第142話 集中治療
俺はボロボロの女を背負いながら、斜面を急加速で降りていく。道路を動けばもっと早いが、上空のヘリコプターから見つかる可能性もある。それを避けるために森林地帯から森林地帯へと移動していくと、真っ赤な色をした建物を見つける。
気配探知では周辺にゾンビはいない。とにかくかなりの衰弱と度重なる暴力の影響なのだろう、心臓がだいぶ弱ってきているようだ。更に蘇生魔法をかけねばもうもたない。俺は女をその板の間に寝かせて手を当てる。
「死ぬな」
俺が声をかけても反応は薄い。すぐ女の体に蘇生魔法をかけて行くと、少しだけ息遣いが変わって来た。だがこれは一時しのぎ、栄養を補給せねば復活は難しい。
「よし」
俺は自分の上着とズボンを脱いで女に着せてやる。気温が低いので体温がどんどん抜けていくのだ。俺は再び女を背負い、更に斜面を急加速で降りていく。すると道路を横切らなければならない場所に出た。ヘリコプターの音を聞き分けながら、一瞬で道路を飛び越える。
俺にくっついている事で、女の体温はほんの少しだけ戻ってきたようだ。もう少し坂を下ると、だだっ広い芝生の場所に出てしまった。これはヤマザキ達が言っていたゴルフ場と言うやつだ。ここを走れば目立つため、俺はあえて森林を迂回する。
遠回りとなるが、敵に見つかるよりはずっといい。とにかく女の命が消えない事を祈る。林を抜け気配感知で皆の気配を捉えた。
その時、唐突にヘリコプターの音が大きくなってきた。
「見つかったか?」
俺は茂みに隠れてそれをじっと待つ。すると西から来たヘリコプターは、東へと飛び去って行ってしまった。すっかり見えなくなったのを確認し、俺はすぐさま皆の居る建物に向かった。二階を見るが窓は開いていないので、そのまま玄関口へと回り込む。俺は建物の中に声をかけた。
「戻った」
すると奥からミオとユリナが駆けつけて来る。ミオが入り口のカギを開けてガラスの扉を開いた。
「早く!」
ユリナに言われ中に入ると、皆が集まって来た。そしてタケルが俺に言う。
「なんで女をおんぶして、シャツにパンツ一丁なんだ?」
俺が背中に背負っている女を床に降ろすと、皆が倒れた女を見て声をあげた。
「ゆんちゃんじゃない!」
「うそ!」
「なんでこんなボロボロに!」
するとユリナが叫んだ。
「早く、ベッドに運びましょう!」
「ええ!」
俺がユンを抱え部屋に入ってベッドに寝せる。そしてユリナがユンの腕をとって脈をとり始めた。
「弱ってる」
「何か食べさせないと復活しないだろう。俺の回復魔法でギリギリで保っているんだ」
「糖分のあるジュースを!」
ユリナの指示に、ミナミが果物ジュースを持って来て封を開ける。そしてユンの体を起こして少しずつジュースを入れてやるが、微かに口が動くだけで上手く飲めないようだ。
するとユリナが自分の口に含んで、ユンに口移しで飲ませた。
コクリ。と微弱ながらジュースを飲みこむ。
「回復魔法を!」
俺がユンの体に手を当てて、じっくりと糖分を吸収するように促した。するとユンの息遣いがほんの少し楽になったようだ。
「とにかく体温が低い! 温泉のお湯を桶に汲んできて」
ユリナがそう言うと、マナとミナミとミオが走っていく。しばらくすると三人がお湯を桶に入れて来た。そしてユンの足をその桶にちゃぷっと付ける。
「みんなで。体をさすってあげて」
皆がユンの周りに集まって体をさすり始めた。なかなか目を覚まさないが、土気色だった顔が次第に戻って来た。
「点滴があれば良いのに!」
ユリナが言うとヤマザキが答えた。
「市内に病院があるだろう。そこに連れて行こう」
だがそれには俺が首を振った。
「頂上の煙を見て、ヘリコプターが来た。恐らく陸上部隊もやって来る」
「くそ! もう嗅ぎつけたのか!」
「病院はどこだ? 俺がとって来る」
それに対してユリナが言う。
「ヒカルだけだと必要なものがわからないわ、私も連れて行って」
「わかった」
ミオが地図を持ってくる。
「えっと、日光日光。病院、あ! すぐそばにあるよ!」
「行きましょう」
俺とユリナが外に出る。俺はユリナに言った。
「俺の背に」
「えっ?」
「早く」
俺はユリナを背負い身体強化で病院まで走る。三分もせずに到着すると、病院を見たユリナが言った。
「よかった。そこそこ大きい病院だわ」
「ゾンビがいる。斬りながら行くぞ」
「ええ」
俺が先を行き、病院内のゾンビを斬り捨てながらユリナに指示を受けて進む。
「ここよ!」
「よし」
ユリナは自分が背負って来たリュックに、次々に物を入れていく。そして鉄の棒のような物を見て言った。
「別に他の物でも代用できるけど…、吊るせればなんでもいいから」
「それなら持って行こう。ユリナは俺に捕まっていられるか?」
「もちろん! 何故か強くなったからね」
「よし」
俺はその鉄の棒を持って、ユリナを背負い病院を出た。再び三分くらいかけて戻ると、ミオが玄関の鍵を開けてくれた。
「なんかユンちゃんの容体が良くないわ!」
「わかった!」
急いでそこに行き、ユリナが準備をし始める。そしてユンの腕に針を刺した。
「これで栄養は取れる。あとはゆんぴの体力次第」
そこで俺が言った。
「いや。俺が蘇生と回復を繰り返す」
「わかった」
それからみんなは、ゆんぴの周りに集まり心配そうに見つめた。ユリナが体温を測りつつ、薬の袋を変えてまた様子を見る。明らかに栄養は取れ始めているので、俺はユンに蘇生魔法をかけ続けた。
「よし」
俺にユリナが聞いて来る。
「ユンちゃんの状態はどうなの?」
「カラッカラだったからな。蘇生に用いる物が自分の体の組織だった。だが栄養を入れたことで少しずつ持ち直している。とにかく続けるしかない」
「わかった」
治療は一晩中続いた。本来はこの土地を早く離脱したほうが良いのだが、ユンを放っておくわけにはいかなかった。俺は治癒魔法をかけながらも、周囲五キロに気配探知の網をかけていた。
朝の光が窓からさした時も、誰一人として眠ってはいなかった。皆がユンピを心配して見つめている。そして、俺が再生魔法と回復魔法をかけている時だった。
「う、うう」
ユンが声を出した。
「気が付いたかな?」
だが意識は朦朧としているらしく、俺達を見ても誰だか分かっていないようだ。
「ゆんぴちゃん。わかる? 友理奈よ」
「ん…」
ユリナが話しかけるが、すぐに目をつぶって眠ってしまった。だが今度の寝息はだいぶ安定している。ユリナが点滴の袋を変え俺達に言う。
「峠は越したわ。まだ動かせないけど、もう一日安静にしていれば目覚めると思う」
「そうか」
その間は気配探知の網を解くわけにはいかない。ミオが涙を流して言う。
「こんなにがりがりになって」
「そうね。まともに食べていなかったのね」
「なんでこんな状態で居たのかしら?」
容体が落ち着いて来たので、俺はそっとベットから離れ皆に話し始めた。
「トクラとタカコ、ヤマトは殺されたようだ」
「「「「「「「えっ!」」」」」」」
「もう一人のやつが言っていた。オタクと呼ばれていたが…」
「孝弘?」
「名前は知らん」
するとタケルが言った。
「みんなはタクヒロって呼んでたな」
「そうか。そいつもいた」
「そうなの? 生きてたの?」
「ああ」
「どうして一緒にいないの?」
「置いて来た」
「どうして?」
「あいつが裏切ったようだ。この女を自分の物として、男達の慰み者にしていた。トクラ達はアイツが足手まといだからと言って殺したらしい」
「うそ…」
ドン! とタケルがテーブルを叩いた。
「くそが!」
「だから置いて来た」
「仕方ないんじゃない?」
女達も頷いていた。元は仲間だったが、そんな事をする奴は助けなくても良いだろう。
ユリナがユンピの髪を撫でて言った。
「辛かったね…。よく頑張ったね」
ぽろぽろと涙がこぼれている。すると女達も涙を流していた。ギリギリのところで命を取り留めた元仲間に、皆が心から喜んでいた。だがその俺の探査網には、車の音が聞こえてくる。車は一台、しかも山の方から下りてくるようだった。




