第148話 様々な解析
日光江戸村に潜伏し、俺達は午前に食べ残した肉を食う。消化が終わるころにタケルの腕に再生魔法をかけ、ユンに回復魔法をかけた。それを見ていたユリナが言う。
「それを私達が出来たらいいのにね」
この世界の人間には魔力もスキルも無いようだが、ユリナ達には変化が起きていた。もしかしたらと思い、俺はユリナに回復魔法の説明をしてみる。
「ユリナは自分が変わった感じがしないか?」
「する。なんて言うか人の怪我とか具合を感じとれるみたいな? 正確には言えないけど」
「俺の持っている力と似ているものだとすれば、その感覚の先にあるものを捉える事が必要だ」
「…ごめん、わからない」
まあそうだろう。この世界には魔法が無いのだから理解をするのは難しい。そもそも魔法があって当たり前の世界と、全くその力がない世界の人間では深層で理解度が違うのだ。
「人は、基本的に皆が同じ作りをしているのは分かるよな」
「わかるわ」
「根本は皆一緒だ。俺の体と皆の体もほぼ一緒だった。その人を作っている最小単位に意識を集中させることから始まる」
「最小単位?」
「そうだ。体はその集合体で出来ているからな」
「細胞ってことかしら?」
「あの大学病院で見た限りは遺伝子と呼ばれるものだ」
ユリナは顎に手を当てて、眉を寄せてしまった。
「ヒカルが言っている事は良く分かる。だけど細胞や遺伝子なんて、電子顕微鏡みたいな機械じゃないと見れない。そこに意識を集中する?」
「そう言う事だ。怪我をするとそれらが破損するんだが、最小単位から繋ぎ合わせていく事で回復はなる」
「そんな…無理。医者でもないし」
なるほど。やはり体が否定してしまうようだ。
「俺だって医者じゃない」
「でも異世界のヒーローだわ」
違う方法で教えるしかないか…。
「ユリナは何故無理だと思う?」
「えっ?」
「なぜ、出来ないと思うんだ?」
「それは、出来ないのが当たり前だからよ」
「出来ないのが当たり前?」
「そうよ」
まあこれは予測通りの反応だ。俺があの車やヘリコプターがどうやって作られているのか分からないのと一緒だ。出来ないのが当たり前なのだ。
押し問答の様で申し訳ないが、俺はもう一度ユリナに聞いてみた。
「だが、人の怪我はわかるようになったんだよな?」
「…うん」
「なぜだ? 無理なんじゃないのか?」
「でも、わかったのよ。説明は出来ないけど」
「まずはそれが出来た事を信じろ。皆の具合や怪我がわかる、それを信じるんだ。そうすればもっと精度が上がってくるはずだ。精度が上がった時、もう一度俺の言葉を思い出してくれ。もし皆を治療したいのなら、ユリナがやるべき事は自分を信じぬく事だ」
「自分を信じる?」
「そうだ。とにかくできると信じろ」
「雲をつかむような話だけど、ヒカルが言うなら間違いないみたいね」
納得は出来ないようだが、あとは自分で感じ取ってもらうしかない。正直な所、俺もユリナがその力を体得できるかは分からないのだから。
ユンをユリナに任せ、俺はミナミの元へと行く。
「ミナミ」
「ん?」
「見事な剣だったな」
「いつもヒカルを見てたら、何か出来そうな感じがしちゃって」
「面白い型だったな」
「あれね、子供の頃から時代劇が好きすぎて、大学の時に舞台でやる殺陣とかを習ったの。あくまでも演劇の舞踏みたいなものだから、本当に出来るとは思わなかったけど。史学を学ぼうと思ったって言ったでしょ? 将来は映画方面か研究家を目指してたの」
「そうだったな。だが十分に出来ていたぞ」
「ほんと!」
嬉しそうにしている。そして俺はもう一歩踏み込んでみた。
「みなみは俺のフレイムソードや水龍閃をやりたいと言っていたな?」
「うん! あれは大好きなアニメの技にとっても似てるの!」
「ミナミも出来るかもしれんぞ。約束は出来んがな」
「ほんと? でも…どうやって?」
「その前にやる事がたくさんある」
「何をすれば?」
そして俺は、シーツの切れ端を割いてミナミに渡した。
「これで目隠しを」
「こう?」
「そうだ」
俺はミナミを外に連れ出し、地面に落ちている小石を拾った。それをポイっとミナミの額あたりに放った。
コツン。
「何?」
「石を投げた」
「あ、そうなんだ」
「次も投げるぞ、集中して避けろ」
「わかった」
俺が投げる瞬間を悟られないように投げる。
コツン。
「痛っ」
「俺は全く気を発していない、もう一度やるぞ」
「うん」
そして俺はミナミの額にあてる意識を高出力で放った。するとミナミはそれを避けた。
「感じたか?」
「投げる! って思った」
「まあ、今は大きな気を発したからな。さっきのゾンビは食おうとして襲って来たから感じたんだろう」
「そうなんだ」
「次は木の棒で叩く」
「わかった」
落ちていた木の枝を広い、気を発して振り下ろすとミナミは避けた。だが避ける動作が遅く、肩にバシンと当たってしまう。
「いった!」
「体のさばきが悪い」
「そっか! もう一度!」
俺は何度も何度もミナミに木の枝を振り下ろした。すると五回に一回は完全に避けるようになる。
「どうだ?」
「楽しい! なんていうか! アニメとか映画でやる特訓みたい!」
「まずは、それを百発百中でやれるようになる必要がある」
「うへー、難しい」
「それには目をつぶって意識を集中させる訓練が必要だ。時間がある時に常にやっておけ」
「わかった! 先生!」
「せんせい?」
「そ、先生!」
ミナミは凄く楽しそうだった。実はこの感覚がとても大事で、覚え込む楽しみが成長を促す。ユリナはいまいち信頼出来ていないが、ミナミはアニメと映画と言う理想がある。その分、覚え込むのは早いだろう。もちろんミナミにも出来る保証はないが。
ただし、ここに居る皆に可能性がある。今まではひたすら俺が守って来たが、力を覚醒されられたなら俺がいなくなっても生きていける。やってみる価値は十分にあった。
皆の居る場所に戻ると、タケルが喜んで俺のところに来て言う。
「おい! ヒカル! とうとう手のひらの一部が出て来たぞ!」
タケルが手をひらひらとさせた。
「もうすぐだな」
「ヒカルは恩人だぜ」
「大したことじゃない」
「それによ、何か変なんだ」
「変?」
「意識を集中させるとよ、なんか変なんだよ」
「詳しく言ってくれ」
「ああ。昔、レースに出てた時みたいに集中すると、周りが止まって見えるんだよ」
思考加速だ。タケルは思考加速を身につけ始めている。
「集中してみてくれ」
「ああ」
俺はそこそこの速度で、さっきミナミに振るっていた木の棒でタケルを叩く。
パシッ!
「なんだ?」
「今どう思った?」
「突然枝を振り下ろして来た」
「見えたのか?」
「まあまあ早かったけどな。見えた」
「普通なら見えない」
「マジか?」
「ああ」
間違いない。タケルは思考加速を身につけ始めている。
俺が皆の変化を確かめていくと、どうやら個人差があるようだ。その差はハッキリしており、恐らくは思い込みの深さが関係しているようだ。出来るかも、と思うのと無理と思うのでは全く違う。
俺がユンの所に戻るとゆっくりと食事をしていた。ユリナが肉を細かく切って、それを与えているが普通に咀嚼して飲み込んでいる。俺はユンが食べ終わるのを待ってユリナに言った。
「もう一度、回復魔法をかける」
「ええ」
「まずはユリナがユンに手を当てろ」
「えっ?」
「背中にそっとな」
「こう?」
「そうだ」
そして俺はその隣に手を当てて、ユンに語り掛ける。
「治してやるぞ」
「うん」
「ユリナがな」
「えっ?」
俺はユリナの背中にも手を当てる。回復魔法をユリナの体を通じて、ユンの体に注いでいく。ユンの体は少しずつ回復し、頬のコケも大分消えて来た。
俺はユリナに聞く。
「どうだ?」
「なにかが流れた感じがする」
「その感覚を忘れない事だ。次もやる」
「わかった」
そしてユンがだいぶ回復したので、俺はユリナに告げた。
「あとユンのゾンビ因子を取り除く」
「やるのね」
「そうだ。早い方が良いと分かったからな」
「わかったわ」
ユリナが皆に部屋を出るように指示をしていく。そして戸を全て閉め俺に目配せをした。
「ユン、ユリナの言う事を聞いてくれ」
「わかった」
「ちょっと服を全部脱ぐわよ」
「う、うん」
ユンはちらちらと俺を見る。するとユリナが言った。
「恥ずかしくないわ。今から話をすることを冷静に聞いてね」
「うん」
「あなたの体にはゾンビになるかもしれない物が入り込んでいるの」
「えっ? うそ! 感染なんてしてないよ!」
「違うの。既に日本人のほとんどはそうなっているのよ」
「…うそ…」
「だけど安心して。ヒカルが私達のそれを取り除いてくれたのよ。だから信じて、私もここにいるから怖がらないで」
ユンはこれまで、良からぬ男達の慰み者になって来た。そのせいで、男の前で服を脱ぐ事にい拒絶反応を示しているのだ。
「生き延びたいでしょう?」
「わかった…」
そしてユンは一枚一枚服を脱ぎ、全裸になって横たわった。
「すまない。体に触れるぞ」
「うん…」
俺が触れるとユンの体は震えていた。だが俺はかまわずに足元からゾンビ因子を取り除いていく。腰回りの奥がやはり溜まりやすいようだ。俺が体をまさぐるたびに、ユンは体を強張らせるがかまわずに続けた。さらに上に登り胸の周囲を取り除いていく。心臓付近には特に集中していた。さらに上に行くと脳の付近に大量にこびりついていた。
「終わった」
他の人間と同じく、ユンも真っ白になっている。
「じゃあ体を拭くね」
「うん、なにこれ。真っ白なんだけど」
白くなったユンをユリナがふいている横で、俺はこのゾンビ因子について分析していた。そして間違いなく気が付いた事がある。このゾンビ因子は自然のものではない。合成された何かがそれを構成している。
それに、なぜヤクザ達はゾンビ感染していない事がわかったのか? 感染していない女子供を集める事が出来たのか? それを、どうにかして判別する事が出来るからだ。その方法までは分からないが、見分ける方法があるのだ。感染していない者は殺されていない。
ゾンビ因子は、間違いなく何かを意図して作られたものだ。そしてそれは自然の栄養の吸収を妨げ、いずれは死に至りゾンビになるように設計されている。なぜそんなものを作り出してばら撒いたのかは分からないが、また一つ謎に近づいたような気がするのだった。




