第139話 日光の宿屋
肉を食い終わった皆が、ソファやベッドに腰かけて休んでいた。タケルが見張りに立ち俺は一時休息をとる。一時間ほどの深層睡眠を終えると、何人かは寝てしまったようだ。
「お、ヒカル。もう起きたのか?」
「十分だ。何か変わった事は?」
「ない。ヒカルが汲んできてくれた水のおかげで、皆のトイレが助かったくらいだ」
「水があるのは良いな」
「ああ」
そして俺はタケルの隣りに立って窓の外を見た。独り言のようにぽつりとつぶやく。
「酒が。東京の酒が焼けた」
「は?」
「あの爆発では東京は壊滅だろう?」
「つーか。ヒカルが気にしてるのは酒?」
「いや、そう言うわけではないが、慌てていたので一本も持って来れなかったな」
「確かにな。だけどよ、酒ならたぶん田舎でも手に入るぜ」
「なに!? 本当か?」
「てか田舎の方が、酒の工場とかあるかもしれねえし」
「…このあたりにあるか?」
「そこまでは分からねえけどよ」
そうなのか…。それならまたいつか美味い酒にありつけるかもしれん。
俺がそんなことを考えていると、おもむろにタケルが言った。
「つーか、核爆弾を使うなんてよ」
「俺達の事がそれほど脅威だったのか、もしくは何か隠したいものがあったのか」
「真相は闇の中ってやつだな」
「ああ」
全て焼き尽くしてしまえば、もう調べようがない。ミナミが言うように放射線とやらの毒があるので、容易に近づく事すら許されないだろう。
「あと狙撃犯な、あれは一体なんだ? 絶対素人じゃねえよな」
「だな。あれは相当な手練れだ」
「やっぱそうか?」
「人を殺そうとすれば少なからず殺気が籠るんだ。だがあの攻撃には殺気が無かった。ただ無機質に物を除外するようなそんな感覚だった」
「慣れてるのか、それとも殺人マシーンでも送られて来たのか」
「殺人マシーン?」
「ほら、DVDでみたろ。未来のロボット」
俺が見たDVDにそう言うのがあった。あれは映画だと皆が言っていたが、本当にそんなものがいるのだろうか。
「そんなものが本当に居るのか?」
「いや。いねえとは思うけどよ、もしくは特殊部隊ってところだろうな」
「特殊部隊?」
「いずれにせよ。きちんと撒けたんだよな」
「追跡の気配はなかったはずだ」
「ならいいけどよ」
そして俺は思い出したようにタケルに言う。
「腕を出せ」
「こうか?」
「いや、切った方だ」
「ああ、こっちね」
俺はタケルの腕を取り蘇生魔法をかける。時おりかけてやらねば、俺の蘇生魔法はレベルが低いため効き目が薄れるからだ。そしてタケルに言った。
「タケルも休め」
「おりゃ大丈夫だ」
「無理はするな」
「わかってる」
皆が寝静まっている中で外を見ていたが、特に変化はなかった。ゾンビも近くにはおらず、飛行機の音も聞こえてはこない。聞こえてくるのは自然の動物の鳴き声ばかりだ。夕方になって皆が起きて来る。
「ふう、だいぶ楽になったよ」
ユミだった。皆どこか体調を崩していたようだが回復したらしい。マナも一緒に起きて来る。
「なんか凄い。疲れがすっかり取れてる」
「そうだね。一日ではあんな疲れは取れないよね?」
「体質が変わったのは間違いないみたい」
「そうよね」
それはそうだろう。皆は身体強化のような状態になっており、寝る前に肉をたらふく食った。それで体組織が補強されて更に強くなったのだ。皆がシャキッとした顔をしている。
ヤマザキも笑って言った。
「嘘みたいだ。体が動くし疲れが無くなってるぞ」
「山崎さん絶対若くなってきてるよな?」
「そうか?」
そしてタケルが左腕を持ち上げた。
「それに俺の腕もよ、大分伸びたんだ」
「本当だ…」
タケルの腕も手首の手前くらいまで来ていた。順調に腕が蘇生されている事に俺も安堵する。テーブルをどかして皆が床に座った。
「しかし、お肉美味しかったよね」
「そうだよね。鹿には申し訳ないけど、あれを食べてから元気になったみたい」
「ほんとね」
そして俺が言う。
「それは間違いない。自然の肉を食って皆の体は急速に回復したんだ」
それに対しユリナが聞いて来た。
「ヒカルの施術のおかげ?」
「それはそうだが、もう普通の体には戻せそうにない」
「しかたないよ。生き残るためにやった事だもの。むしろ元気になってよかったよ」
皆で話をしていると、グーっと誰かの腹が鳴った。それを聞いたツバサが言った。
「お腹減った」
「鹿肉も良いけど、他の食べ物や飲み物が欲しいよね?」
「そうねー」
その会話を聞いて、俺が昨日の夜に確認した事を言った。
「水を汲んだ時、川の向こうに建物があった。そこに何かないだろうか?」
「そうなんだ。行って見る?」
「そうだな」
「物資は全部持ってった方がいいよね?」
「そうしよう」
そして俺達は身支度を整えリュックに物資を詰め込んだ。肉もしっかりと袋に包んでリュックに入れる。そして俺達はキャビンを出た。
「こっちだ」
俺が皆を引き連れて歩いて行くと、芝生が敷き詰められた広い場所に出る。
「気持ちいいね」
「本当だ。バトミントンとかしたいわ」
「ほんとだ」
雑談をしながら進むと川が見えて来る。それを見てみんなが話し始める。
「すっごい透き通ってる!」
「綺麗だよねー」
「自然がどんどん浄化されていく」
楽しそうな皆の顔が俺には嬉しかった。昨日までは地獄だったが、安らいだ皆の顔を見るのは俺にとって幸せ以外の何物でもない。そして俺が川べりに立って対岸を指さす。
「あれだ」
「本当だ。あれは恐らく旅館かホテルだな」
「行こう」
俺はひょいっとアオイを肩車した。そして石と石を飛び跳ねるように対岸に渡る。すると皆も器用に石を飛び移りながらこっちに渡って来た。ミオが嬉しそうに言う。
「体が軽い! 明らかに跳躍力が伸びてる」
「そうみたいね。こんな川幅のある川を渡れるようになるなんて信じられない。昔だったらバランスを崩したり届かなくてぽっちゃんしてたよね?」
「そうだよね」
最後のヤマザキが岸についたので土手を上がり、その建物へとたどり着いた。そこはとても美しく大きな建物だった。最初に俺が気配探知で館内を探る。
「ゾンビがいる」
「やっぱりそうか。ホテルのようだし宿泊客や従業員だろうか?」
「行くぞ」
入り口に鍵がかかっていないので、中に入って入り口の鍵を閉めた。早速近くにゾンビの気配がする。
「みんなは俺の後をついてこい」
俺が先行してゾンビを倒していく。皆は倒したゾンビを玄関に持って来て外に積み重ねていった。内部に居たのは三十体ほどのゾンビだった。全てを綺麗にして玄関の鍵をかける。ミオが悲しそうな顔で積み上げたゾンビを見ている。
「避難者かな?」
「かもしれない。結局、感染して全滅ってところかも」
「かわいそう」
「そうだね」
皆で館内にある食料品を探したが、食べられるような物はほとんど無かった。あるのは飲み物ばかりで、残念ながらまた肉だけを食う事になりそうだ。
だが、ミナミとマナは嬉しそうに報告して来る。
「あのね! 悪い事ばかりじゃないよ!」
「そうそう!」
気分が高揚しているらしい。
「なんだ?」
「なんと! 温泉がありました! お肉と飲み物を楽しんだら、温泉タイムです!」
それを聞いて皆が嬉しそうに言った。
「「「「「「やったー!」」」」」」
どうやらここには温泉が湧いているらしい。皆の喜ぶ顔が見れて俺は嬉しかった。東京でヤクザや軍隊に怯えているより、遥かに幸せそうな顔をしている。
アオイが俺のところに来て言う。
「お兄ちゃん! 温泉一緒に入ろう!」
「あ、ああ」
なるほど…そう言えば温泉は皆で入るのか。何故か俺の鼓動は高鳴り、目の前で楽しそうに談笑している彼女らから目を背けてしまうのだった。




