第122話 強化訓練
武道館は前世で言うところの円形闘技場、コロシアムのような場所だった。名も無き戦士が、名をあげる為に命を賭けて戦う場所に似ている。観客席が設けられており、ここでは武道や歌劇などを見る事が出来るらしいのだ。
ツバサが俺に言う。
「どう?」
「ああ。これだけ広ければ十分だ」
「私はコンサートを見に来た事があるだけだけどね」
「コンサートか、DVDでは見た事があるな」
「実際に見るのとではぜーんぜん違うんだから!」
「そうか。それは見てみたかったな」
「だよね…」
ツバサは周りを眺めるようにして、しみじみと言う。ツバサの青春がここにあったのだろう。するとユミがツバサに聞いた。
「誰が好きだったの?」
「アイドルよ」
「えー、だれだれ?」
すると女達が好きな者を言い合って盛り上がっている。どうやら皆共通の話題があるようだ。俺がしばらくそれを眺めていると、ヤマザキが俺に話しかけて来た。
「それでどうするんだ?」
「ああ。まずは身体がどうなったのか知る必要があるだろ?」
「そうだな」
「じゃあ、説明するか」
俺が言うとヤマザキがみんなに声をかける。
「よーしみんな集まれ!」
皆が集まり、俺に集中してくれている。
「これからやる事は難しい事じゃない」
「「「「「はい」」」」」
「ふふっ、いい返事だ。まずは、俺が回収の時に持って来たこれだ」
俺がバックから取り出したのは、剥がして貼れるシールと言うものだった。それを一人一人に配っていく。
ミオが聞いて来た。
「シール?」
「そうだ。小さいのがいっぱいあるだろう」
皆が手に取ってシールを見つめていた。そこで俺がやる事を発表する。
「まずは…そうだな。タケルから行こうか」
「わかった、なにするんだ?」
「タケルはこのシールをここに居る全員に貼る。皆はこのシールを貼られないように逃げ回る。タケルがシールを貼り終わったら終わりだ。それだけだ。」
「どう言う事だ?」
「シールを貼られた者は攻撃を受けた者とみなして離脱する。全員捕まえるまでの制限時間は十分、それを過ぎたら終わり。やる事は以上だ」
するとそれを聞いたアオイが言った。
「鬼ごっこだね!」
だがタケルが不思議そうな顔で言う。
「役に立つのか?」
「そう思うならやってみろ。タケルはここに、皆は散らばってタケルに捕まらないように備えろ」
「「「「「はい」」」」」
そして皆が散らばっていく。タケルは俺の側で皆を目で追っていた。皆が止まって合図を待つ。
「始め!」
するとタケルが走って追いかけ始める。だが皆がそれぞれに散らばって、一瞬誰を追うのか躊躇した。だがタケルはすぐに標的を絞った。それはアオイだった。
「わーーーー」
アオイは焦って逃げ回るが、子供のアオイはすぐにつかまってしまう。
「貼った!」
「あん! もうっ!」
アオイが俺のところに来る。そしてタケルが次に標的に選んだのは、ヤマザキだった。それもあっという間につかまってしまう。
「よっしゃ!」
タケルはすぐさま次の標的を決めて、追いかけ始める。皆は必死に逃げるが、一人また一人とつかまっていき、とうとう最後の一人のミオが捉まった。
「ハアハアハアハア…」
「ハアハアハアハア…」
タケルとミオが息を切らして、俺の所にやって来た。
「お疲れ様」
「ハアハア、思っていたよりきつかった」
「そうだろう? だが上出来だ。五分もかからずに全員を捕まえる事ができた」
「ふーっ。とりあえず次は?」
俺は皆を見て言う。
「まずは息を整えろ。深呼吸だ」
皆の息が少しずつ収まって来たので、俺はミオを見て言う。
「一番最後まで残ったミオが、今度は全員を追いかけろ」
「はい」
さっきと同じ要領で皆が散らばり、俺の始めの合図で追いかけ始めた。ミオが次々とシールを張っていくが、結局十分を超えてしまう。タケルだけが最後まで逃げ切った。
「ハアハアハアハア。む、無理だった」
皆が座り込んで天を仰いでいた。
「上出来だ。さあ、まずは息を整えろ」
皆の息が収まって着た頃に、最後につかまったツバサに向かって言う。
「今度はツバサがみんなを捕まえろ」
「はい。ていうか…なんか…」
「どうした?」
「さっきまでさんざん走ってもう無理だと思っていたけど、休んだら走れる気になってくる。本当なら、くたくたなはずなのに」
「そういう体になっている」
「嘘みたい…」
「始めるぞ!」
そして次はツバサが追いかける。同じように繰り返しているうちに、五人目あたりで変化が出て来た。タケルとミオとツバサ、そしてアオイはまだ動けるようだがヤマザキが手を上げて言う。
「す、少し休ませてくれないか」
「わかった。ヤマザキは今回は外れろ」
「すまない」
そして再び同じことを繰り返す。アオイは残念ながら二人くらいしか捕まえる事が出来なかったが、とにかく全員がやり終わった。
「よし。それじゃあニ十分ほど休憩だ。それまでにじっくりと息を整えて走れる準備をしろ」
するとユリナの指示で皆が体を伸ばし始めた。どんな効果があるか分からないが、皆の心拍数がかなり収まってきているのが分かる。
「ニ十分経過だ。いいか? 皆で俺を捕まえろ。もちろん飛ばないし、身体強化も使わん。一人でも俺にシールを張ったらそこで終わりだ」
タケルが呆れて言った。
「マジかよ。ヒカルを捕まえる?」
「皆で話し合って囲い込んでもいい。とにかくどんな手段を使っても俺にシールを貼れ。制限時間は三十分やろう、恐らく皆の体力に限界が来る」
するとタケルがみんなに向かって言った。
「おいおい! ヒカルの野郎! 俺達を舐めてんぜ! 捕まえてやろうじゃねーか!」
「「「「「「おー!」」」」」」」
今度は俺を捕まえる為に皆が散らばっていく。どうやら皆で作戦を考えたようだった。俺は皆の真ん中に立ってそれを見ていた。
俺が言う。
「はじめ!」
皆が俺に向かって一斉に走って来るが、俺はそれからやすやすと逃げた。結局の所、俺は三十分間逃げ切る。
タケルが吼えるように言う。
「ずりーよ! ヒカルを捕まえられるわけねーじゃん!」
「だが俺は力を使っていない」
「ものが違いすぎんだろ!」
「だが。これが訓練だ。組織的に俺を捕まえるもよし、個人が頑張って捕まえるのも良し。自由にやってくれていい」
「捕まえられんのかね?」
俺も捕まえられる事は無いだろうと踏んでいる。だが目標が高ければ高いほど、その高みに向かえば向かうほど身体強化というものは花開く。それは体感で掴んでもらうしか方法がない。
「出来る出来ないじゃない。やる! ていう意思だ」
「分かったよ」
するとユリナが口を挟んで来た。
「ていうかさ…そもそもだよ。私達かれこれ三時間くらい走ってるんだよ?」
それを聞いたタケルが驚いて言う。
「確かに…マラソンの時間じゃねえかよ」
「インターバルを置いたと言っても、このくらいの疲れですんでるのが変だよね」
「…確かにそうだ」
するとヤマザキも言う。
「むしろ、異常だ。俺だってこんなに走り続けたことは無いぞ」
皆が一斉に俺の方を向いた。
「それが身体強化だ。だが無尽蔵に体力が続く訳じゃない、俺ですら永久に休まずにはいられないからな。だがどうだ? 自分達の体が変わった感想は」
するとマナが言った。
「自分じゃないみたい」
ユリナも嬉しそうに言う。
「なんか。十代に戻ったみたい、いやそれ以上かも」
だが俺は皆に告げた。
「すまない。これだけやらせておいて、後から言うようで悪いが反動が来る。その前に拠点に行って休むんだ。飯でも食って寝た方が良い」
「反動ってなんだよ」
「元々の運動能力を超えた動きをしていたのに気が付いていないか?」
「そ、そうなのか?」
「みな。俺を追っていた時は、既に限界を超えた動きをしていた」
「マジか…」
「とにかく休んだ方が良い」
俺達は武道館を出て国立図書館に戻った。恐らく皆は今日これから知る事になる。だが、それを先に伝えて力加減をセーブされては意味が無いのだ。
飯を食ってしばらくすると、皆がうとうとし始める。眠れなかった日々の反動で、どっと疲れが出た事だろう。だが…そのまま眠れるかどうか…。皆が少しずつおとなしくなってきたので、俺は皆に早く眠る事を薦めるのだった。
少ししてそれは始まった。
「痛たたたたた」
タケルが先に声を出して起きる。俺はすぐさまタケルの所に行って回復魔法をかける。
「な、なんだよこれ」
「急速に成長しているんだ」
「ま、マジ? 成長? こんな年になって?」
「そうだ」
すると女達の寝ている方からも声が聞こえてきた。
「痛い!」
「く、苦しいんだけど」
俺はすぐさま皆の所に行って回復魔法をかけた。皆が自分の体に起こった事を聞いて来たが、それに対してタケルが答えた。
「成長痛だってよ」
するとユリナがあっけにとられた顔で言う。
「はっ? この年で?」
俺がなだめるように言った。
「しばらくは我慢だ」
結局、全員が起きて体の不調を訴えた。俺はその都度、回復魔法をかけて皆を治していく。唯一アオイだけが痛くないと言っていた。
そしてヤマザキが言う。
「目が冴えるんだが」
「仕方がない。無理に寝る事も無い」
俺が言うとユリナがヤマザキを見て言う。
「何か…山崎さんが若返ってない?」
するとユミもヤマザキを見ながら言った。
「えっ? 山崎さんがシュッとしてるんだけど」
皆がまじまじとヤマザキを見た。明らかにヤマザキの顔の皺が減った。恐らく筋肉が張って皺が伸びてきているのだろう。ヤマザキが自分の手を見て言う。
「ま、マジか…」
そしてタケルも言う。
「お、おい! なんだこの体」
タケルが上半身の服を脱ぐと、更に筋肉に張りが出てきているようだった。
「ムッキムキじゃねえか!」
ヤマザキとタケルの反応をよそに、女達が突然、手鏡や鏡を取り出して自分の顔を見始めた。
「す、凄い」
「えっ、張りが違うんだけど」
「顎のラインがくっきり出てるー」
「クマが無くなった!」
「うっそ、ほうれい線がきえてるんだけど!」
「顎のしたの肉が無い!」
女達は色めきだって、自分の容姿について話し合い始めた。そして一斉に俺を見て言う。
「「「「「「先生! 明日もお願いします!」」」」」」
どうやら女は若返る事に貪欲なようだ。皆がやる気になってくれた事はとても嬉しい。
引き続きよろしくお願いします!




