第12話 この世界で生きる
俺がミオに言葉を教えてもらっているうちに、車は高速道路と呼ばれる道を降りて再び都市部へと下りていく。だが先ほどまでのような高い塔は無く、背の低い建物や自然が広がる場所だった。
俺はかなり言葉を吸収したので、ミオに聞いてみることにする。
「トウがナイ」
「ああ、ここは都心部じゃないから…、えっと都会じゃないからね」
「ナルホド」
やはり先ほどまで居た場所は特別な場所だったのだろう。神が作りたもうた高い塔が、あんなに沢山建っているなんてそうそうある訳がない。
「これから行くところには、もっと人がいるわ」
「ワカッタ」
俺はようやくこの世界の人々に会う事が出来るらしい。先ほどの都市には人がほとんどいなかった。前世で言うところのダンジョンのような場所なのだろう。
「俺達は空港に拠点を置いているんだ。そこそこの広さがあって、大勢の人間を収容できるからな。だが周辺の地域に物資が枯れてしまって、都心部へと足を伸ばしたのさ」
ヤマザキが前を向いて言って来るが、良く分からない俺はミオを見て解説してもらう事にする。
「ある広い場所があってね、そこに人がいるんだけど周りに物が無くなったから遠征したの」
なるほど。生存領域の周辺には物資が無いから、ダンジョンに物資を回収しに行ったといったところか。この鉄の車さえあれば、何処にだって行けるだろうし今回は成功したって訳だ。
しかしこの街道は随分しっかりと整備されているようだ。継ぎ目のない石畳が延々と続いており、何処にもぬかるみなどは無かった。だが…不思議な事にそこを歩いている人間も馬も居ない。時おりゾンビが徘徊しているだけで、神々の塔が建つ都市と同じようにその辺に死体が転がっていた。
「ミオ」
「なに?」
「ナゼ、シタイガ、ソノヘンニアル?」
「えっ…それは…、あの病気が広がったせいだけど。今更そんな?」
病気? こんなに大量に死んだという事は疫病か? 前世でも都市が疫病で大打撃を喰らう事があったっけ。魔王討伐のダンジョン攻略途中で戻った折に、疫病が出たと言う事で俺達勇者パーティーが派遣された事があった。あの時はレインもエリスもいたから、あっという間に浄化されて国が正常化したのを覚えている。
「聖女やパラディンは居ないのか?」
「ごめんなさい。何が、いないって言ったの?」
「ナオスヒトハ、イナイノカ?」
「残念ながら治せなかったわ。最先端の医療をもってしても解決の糸口は見つからなかった」
「イリョウ? イシャ?」
「そう、お医者さんでも治せなかった」
すると前の席からヤマザキが言った。
「今となってもなんだか分からないが、最初はちょっとした熱病だったんだよな。それがあっという間に伝染していって、狂いだす人間が出たと思ったらそれがゾンビだった」
俺がミオを見ると、今の事を分かりやすく説明してくれた。
ん? まてまて、ゾンビが熱病って言ったか? あれは…呪い…いや魔力のせいだぞ。死体に周囲の魔力が溜まり、魂の残骸が残ったものがゾンビになる。聖職者が浄化魔法を施して無力化できる類のものだ。それか頭を破壊して動かなくするか、体を粉砕して消してしまうか。まあある程度のレベルの冒険者なら、その対応はそれほど難しくないはずだが。
「ナゼゾンビヲ、ショリシナイ?」
するとミオが困ったような顔で言う。
「ヒカルは、もしかしたら普通の暮らしをした事がないのかしら? 軍の兵器として頑張って来たのね? 一般市民には軍隊のような力は無いのよ」
俺は軍隊ではないが、勇者パーティーとしてずっと戦って来たのは間違いない。だが俺は自分を兵器だと思った事は無いんだがな…。いや…物心ついたころから、戦いの訓練に明け暮れていたから、あながち違うとも言えないか。成人してからも、ずっと魔王ダンジョンに潜りっぱなしだったしな。
そう考えると少し悲しくもある。
「ヘイキ…カ…」
俺が呟くと車内がしんみりとしてしまう。どうやら俺に対して同情の心が芽生えているらしい。だがその必要はない、俺は勇者として当たり前の事をしてきただけだからな…
いや…、当たり前の事だったろうか? 王に命ぜられ世界を滅ぼしかけたのは、本当に当たり前の事だったのだろうか? 十代の頃からずっと魔王討伐の為に戦って来た。俺の人生はそれで良かったのだろうか?
少しだけ分からなくなる。
「オレハ…タタカイシカシラナイ…」
俺がそう言うと、突然ミオが俺にしがみついて来た。
なっ! いったいどうしたというのだ?
「大丈夫だからね。これからは自分の人生を生きて良いんだから! こんな世界になってまで戦いに明け暮れる事は無いのよ」
そう言ったミオは少し涙を溜めているようだった。その事で俺の心の奥底にあった、淡い感情が奮い起こされる。
エリス…
俺はふとエリスの事を思い浮かべてしまった。エリスは魔王討伐が終わったら、俺と一緒に暮らす事を夢見ていた。そしてそれは俺も同じだった。ミオにそう言われた事で、俺の奥底にあったいろいろな感情が浮き出て来る。
「そうだ! ヒカルは凄い力を持っているが、俺達と同じ人間らしい暮らしをしていいんだ」
「そうそう! 戦いがすべてじゃない」
なんだかヤマザキとマナまでが、俺に同情するように言って来る。
だが…、別に戦いばかりだった訳でもないかも。ポータルを使って魔王ダンジョンから戻った時は、美味い物も食ったし僅かな休憩も取れた。レベル上げと神器を集める旅もそこそこ楽しかったし、戦いばかりに明け暮れていたわけではない。とはいえ、十代から二十代を全て魔王ダンジョンに捧げて来た事は事実だった。
「これから…こんな世界だけど、ヒカルは自分の為に生きて」
自分の為にか…、そんなこと考えた事も無かったな。だが違う世界に来てまで、誰かの為に戦うってのも違う気がする。前世では王や民の為に戦ったが、今は誰の為に戦うというのだろう。
「私達と一緒に生きましょう」
「分かった」
そうか…、ようやく俺も分かって来た。俺は魔王ダンジョン攻略の呪縛から解き放たれたのだ。俺はもう誰かの為に戦わなくても良いって事だ。そう考えてみると世界が違った風に見えて来た。
俺は…俺の思うがままに生きて良いんだ…
「私はあなたの味方だから」
ミオが言う。
「俺の味方…」
「そう、味方」
「そうか…」
「これからは人間らしく生きていいのよ」
「人間らしく…」
前世で俺の味方はレインとエルヴィンとエリスだった。だがこれからはミオやヤマザキが俺の味方…。どうやら俺は新たな味方を見つけたようだ。これから恐ろしいモンスターに出会うかもしれないが、力を合わせて立ち向かおうという事だ。
「空港が見えて来たぞ!」
「ようやくついたわね」
「みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶわ!」
「だが、危険な都心部に回収班を出さなければならないからな、話はこれからだ」
「でも何も無いよりいいじゃない!」
「だな」
皆の話がまとまったようだ。俺は良く分からないままに、新しい都市へと連れて来られたのである。その時だった…
「何だあれは!」
ヤマザキが声をあげると、ミオが呆然と言った。
「な…なに…あれ…」
前を走っていた他の奴らの車も停まっている。
そしてその先には…大量にゾンビが居たのだった。大量のゾンビが柵に群がり、その中に入ろうとしていた。どうやら人々がいる都市に、ゾンビの群れが押し寄せてきているらしい。なぜあんなに大量にいるのか分からんが、あれでは邪魔で都市に入る事が出来ん。
「ここが拠点か?」
俺がミオに尋ねるが、俺の声はミオの耳には入っていないようだった。




