第114話 ヤクザ男の懺悔
部屋の玄関を閉めているので、ゾンビが入ってい来る事はない。ベッドの上で胡坐をかくヤクザ男のグラスが空になったので、俺は自分の持っている酒瓶から酒を注ぐ。
注がれる酒を見つめながら男が言った。
「俺が思うに、花山組は利用されたんだよ」
男の正面でヤマザキが話を聞いている。
「利用された?」
「ああ。元々ヤクザの仕事なんてのはまともじゃねえが、違法な事ばかりじゃねえんだ」
「ヤクザの事は良く分からん。どんな仕事があるんだ?」
「分かりやすい所では、特殊詐欺や違法薬物なんてのがあるだろ?」
「俺達のヤクザのイメージはそうだ」
「それ以外にも、債権回収とかギャンブルとか違法アダルトサイトの運営とかな」
「それもなんとなくは知っていた」
そして男はグビリと酒をあおる。俺は空になった男のグラスに酒を注ぐ。
「わりいな」
「そのまま話を続けろ」
「ああ」
男はまた一口だけ酒を飲んで言う。
「美味い」
「ああ」
「…そんで合法の仕事ってのはよ、酒の卸なんかやってたり観葉植物のレンタルとかもしてるんだ。案外、普通に社会に溶け込んでたりするんだぜ」
「そうなんだな…」
「ああ」
ヤマザキとタケルが興味津々に聞いている。どうやら彼らも知らない事らしい。そして男が話を続ける。
「あとは飲み屋とか風俗も経営してたりしてよ、まあ、そんなまともな仕事は裏家業の隠れ蓑みたいなもんだけどな。それでもきちんと収益があって経費とかも考えてやりくりされている」
「なるほどな」
「そしてさっき違法薬物つったろ? まあ分かりやすく言うとヤクだな。だが覚せい剤ばかりじゃなくて、合成薬物なんかの販売もしてんだ。海外から仕入れた薬をな」
「体には悪いやつなんだろうな」
タケルが言うと、男は笑って答える。
「だな。体を蝕むのは間違いねえ」
「そんなヤクザが何で利用されたんだ?」
「それがよ。ヤクより儲かる薬や食品があるって話が舞い込んで来たんだよ。もちろん俺達の支部にもその話は入って来ていた」
「ヤクより儲かる薬? 食いもん?」
「そうだ。まあ健康食品や、食品添加物とか薬事法的に薬と認定される奴とかな」
それにヤマザキが割って入る。
「なんでヤクザなんだ? そんなのは大手食品会社や、薬品会社の仕事だろう?」
「普通はそうだ。だが最初に試す必要があったんだよ」
「試す?」
「ああ、その効果をだ」
「効果?」
そしてヤマザキが少し考え込むようにしてから、男に言った。
「もしかしたらその相手がファーマー社?」
「結果からすると、そういうことだと思う」
「‥‥‥」
「ある成分が配合された健康食品や薬を、風俗界隈や水商売界隈にばら撒いたんだ。しかも花山組はそれらを仕入れ、言い値で売って良いと言う事になった」
「それで?」
「なんと、その食品や薬は飛ぶように売れたんだよ。まず一番の効果としては疲れが取れる。そして、いくら動いても疲れないし、眠らなくても疲労しないと評判になった」
「そんなものがあるのか?」
ヤマザキとタケルが目を見開いている。それを見た男が言った。
「まるでヤクだろ? ハイになるわけじゃないが、疲れなくなるなんてな。普通の栄養剤なんか気休めにしかならないが、それは比較にならないほど凄かったんだ」
それを聞いていたタケルが言った。
「輸入しているヤクザもそれを口にしたのか?」
「いや…俺達はそれを口に入れなかった。ヤクも合成薬物もよっぽどのアホじゃない限りやらない。やったら人間おしまいだよ」
するとタケルが男の胸ぐらを掴んで言う。
「それを買った奴らはどうなるんだよ!」
俺がタケルの手を解いて座らせる。そしてヤクザの男は苦笑いをして言った。
「だからヤクザなんだよ。ヤクザは金の為に何でもするんだ」
ヤマザキが言う。
「まあ、確かにな。普通の人間はそんな事しない」
「そう言う事だ。とにかく俺達はその食品の効果を上にあげるだけで金が貰えた。花山組の大きな財源の一つになったんだ」
「それはそうだろうな…。更に合法ときたら販売手段も大きく広げられる」
「そう言うことだ」
ヤクザは説明を切ってふと息を吐いて、グラスに注がれていた酒を一気に煽る。そして表情が変わり、そこからは目つきが鋭くなった。何かの本質を言おうとしているらしい。
「それらがある日、打ち切りになった。突然、その食品や薬が入って来なくなったんだ」
「いきなりか?」
「そうだ」
「それじゃあヤクザも怒るだろう?」
「上層部は怒ったさ。だけど相手は健康食品や薬品だけじゃなく、軍事産業やIT企業もやっている巨大総合企業だ。それ以上踏み込めばアメリカのマフィアとも喧嘩になるだろ? だから泣き寝入りするしかなかったのさ」
するとタケルが皮肉な笑いを浮かべて言う。
「ふっ、まっとうな仕事にありつけそうだったのに残念だったな」
男はまた苦笑いして俯いた。
「少しの希望があったさ。日の目を見る会社になるかも知れねえとな、ヤクザの幹部が大企業の部長になるんじゃねえかなんてよ」
それを聞いてタケルが同情した表情を浮かべた。ヤクザの男は続ける。
「まあ、いままでアコギな事をやって来たんだ、そんな虫のいい話があるわきゃねえ」
「まあ…残念だったな…」
ヤマザキとタケルは可哀想なやつを見る目で男を見ている。
「そしてあの日が来た。ファーマー社は、その成分が入った食品や薬品を世界中に販売し始めたんだ。その結果その成分はいろんな薬品や注射、健康食品や普通の加工食品にまで入り込んだ」
ヤマザキが言う。
「世界中の人間が疲れ知らずで働き続ける…か。大企業にとってはありがたい話だな」
「そういうことだ。そのおかげで世界の生産性が上がり、経済が発展し始めたんだ」
「確かに、株が高騰したりGDPが上がったりした時期があった」
「だがそんなのは束の間、ほんの二、三年の話だ」
「それでどうなった?」
すると男がまた酒を飲みほした。恐らくしらふで話す事が怖いのかもしれない。それが証拠に男には全く酔っぱらう気配がない。
「死なねえんだよ…」
それで俺達もピンと来た。
「死なない?」
「ああ。だがそれも確証はねえ、だが俺達、花山組はその現実を先に掴んだんだ」
「風俗や水商売の人間でか…」
「そうだ。俺達の息がかかった店で人が死んだとき、そいつらが動き出して人を襲い始めたんだよ。最初は殺して海に沈めていたらしい」
「なるほどな…」
すると男は目頭を押さえるようにして俯いた。
「俺達が…花山組が生き残ったのはそのおかげだ。人間が次々にゾンビに変わる中で、花山組の一部の人間は変わらなかった」
「そう言う事か…」
一連の流れを聞いて俺は気が付いた。死んでゾンビになる奴とならない奴がいる事をだ。そこで俺が質問をする。
「それなら生き残る奴がもっといても良いと思うんだが?」
「はは。あんた外国人かい?」
「まあ、そんなところだ」
「その成分はなんにでも入り込んだんだよ。輸入の肉やレトルト食品、外食産業なんざあほとんど含まれていた。それは海外でもな」
「ほぼ全員が食ったと言う事か?」
「まあ…推測だ。その薬が義務でばら撒かれたのが何処だと思う?」
「さあ」
「自衛隊や警察だよ。海外では軍隊にまかれた」
「疲れを知らない兵士か…」
「だが結果はこの通り。だけどその中でも、その成分を口に入れない奴もいた。俺達の仲間でヘリコプターを操縦する奴や、武器を使って襲撃をする奴には自衛官や警察官もいる。そもそもアメリカ兵の逃げ残りも残っているしな」
「逃げ残り?」
「ああ。米軍はその事実をいち早く察知して逃げた。その際に逃げ残った奴もいるのさ」
ヤマザキが聞く。
「米軍が逃げる? 日本を守るはずの米軍が?」
「あいつらも壊滅したのさ。俺達が基地に行った時はもぬけの殻、僅かに残った米兵と自衛官がそこにいた」
「なるほどな」
「俺達はそこに集まった。日本中の花山組で無事だった奴が海路を使って集まったんだ」
今の一連の流れで話は分かった。だが全てがその通りかどうかは分からない。男は自分の推測だと言っていた。
だがタケルが怒ったように言った。
「なら! ならなんで、生き残った日本人達を殺して回ってるんだよ」
男が首を垂れて言った。
「物資の回収と、子供が産める若い女や子供を集める為だ」
「人さらい?」
「そうだ」
「なんで!」
「人を生かすためだ」
「なぜ他の奴らを殺す?」
「生かしてたらゾンビになるだろ。それに食糧は限られている、殺していかねえとこれから生き延びていく人間の食料が無くなる」
「協力して生きていくとかあったろ!」
「しらねえよ。上の奴らが決めたことだ」
「‥‥‥」
ヤマザキが更に聞いた。
「あと知っている事は? 花山組のアジトはどこに?」
「潰された幕張、俺達がいた横須賀基地、ディズ〇ーランド、お台場、京葉臨海コンビナートだよ。それに花山組っつってもその傘下の組も方々に散っている。元は戦争してた組も今は仲良しってやつだ」
「他に知ってる事は?」
「さあな。大体そんなところだ」
「ファーマー社の連中は?」
「こんなとこにゃいねえ。つーか、世界中に支部があんだろ? 詳しくは知らねえ」
「ヘリの数は? 武器の数は?」
「悪いが知らねえよ。俺達は与えられた中でやってるだけだ。他は本当にしらねえ」
「そうか…」
そして男はそれ以上語る事は無かった。グビリグビリと酒を飲み干している。
「だがよ…」
ヤクザ男が俺達を見据えるように言う。
「敵はデカい。ファーマー社は世界中にあるし、世界の政治家はアイツらの息がかかってる。お前達がどうあがいてもどうにもならんぞ」
ヤマザキが答えた。
「まあ、その通りかもしれんな」
「ま、わかりゃいいんだ。じゃあ、最初に言っていた俺からの願いを聞いてくれるか?」
「なんだ?」
「楽に殺してくれ。ゾンビにゃ食われたくねえ」
するとそれに対してタケルが言う。
「おまえ、家族は? 女房や子供は?」
「死んだよ。ゾンビになった」
「そうか…」
「なあ、頼むよ。俺はもう楽になりてえんだ」
男が俺の目を見て言う。俺がヤマザキとタケルに目配せをすると、二人は部屋から出て行った。そして俺はビンに残った最後の酒を男のグラスに注いだ。
「あんた、優しいところあんだな」
「さあな」
男はぐびぐびと一気に酒を飲みほした。
「ぷっはぁぁぁ! なんつーか! ひっさびさに美味い酒が飲めた。味もそうだが気分も最高だ!」
「そうか」
「じゃあ…頼むよ」
男は胡坐をかきながらも頭を下げた。俺は痛みを感じる間もないように一瞬で刀を振りぬくのだった。




