第116話 強制感染
俺とヤマザキは上階に上がって内緒話をするようになった。皆に話を伝える前に、伝えるべき事と伝えないでおくべき事を選別する意味があるからだ。今のところ特に皆が不思議がる事は無く、今も俺は地下一階層まで上りヤマザキと向き合っていた。
地下一階から四階には雑誌と呼ばれるものが置いてあり、文字の読めない俺も時おり目を通すようにここに来ていた。更に、ここは様々な書籍が大量に保管してあり、この世界の様々な知識が詰まった場所である。
俺がヤマザキに言う。
「皆も、時おり地上に出て陽の光を浴びた方が良いだろう」
「花山組が動くんじゃないか? 下手に動くと見つかるぞ」
「さすがにそれは考えにくい。ハナヤマグミが完全な素人組織ならそれもありえるが、今回の俺の動きによって間違いなく各拠点の守りを固める。もしくは拠点を移す可能性だってあるはずだ」
「そうなのか? ヒカルが何をやったか知らんが、それだけ相手にとって深刻な状況を作り出したと言う事だな?」
「そういうことだ。次に敵が動くようなら俺は徹底的にやるつもりだ」
「わかった。それで皆の体の事だが、ヒカルはどう考える?」
俺は皆の体に入り込んだ時限装置について考えていた。
「そうだな…敵が動かないうちに、ひとつやっておきたいことがある」
「やっておきたい事?」
「そうだ。それには少しの時間が必要となる、今、現存している食糧でどのくらい持つ?」
「謎の添加物が分からない以上、全部を食べると想定した場合で二週間から三週間だな」
三週間でギリギリか。後は俺に教える先生次第だが…
「俺は急いで言葉を覚えたい。この世界の言葉が読めるようになりたいんだ」
「…今、それが必要なのか?」
「たぶん必要になる。その前にいくつか人体について探る必要がある」
「曖昧だし難しそうな事だな? 何か策があると言う事か?」
「わからん」
俺の答えにヤマザキが絶句した。しかし本当の事だ。俺がこれからやろうとしている事は、そもそもが実現可能かどうか分からない。だが何もやらないでいれば真実も何も分からんだろうし、死んだら皆がゾンビになる可能性は高い。
ヤマザキはしばらく考え込むようにしていたが、俺の目を見て言った。
「ヒカルよ。俺はもう年だし老い先短い。だけどタケルや彼女らはまだ若い、俺が言うのもなんだが彼らを救ってやってくれ」
「最善を尽くすと誓おう」
「わかった。それで何を?」
「まずは俺が数日籠る。皆には俺が偵察に出たとでも言っておけ」
「数日か、何日だ」
「三日。長くても四日だ」
「わかった。いつからだ?」
「今だ」
「…皆に話をしないで行くのか?」
「悪いが急ぎたい」
ヤマザキは俺の肩に手を置き、しっかりと目を見て言った。
「よし。皆の事は任せろ。ヒカルはヒカルの出来る事をやってくれ」
「ああ」
ヤマザキと別れ、俺はすぐさまエレベーター通路を通り地上一階へ出た。そしてそのまま一気に国立図書館の四階へと上りドアを閉める。周辺にヘリコプターが来た時、俺がやっている事を中断する為にこの場所を選んだ。
出来るかは分からないが、まずは自分の体で調べるしかない。
この世界に来てから、俺も皆と同じ飯を食って来た。と言う事は、俺の体にもゾンビになる物質が入っている可能性がある。違和感を感じたことは無かったが、それはこの世界の物質に魔力や毒などが含まれていないからだ。毒であれば毒耐性が働く為、身体強化をすれば大体抜けているはずだった。
まずはバフで自分に強化を施す。
「思考加速、集中力強化」
次にデバフ魔法だ。
「毒耐性解除、身体能力低下、血流悪化、筋力弱体化、催眠」
少し自分の体がフラフラして来た。俺はいろいろ詰め込んで来たリュックサックを下ろし、そのままその場所に横になる。
「身体能力最低化、血流最悪化、筋力最弱体化」
さらに体の力が抜けていく。それでもこの世界の人間達に比べれば強いだろう。だが、なるべく自分の体を弱体化させて調べる必要があった。デバフをかけたことで極度に眠くなるが、俺は眠るのをこらえて自分の体の内部に集中していく。
次第に血流が遅くなっていき、筋肉も弛緩して来た。その事で思考加速した俺の頭は、自分の体の変化に敏感になっていくのだった。だが、素の状態では異物は発見できなかった。恐らくは強化された俺の体に、おかしなものが入り込む隙が無かったらしい。
無いか…ならば。
俺はだるい体を起こして、リュックサックから缶詰を取り出した。そしてそれを口に入れて咀嚼して飲み込む。確かに何種類か体に受け付けない物はあるようだ。
次は…。
加工されて保存用になった肉を手に取る。そしてそれを一口かじって咀嚼して飲み込んだ。
なるほど。
体に受け付けない物がすぐに見つかった。数種類あるが、どれが対象の物質なのか見分けがつかなかった。
次は…。
甘い炭酸の飲み物を飲む。するとそれにも体が受け付けない物質は数種類入っているようだ。
次は…。
と次々に、お菓子や乾燥麺やらの加工品をかじっていく。どれにも体に良く無い物が入っているようだった。
さらに玄米を取り出して生のまま噛む。
無い…。これには含まれていない…
そして今度は乾燥したドライフルーツを口に入れて飲みこんでいく。ユリナが言うには添加物という物は使われていないそうだ。
確かにほとんどは安全だった。だが果物の種類によってはそれがかすかに含まれている物がある。食べ物を食べて一息つき、俺はペットボトルの水を一リットルほど飲み干す。後は消化して体に吸収する必要があった。
俺はそのまま横になりすぐに眠りにつく。いつもの深眠ではなく何もせずに自然に。そして数時間後に目が覚める。
どうやら吸収したようだ。だが深部まで浸透するのにはもう一日かかるだろう。
尿意がしたので俺はその階の便所に行って用を足す。するとある事に気が付いた。
「抜ける物と抜けない物があるのか…」
物質には抜け出るものと留まるものがある。
俺は再び、自分の体にデバフ魔法をかけた。いつの間にか魔法の効果がきれており、自分の体に戻りつつあるからだ。それから弱体化した体を強制的に動かす事にする。俺は四階から一階までの階段を何度も往復し、フラフラになるまでそれを続けた。汗が出なくなってきたので、いったん四階の部屋に戻り水を一リットル飲み干す。さらに自分の体にデバフ魔法をかけた。
寝たらどうなるかな…
俺は再び眠りにつくのだった。目が覚めたのは次の日の朝で、こんなに長い時間眠った事はないが、デバフで弱った体は睡眠を欲しているようだ。そして便意がしたので便所に行って用をたした。
さて、やるか。
俺は再び自分にデバフ魔法をかけて弱体化させる。そして再び動けなくなるまで、一階から四階を往復して走る。フラフラになって来たが、それでもかまわずに走り続けた。動けなくなってきたので、そのまま四階の部屋に戻り水を飲んで横になった。また眠り数時間後に起きると、便意をもよおしたので再び便所に行く。
再び自分の体に弱体化のデバフをかけて、一階から四階を走り続けた。また体が動かなくなってきたので、俺は四階に戻って水を飲んで眠った。
三日目の朝。
「分かりそうだ」
便意をもよおして再び便所に行き、俺はまた走り始めるのだった。そして動けなくなるまで走り続け、その場に座り込んだ。俺はすぐさま意識を集中させて、自分の体に起きた変化を探っていく。
体の深い部分まで意識を集中していくと、あることが分かって来た。ほとんどの体に悪い物は抜け出ていたが、抜けずにとどまったものがある。俺は深層意識の中で、それを手に掴んでみるイメージをしてみる。
何だ…これは…
それはまるで、心臓でもあるかのように脈打っている。俺の意志とは関係なく脈打ち、勝手に蠢いているようだった。
分かったぞ。
これは俺の肉だった。俺の肉が俺とは関係なく脈打っており、まるで体の中で生きているようだ。
間違いない。これが原因だ。
この世界に来てから今までは俺の体の強さと耐性により、成分が肉に入り込むことが出来ないでいたらしい。それが弱り切った体にようやく入り込んだのだ。
どうなるか?
俺は一気に身体強化をかけて、自分に解毒魔法をかけてみる。そして集中して自分の肉を感じてみた。
抜けない。
どうやらそれは、俺の肉に住み着いて鼓動を始めているようだった。俺も皆と同じように、それを体内に取り組むことが出来たのだろう。皆と同じ条件に成れたことで、俺は自然と笑いがこみあげて来る。悪い事ではあるが、皆と同じ条件で生きれる事が嬉しいのかもしれない。
だが。
俺はペットボトルの水を飲んで体を回復させていく。回復魔法と身体強化と毒耐性を施しても、それらは抜け出ていく事が無かった。
「よし、行くか」
俺は回復した体で、皆の元へと走るのだった。俺が戻ると皆が心配そうな顔で出迎えてくれた。あちこちに置かれたカンテラで室内は薄明るいが、皆の表情が手に取るように分かる。
「ヒカル! どうだった?」
ミオが早速、声をかけて来た。
「あ、ああ。ヤクザは動いていないようだ」
「そう…よかった」
俺はヤマザキに目配せをする。するとヤマザキが言った。
「今回は疲れたようだなヒカル。一旦やすんだらどうだ?」
「ああ、そうさせてもらう」
「それに少し話もある。一緒にいいか?」
「かまわん」
そして俺とヤマザキが、皆と離れた場所へといって話を始める。
「ヤマザキ」
「どうだった?」
「見つけた。そして俺も取り込んだ」
「な、何だと…なんでそんなことを! ヒカルに何かあったらどうするんだ?」
「仕方がない、そうでなければ分からんからだ。だが間違いなくその物質はあった。一度取り込めば抜ける事は無さそうだ」
「ど、どうするんだ? まさか、おまえまで!」
ヤマザキが声を荒げるので落ち着かせる。
「まあ待て、皆に聞こえるだろう。とりあえず座れ」
「あ、ああ」
「俺には考えがあってやってるんだ。とにかくここからは文字を覚える。読み書きの先生は、誰が良いか聞いておいてくれたか?」
「もちろんだ。ミオとミナミとユリナが先生だ。ミオは語学が堪能だし、ミナミとユリナは高学歴だからな」
「よし。なら一時間後に始めると三人に伝えてくれ」
「わかった」
ヤマザキが立ち去って行き、俺は自分の腕や足をまじまじと見る。確かにもう自分のものでは無いような感覚がある。体の深層の肉の蠢きを確かに感じつつ、俺は次なる可能性を模索する為に精神を集中させていくのだった。




