第156話 対立
俺は敵兵に見つからぬように屋根伝いに走り、町の端にたどり着いた。すぐに気配探知で仲間の場所を探ると、想定より先に進んでいるのが分かる。もちろん川沿いを下っていたのだが、俺がその場所に行くと、なんと木陰では無くむき出しの施設のような所に留まっていた。
上空から見つかる危険性がある為、俺は慌てて皆のいる場所に降り立つ。そこでは、どうやら仲間達と救出した人達が対峙して何かを話し合っているようだ。
「どうしたヤマザキ! ここは危険だ! まだ敵が来る可能性があるぞ!」
するとヤマザキが俺に言った。
「ヒカル、あれを見てくれ」
すると救出者が三人がかりでゾンビを抑え、その前に庇うように立つ人がいた。最初に話をしたグループに居た女だった。俺がその女に向かって声をかける。
「どうしたんだ?」
「もう、これ以上仲間が死ぬのは見たくない!」
「言いたくはないが、その人はもう死んでいる」
「まだ動いてるじゃない!」
「もう、散々見て来ただろう? そうなったらもう戻らないんだ」
するとヤマザキが俺に教えてくれた。
「ヒカル。あれは、彼女の母親らしい。一緒に生き延びてきたんだそうだ」
なるほど、仲間達がそこで固まっている理由は分かった。だがこんなところで言い争っていたら、増援のヘリコプターに見つかる可能性がある。すぐにでも林に身を隠す必要があった。
するとユリナが言う。
「話し合いなら、建物の中でも森の中でも出来るわ! とにかくすぐにここを動きましょう!」
「無理。母さんを殺すくらいなら、私をここに置いて行って!」
そして女は元々一緒に居た人らにも言った。
「もういいわ…。みんなも、もう行って!」
「あなたを置いては行けないわ」
「いいから!」
情況は一刻を争う。今にも増援部隊が到着する可能性があるのだ。そしてもちろん女の意思を曲げさせてまで、俺達の意見を通すわけにもいかない。
「この状態でも、俺達について来る意思のある者はいるか?」
救出者達はお互いの顔を見て牽制しているようにも見えるが、助かりたい気持ちの方が勝ってるように感じる。
俺のその言葉に、ゾンビを抑えている人が手を離してしまった。するとゾンビは自由になった手を、反対側を抑えている人間に向ける。俺が縮地でそこに行って、ゾンビの口に刀の鞘を咥えさせた。すると後の二人も一斉にゾンビから離れる。
そして抑えていた人が言った。
「吉高さん。今までお世話になったからと思ってたけど、流石にゾンビに変わったら無理じゃない? お母さんであってお母さんではないわ!」
「だから、もういいわ。あなた達も私を残して行って」
するともう一人が言う。
「それはダメだよ。生き延びれる可能性があるのなら、一緒に逃げなきゃダメだ」
「だから嫌よ。母さんを置いてはいけない」
「もう、これはあなたのお母さんなんかじゃない!」
「母さんよ。見ての通りさっきまで一緒に生き延びようとしていた母さんだわ」
俺がゾンビを抑えている間に、ヨシタカの後ろに忍び寄ったタケルが女を羽交い絞めにした。
「何をするの?」
「とにかく、外はヤベエって! ヒカルの言う通り中に入ろう!」
「中にゾンビがいるわ!」
するとミナミが言った。
「任せて」
ミナミは開いている窓を乗り越えて、ゾンビの居る建物の中に入った。
「危ないわ!」
救出者が叫ぶが、ミナミは日本刀でゾンビを切り倒していく。部屋の中のゾンビを全て片付けて叫んだ。
「みんな! 入って!」
「凄い…」
そして俺はゾンビになった母親と一緒に、全員が建屋の中に入り込む。ヤマザキが言った。
「ヒモを探してくれ!」
「ええ」
「浴衣の帯があるわ!」
「持って来てくれ!」
俺が押さえつけているゾンビを、皆が帯でグルグルに巻いて行く。すまき状態にしてそこに横たえると、タケルが吉高を離した。
「母さん!」
近寄った娘に対し、ガウガウと噛みつこうとするゾンビ。だがグルグル巻きにされているため、その歯は娘には届かなかった。
そこで俺が言う。
「軍隊が来ているんだ。足止めはしたが、じきに増援が来るだろう。地上部隊がここに来る可能性もある。俺達について来る意思のあるものは?」
俺が言うと皆が迷っているようだった。既に憔悴しきっている者や、意識が朦朧としている者は答えない。下を向いている者が俺に言った。
「置いて行ってくれるか? 俺達はもうダメだ。一歩でも歩くのが辛い」
「私ももうダメ。これ以上歩けないわ」
すると意識のはっきりして比較的元気のいい女が言った。
「ダメよ! せっかく助かりそうなのに諦めたらダメ!」
「もう、無理だって…」
仲間同士でも言い争いを始めてしまった。だが町で俺が暴れた結果、敵は必ず何かを仕掛けてくるはずだ。その前に出来るだけ早く、ここを離れなければならない。
アオイが俺に言って来る。
「ヒカルお兄ちゃん。どうにかして助けられないかな?」
「車を使いたいところだが、それを使えば敵に見つかるだろう。やはり川沿いを徒歩で降りるしかない」
歩くのが無理だと言った男が言う。
「俺は車で降りるつもりだ。ついてくる奴いるか?」
「私は行くわ」
「じゃあ俺も」
何人かが車で山を下りるという。そしてヨシタカが言った。
「か、母さんを一緒に連れて言ってくれないかな?」
「そいつは無理だ。ゾンビは乗せていけねえ」
「そうよ。あと弱っている人もいずれゾンビに変わるわ、このまま一緒にいたら私達までゾンビになる」
「そうだ。だから行くなら吉高さんだけを連れていく」
「そう…」
どう考えても、どちらも危険だ。するとゾンビを処分したミナミが言う。
「確実に私達と行動したほうが生存率は上がるわ。それにヒカルの言う通り車は危ないのよ。そしてもうそのリミットは過ぎようとしているわ」
すると男が大きな声を出した。
「だから! もう歩くのは無理なんだよ! 絶対に車で脱出したほうが助かる確率が高いに決まっている! 雪が降って気温が下がってんだし、もっと死ぬだろ!」
するとその意見に救出組が一気に傾いた。
「私も車で行くのに賛成!」
「私も行く!」
「俺も!」
結局一部の声の大きい者につられるかのように、救出組が車で降りる事を決めてしまった。唯一、ヨシタカと言う女だけがここに残る決意をする。
するとタケルが、車で行くと言った奴らに聞いた。
「弱ってる人らはどうすんだ? 怪我をしている人らも連れてってくれるんだろうな?」
すると男達は下を向いた。
「……」
「どうなんだよ?」
「それは出来ない」
「なんでだ? 今まで一緒に戦ってきた仲間だろうが!」
「いつゾンビに変わるか分からん奴らとは一緒に居れない!」
すると一緒の女も言う。
「綺麗ごとじゃ生き残れないわ! 私は生き延びれる確率の高い車で降りる!」
皆の意思がどんどんバラバラになっていく。そこで俺が言った。
「もういいタケル。好きにさせてやるしかない、このままでは俺達の誰かも死ぬ」
「だけどよう…」
するとヤマザキがタケルに言った。
「皆、自由にする権利があるよ。武、彼らの意見を尊重するしかない。ここで言い争っている時間はない」
「…くそ!」
ドン! タケルがテーブルを叩いた。仲間の女達は複雑な顔をしている。
しかし…これは大事な事だった。冒険者パーティーがダンジョンに潜った状況に似ている。ダンジョン内で仲間割れなどしていたら全滅してしまうのだ。最後にタケルが俯いたまま、残念そうに救出組に言った。
「行ってくれ」
「ああ。あんたらも頑張ってくれ。助けてもらった恩は忘れない」
「分かった…」
ミオが最後に吉高と言う女に言う。
「あなたは、どうするの?」
「私はここで死ぬわ」
それを聞いたミオが突然短刀を抜いて、ゾンビに変わった母親の眉間に突き立てた。
「なっ!」
「私はゾンビは殺すわ。家族の命を奪った奴らだから」
一瞬あっけにとられたヨシタカだったが、次の瞬間ミオに飛びかかった。
「この糞女! 殺してやる!」
だがミオはなされるがままにその場に倒れた。身体強化状態なので、いくらでも払えるだろうが抵抗をしなかった。ヨシタカが何発かミオを殴り首を締めにいったので、ツバサとマナがヨシタカを取り押さえて剥がした。
「よくも! よくも母さんを!」
だが救出組の男が言う。
「吉高さんよ。仕方ないよ、ゾンビになったらもうダメなんだ」
「うるさい! よくも! よくも!」
しばらく暴れようともがいていたが、疲れたようでその動きを止める。
「はあ、はあ…。絶対に、絶対に許さない…」
それに冷静な顔でミオが言う。俺達のグループでも一番優しいミオが、口から流れる血もそのままにヨシタカに言った。
「で、あなたはどうするの?」
「決まったわ! あなた達について行く! そしてあなたがゾンビになった時、私がとどめを刺してやるわ!」
「そう…なら仕方ないんじゃない?」
ミオらしくない口調だが、俺達は全員が分かっていた。ミオはわざと憎まれ役を買って出ている。それだけ、この女の人を真剣に助けたいと思っているのだ。
そして救出者の男が言った。
「なら決まりだな。あんたらとはここでお別れだ」
「ああ。気を付けてくれ」
「ああ」
俺は自分が持っている日本刀と短刀を男に渡す。
「武器だ。足しにはなる」
「すまない」
そう言って救出組は出て行ってしまった。残されたのはヨシタカと弱っている男、意識が朦朧としている女だ。
俺がみんなに言う。
「急ぐぞ」
するとヤマザキがヨシタカに言った。
「一緒に行くのは良いが、悪いがあんたはミオから離れてくれ」
ヨシタカがヤマザキをキッと睨む。だがミナミも日本刀を見せてヨシタカに言った。
「ミオに何かしたらタダじゃおかないわ」
するとヨシタカは目を伏せて俺達に従った。ツバサとユミが俺の所に来て、最後の日本刀を渡して来る。俺はそれを背負って先に進む。建物の向こう側では車のエンジンがかかる音が聞こえ、遠ざかっていく。俺達は再び、怪我人をつれて川沿いの森林地帯を下り始めるのだった。




