れて研究所の奥へと戻っていった。相変わらず向こうでは我先に穴に入るために争っているが、なんと二人がそこに体を突っ込んでしまった。
「私が先よ!」
「詰まってる! 一旦出ろ!」
「嫌よ!」
ガラスの向こうでは次々に人が殺され、じわりじわりと蜘蛛ゾンビがこちら側に寄って来た。どうするのか見ていると、試験体Aは穴に群がる人間達を引きちぎり始める。
「うぎゃぁぁぁぁ!」
「ぐがあああああ!」
「うげえぇぇぇぇ!」
「やめろぉ! ぐあ!」
穴に詰まった二人は相変わらずこちらに来れないでいるが、とうとう向こう側の人間が全員死んでしまった。穴に入っている二人だけがじたばたと藻掻いている。
「早く! 譲りなさいよ!」
「お前が戻れ!」
二人は叫んでいるために、試験体Aが後ろにいる事に気が付いていない。その二人が俺に気が付いて声をかけて来た。
「あなた! 引っ張ってよ!」
「たすけてくれ! とにかく早く!」
次の瞬間試験体Aは二人の足を掴んで引っ張った。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
向こう側で引き裂かれていく研究員を尻目に、俺はじっと蜘蛛ゾンビを見つめていた。全員を殺してガラスの向こう側でウロウロとしながらこちらを睨んでいる。どうやらこのガラスの扉は破れないようだ。
だがどういう訳か突然入り口のガラス扉が開いた。ゆっくりと蜘蛛ゾンビがこちらに入って来たので俺が剣を構えると、次の瞬間一気に突進して来た。
「風裂斬!二連!」
一体の蜘蛛ゾンビの体が真っ二つになり、更に首も飛んで動かなくなる。一度戦っているのでどうやれば止まるのかは分かっていた。同じようにもう一体を倒して刀を鞘にしまう。そして蜘蛛ゾンビが入って来たドアは再び閉じていた。
今度は後ろから、一度逃げた研究員達がこちらに走って戻って来る。
「奥にも出た!」
「逃げろ!」
どうやら全員を抹殺するつもりでいるらしい。研究員は目の前に転がる二体の蜘蛛ゾンビを見て、首をかしげる。
「試験体Aが死んでいる」
「本当だ」
そこに次々に研究員がやってきて、人だかりができたので俺は認識阻害の魔法をかけてスッとその場から離れた。俺は最初に侵入して人間を殺した部屋に向かう。
ここのパソコンを持って行けば情報が取れると思った俺は、テーブルの上にあった薄いパソコンをそこらへんにあった透明な袋に詰めた。
「よし」
俺が部屋から出ると、入り口付近から悲鳴が聞こえて来る。構わずに入り口に行くと、研究員達が蜘蛛ゾンビに始末されているところだった。
邪魔なので、俺はパソコンを床に置いて剣を構え集中する。
「炎龍鬼斬」
二体の蜘蛛ゾンビもろとも入り口のガラスを根こそぎ吹き飛ばした。辺りに火が回り死体を焼くと、唐突に天井部分から水がまかれる。俺はそのまま入り口を出てエレベーターに向かい、エレベーターの入り口を切り裂いて天井から上に登る。
壁を左右に蹴りながら飛び、エレベーターの中を上に上にと登った。最上階に到達したのでドアを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたドアは、三十メートルほど向こうの壁にめり込んだ。
一階の広い部屋に出て俺は立ち止まる。目の前にバカでかい体から何本も腕を生やしたゾンビがいたのだ。見るからに自然ではなく体中に牙の着いた口がついていた。
「これが試験体Bってやつか。お粗末なものだ」
「グルルルルルルル!」
ビュッ! とバカでかい図体に似つかわしくない速度で俺に迫って来た。瞬時に思考加速を施していた俺には、やけにのろまに感じるが普通の人間ならば訳も分からずあの世行きだ。
手を伸ばして来たので軽くかわすと、手の先にも牙のある口がついておりそれが壁を抉った。
「なんでも食うのか?」
だがその手の先の口はペッ! とコンクリートを吐き出す。俺を捉える事が出来ないと判断したのか、そいつの体から尻尾みたいなものがにょろにょろと生えて来た。
「尻尾があるのか?」
ビュッ! ビュッ! ビュッ! とその尻尾が槍のように俺を突いて来るが、そのことごとくを避けて俺が距離をとった。
「キマイラか…」
前世の魔王ダンジョンの一階で遭遇したモンスターを思い出す。あの頃は多少手こずったが、魔王ダンジョンをクリアした今の俺の敵では無かった。
俺はパソコンを持ったまま、右腕一本で剣を抜いてそいつに向ける。
「乱波斬」
俺の日本刀から繰り出される、無数の剣撃の刃がキマイラゾンビに向かって飛んだ。
シュッと剣撃が通り過ぎると、キマイラゾンビはぴたりと動きを止める。俺はそのままそいつの脇を通り抜けて入り口に向かった。すると時間差でキマイラゾンビは細切れになり、バシャッと音をたててその場に崩れ落ちる。
入り口のガラスからこっそり外を見ると、いつの間にか駆けつけていた軍隊が入り口に銃を構えて立っていたのだった。




