第186話 悪魔の実験
研究所を歩き回ったが、研究は分担されているようで各所で違う物を調べているようだった。機械の手で何かの容器を操作しながら液体をまぜていたり、ゾンビを培養しているような水槽やゾンビの前にテレビの画面をつけて何かを表示しているような部屋もある。
俺は最初の部屋以降に時間をかける事を避け、人を殺さずに移動しながら確認していく。さらに下の階層もあるようで、扉の鍵を壊して下層に進んでいった。
ガタン、プシュー! と何かの音がしたので俺はそちらに足を向けてみる。外の小窓から中を見ると、白衣を着た人間達が更に向こうにあるガラスの奥の様子を見ていた。そこは普通の人間とゾンビが窓ガラスを境に入れられていて、こちら側の白衣の人間がそれを観察している。
中の人間が何かを白衣を着た人間に叫んでいるようだが、白衣の人間達はそれに耳を貸さないようだ。ゾンビはただ部屋の真ん中に立ち止まって動かないでいる。
「多少の知力はつけたはずだ。イチニーヨンロク試験を開始する」
イチ二ーヨンロク? 千二百四十六って事か? 何をするつもりだ?
白衣の研究員がボタンを押すと、ビーっと警報音のような音がして人間とゾンビを隔てるガラスが取り除かれた。
中の人間は慌てたように助けてくれと訴えかけているようだが、白衣の人間達は意に介していない。仕切りが無くなった事でゾンビが人間に襲いかかるかと思ったが、すぐには襲いかからなかった。ゾンビはただ部屋の真ん中に立ち尽くしている。
「話しかけろ!」
白衣の人間が中の人間に言った。中の人間は後退りしながらそれを拒んでいるようだ。
「話しかけなければ、十秒後に神経毒を注入する」
そう言われた中の人間はしぶしぶゾンビに話しかけた。するとゾンビがくるりと人間の方を向いて、ゆっくりと近づいて行った。ゾンビが近づいて来たので、その人間は後退りながらも何かを話しかけているようだ。
「そうだ! ゆっくり丁寧に話せ」
ゾンビは静かにそいつに歩み寄って、ジッと前に立っている。本来ならばすぐ襲うはずだが、何もせずにそこに立ち尽くしていた。
すると白衣の人間が別の白衣の人間に指示を出す。
「猫を入れろ」
ガシャン! と壁の穴から猫が飛び出て来た。それがゾンビを見るとフーッ! と威嚇するような行動をとる。だがゾンビはそちらを見る事無く、ジッと人間を見つめたままだった。
「よし! いいぞ!」
中の人間も襲われないことに少し安心したのか、軽く笑っている。
「傷をつけろ」
すると白衣を着ているもう一人の女が言った。
「この段階で止めるべきでは。すぐに襲わない事は分かった訳ですし」
「いや、続けろ」
すると壁から筒のような物が出て来て、プシュッと中の人間に対して何かが飛んだ。
「グッ」
それは小さなとげのような物で、男の肩のあたりに刺さった。男は肩を押さえて怯えるような目つきになる。するとゾンビがスッと男に手を伸ばした。それを見た白衣の男が指示を出す。
「ゾンビの手を取れ」
中の男は信じられないような顔をした。
「早く取れ!」
中の人がゾンビに手を出す。ゾンビが男の手に触れた瞬間だった。
「があ!」
ゾンビが男に飛びかかって、首元に噛みついてしまった。血が流れ男が逃れようと暴れる。
「やめろ! 助けてくれ! 頼む!」
すると白衣の男が言った。
「ガスを送れ」
「はい」
プシューっとガラスの向こうに、色のついた煙が注入されていく。すると噛まれていた男と猫が死に絶えてしまった。噛みついていたゾンビは男を食うのを止め、スッと立ち上がってウロウロし始める。しばらくすると倒れていた男がゾンビになって動き出した。
白衣の女が言う。
「完全に脳死の状態になると噛むのを止めるようです」
「やはりそうか。既に死んだ体には噛みつかないという事だ」
「さっき、一瞬襲わなかったですよね? ある程度成功では?」
「まあそうだが…」
するとまた他の白衣の人間が言う。
「それで知性を得たとするのは乱暴な話だ」
「だな」
なるほど、こいつらはゾンビに知性をつける実験や習性を掌握しようとしているらしい。だが上手くいっていないようで、ゾンビは言う事を聞いてくれないようだ。前世ならネクロマンサーがゾンビを操るが、この世界では作った者達ですらゾンビを操る事が出来ないらしい。
まあいずれにせよ、こんなひどいことは一日も早くやめさせねばならない。
ガキン! と扉の鍵を壊してそれを左右に広げる。その音に反応した白衣の連中がこちらを見た。さっきの部屋でもスーツの俺を会社の人間だと勘違いしたが、こいつらもすぐに慌てる事は無かった。
「誰です?」
俺は情報を聞くために話をしてみた。
「上手くいっているか?」
すると白衣の偉そうな奴が嬉々として話してくる。
「もう一歩と言ったところです。ゾンビはすぐに襲わなくなりましたが、人間に触れると襲ってしまうようでして。結局また一体実験体が増えてしまったところですよ」
すると傍らにいた白衣を着た女が言う。
「チーフ…その人バッジをつけていないようです」
「ん? どこの部署の方ですかな? バッジをつけずに歩くのは規約違反ですよ」
なるほど、どうやら皆がバッジとやらをつけているようだ。さっきの部屋でもそんな事を言っていたので、どうやらすぐにバレてしまうらしい。
「飛空円斬」
すぐ部屋の人間を全て斬り捨てた。こんな非人道的な研究をしている奴らは生きていても意味はない。そして俺は、一人の男の胸についているバッジをとって自分につけた。ガラスの向こうでは二体のゾンビがウロウロしており、こちらで起きた惨劇には気づいていないらしい。
向こうからは見えないのか。
俺はそのままその部屋を後にする。そしてさらに深部へと進むと、信じられない部屋を見つけてしまった。
俺が遭遇したような蜘蛛の形をしたゾンビ…いや、人間がばらされて作られたのがいくつもぶら下げられていたのだ。ガラスのこちら側から、白衣の人間が機械の腕を操作して動かしている。
バッジもつけているので、俺はそのままその部屋に入り込んだ。
すると小さな声で、小男が隣の男に言った。
「おい、スーツが来たぞ」
「えっ。あ、これはどうも!」
そう言って俺に挨拶をしてくる。俺は何事もないかのように話した。
「情況は?」
「はい。いろんな形を試しております」
「この状態で動くのか?」
俺はガラスの向こうのつぎはぎ人間を指さして言った。すると白衣の小男が答える。
「新鮮なうちにゾンビ因子をぶちこみます」
そういって手先のパソコンを操作し始める。するとガラスの向こうの頭が二つ付いた蜘蛛のような人間に、天井からスルスルと針の着いたパイプが降りて来た。
「あれでどうする?」
「全ての細胞が死んでしまう前に、因子を大量に入れるのです」
「やってみろ」
「はい」
つぎはぎ人間にゾンビ因子が投入されると、ぴくぴくと動き出した。しばらくするとどんどん動きが活発化して来て、そいつは吊るされたまま奥の壁の向こうへ消えて行った。
小男が説明してくる。
「向こうが倉庫でして、一体ずつ管理されてます」
「なるほど」
するともう一人の男が言って来た。
「本部の方が来るって聞いていたら、もっと凄いのをお見せしたんですけどね」
「他にもいるのか?」
「そうです。ただ今は検体が少ないので、試験体Bは一体だけにとどまります」
「検体が少ない?」
「最近は生きた人間があまり補充されないのですよ。だいぶいなくなってしまったようでして」
「生きた人間を狩っているのか?」
「ん? 本部がやってるんでしょ?」
すると小男がそいつの袖を引っ張って言う。
「おかしい。研究員のバッジをつけてる」
「へ?」
男がまじまじと俺のバッジを見るので、俺はそいつら二人の首を刎ねた。俺を襲った蜘蛛ゾンビの作り方は簡単、生きた人間を捉えてバラバラにして組み直しゾンビ因子を注入するのだ。原理的にはそれで作れるだろうが、そんな事を考え出す思考に吐き気をもよおす。
前世に狂った魔法使いがいたが、まるでこいつらはその集団だ。あんな狂った魔法使いは、一人二人いたら十分。ファーマー社とは狂った魔法使いが集まった狂気の集団のようだ。
そう思っている時だった。
ビービービービー! と警報音が鳴った。恐らく俺が最初に襲った部屋の死体でも見つかったのだろう。あちこちで赤いランプがクルクルと回り、研究員たちが慌ただしく走っていく。俺もそれに紛れて走っていくが、誰も俺に気が付く事は無かった。
次に館内通知が流れ出す。
「侵入者を排除します」
すると白衣の一人が言った。
「なんだよ侵入者って。こんな深い場所に侵入者なんか来ないだろ」
すると他の奴が言った。
「いや、どうやら研究員が殺されてたらしいぜ」
「本当か?」
数十人が廊下に集まっているが、研究所の奥の方で音がした。
ガタン!
それに白衣の研究員達が驚いて反応する。
「なんだ?」
「変な音がしたぞ」
「ロックは問題ないか?」
それぞれに慌てているが、通路の奥に唐突にそれが現れた。
白衣が驚愕の表情で言う。
「試験体Aだ! 逃げろ!」
「うわぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「急げぇぇ!」
奥からやって来たのは俺を襲った蜘蛛ゾンビ数体だった。先ほど館内放送で排除すると言っていたが、その仕事をするために解き放たれたらしい。逃げてもそのスピードの方が速く、逃げ遅れた人間が次々に殺されていった。
俺は縮地で蜘蛛ゾンビから遠ざかり、入り口のあった上階へと走るのだった。




