第110話 空母
既にヘリコプターは見えなくなったが、俺が目印を付けた人間が飛んだ方向はハッキリとわかっていた。暗い夜空には光る赤い線がひかれており、それが東の空へと続いている。陸上を逃げる魔獣や人間よりも、よっぽど追跡がしやすかった。
その線を辿るように、俺は夜の東京を疾走していた。タケルが言うには、俺がいつも乗るバイクよりも小さいオフロードバイクなので速度が出ないらしい。アクセルをいっぱいに回しても、百五十キロも行かないのだ。
「じれったいが仕方ない」
ヘリコプターの方がはるかに速いらしく、既に音も聞こえなくなった。ヤマザキの予測では羽田空港という場所に向かうんじゃないかと言う事だ。線を追って四十分ほど走った時、俺は自分のバイク以外の音を聞きつけてエンジンを止める。
どこだ?
そばにあった立体駐車場の軒下に入り様子を見ていると、どんどんエンジンの音が近づいて来た。俺が日本刀に手をかけて待機していると、大通りを何台ものワゴンとトラックが通り過ぎていく。かなりの車列となっており上空には三機のヘリコプターが飛んで行った。だが赤い線は戻っておらず、どうやら怪我人は拠点へと置いて来たらしい。
サン〇ャインビルを襲撃に行ったか。既にゾンビしかいないのにご苦労なこった。
しばらくは遠ざかるエンジン音を聞き、それが聞こえ無くなった頃に俺は再び赤い線を追って先を行く。ビルが無くなりどんどん見晴らしがよくなっていく。恐らくは東京都心を抜けて郊外に出て来てしまったのだろう。
すると潮の香りが鼻を突いた。恐らくは海が近づいて来ているのだ。そのまま走り続けていると、海が見えて来て何らかの施設が見えて来る。どうやら赤い線はそこに続いているようだった。だが俺がみた空港とは少し様子が違うようだ。
「よし」
俺はバイクを道端に置いて、その施設の柵を乗り越えて奥へと進んでいく。どうやら赤い線は海の方へと続いているのだった。建物の陰から陰へと伝いながらその場所にたどり着く。
「これは…海の上に立つ建物か?」
背の高い大きな建造物が海に浮いている。そして赤い線はその海に浮かぶ大きな建造物の中に落ちていた。
ここは空港ではなさそうだが…むしろ港だ。
周りを見回すと、その建物はどうやら岸に縄で繋がれているようだった。俺は縮地でその縄の所に現れる。そしてその建造物をよく見ると、微かに上下に揺れていた。どうやらこの建造物は海に浮かんでいる物らしい。
船?
気配感知。
その建造物の中には大勢の人間の気配がした。ゾンビの気配がしないので、恐らくは排除してそこに住んでいるのだろう。周りは金網で囲われており、港に浮かべた船を拠点にしているのだ。
綱を駆けあがり船の上を覗くと、そこにはヘリコプターが数機置いてある。そして船の上には数人の人間がいるようだ。
こんなところで生活しているのか…。だが、確かにゾンビ対策としては理想的か。大きくて、まるで島のようだ。
そして俺の魔力の赤い線は明らかにこの船の中に続いている。恐らく俺が斬った奴はこの船の中に収容されているのだ。そしてまだ生きている事が分かる。
船の縁につかまり、外側を伝って人間がいるところまで移動すると、船上で話す人間の声が聞こえて来た。
「マジで知能のあるゾンビがいんのかね?」
「まさか。恐らく人間がゾンビのふりをしてやったんだろ」
「でも居ないとも言えねえよな」
「まあ、わからねえけどよ。部隊を組んで行ったんだし、今回はへまはしねえだろ。九鬼さんも行ってるしよ」
「ちげえねえ。あの人が仕事を仕損じるなんて聞いた事ねえし」
「まあ、俺達の組に牙をむいた報いを思い知るだろ」
「尻の毛も全部むしられるな」
「まったくだ!」
「「「「あははははははは」」」」
なるほど。どうやら間違いなく俺が処分したヤクザの仲間だった。こいつらはどうやら部隊には組み込まれていないようで、平和に会話をしていた。全員が銃を持っているので、恐らくはゾンビを警戒しているのだろう。
俺は無造作にその船の甲板に乗った。だが甲板の上にいる奴らは気が付いていなかった。
俺は深く深く体勢を落として、次に剣撃を発動する。
「冥王斬」
俺はその甲板に置いてあったヘリコプターや飛行機などを一気に真っ二つにする。
「なんだ!」
「凄い音がしたぞ!」
「攻撃か?」
ドサ! ドサ! ドサ!
「おい!」
剣撃に巻き込まれなかった奴らが声を上げている。だがヘリコプターなどと一緒に斬られた人間達は、皆その場に崩れ落ちた。俺は縮地で斬ったヘリコプターの後ろに忍び、人間達の死角に入った。そして足元に落ちてる破損した機器を拾って、人間がいる反対側に投擲した。
ガン! という音に反応して、男達はそちらに向かって銃を乱射した。その隙に俺は一番手前の男の後ろに忍び寄り、背中の首の下あたりから脳天に向けて日本刀を刺した。恐らく正面からは無傷に見えているはずだ。俺はそのままそいつを持って前に歩く。
そして一番近い人間の肩を叩いた。
「なんだ?」
そいつがこちらを振り向いたので、俺はその死体をそいつに押しかからせた。
「うお!」
すると銃を撃っていた奴らがこちらを振り向いた。
「飛空円斬」
視界に映る男達を真っ二つに分断する。
すると銃声を聞きつけた男達が、次々と甲板に出てきたのだった。俺はスッと身を隠して、再び船の縁から外にぶら下がる。
「な、なんだ!」
「おい! 死んでるぞ!」
「くそ! 本隊が出てるんだぞ!」
「すぐに無線で連絡だ」
そいつはいけない。俺はすぐに甲板に上がり、入り口に突進して五人ほど一気に切り殺す。開いた扉から中に飛び込むと、慌てて出てこようとしていた男と目が合った。次の瞬間その男は縦に割れていた。もちろん俺が斬った。
狭い通路を走り、俺が横の部屋に入るとそこには機械がたくさんある部屋だった。中にいた連中が俺に向けて銃を構えようとするが、飛空円斬ですべて真っ二つにした。すぐに後ろの方から声が聞こえて来た。どうやら外の死体を確認した奴らが騒いでいるらしい。
「む、無線だ!」
といった声がこっちに近づいて来た。俺は入り口から入って来た男の眉間に刺突閃を叩きこむ。額に穴をあけた奴が倒れ込むが、その後ろからも銃を持った男が入って来た。
男達は、ガガガガガガガ! と銃を乱射するが、もちろんそんなものは当たらなかった。
とにかく無線で連絡されると面倒だ。
俺は入り口に行って、誰かが入ってくる前にそれをしめる。そしてその機械室の方を向いて、重心を低くして剣撃を繰り出した。
「冥王斬」
機器もろとも、その部屋の壁も斬る。するとあちこちで火花が散った。
ここは守りには良いかと思ったが不便だ。ここを奪取して皆で暮らす拠点にと考えたが、人間が攻めてきた場合に逃げ場がない。
俺は割れたガラスから外に出て、その建物のような部分を上に上にと登った。するとその船の全容が見えて来る。これは平らな甲板の船で、甲板の上にはヘリコプターが多数あった。全て俺が斬ってしまったのでもう飛ぶ事はないだろう。
スッと俺が真上を見る。夜の空が広がっていた。
「身体強化、脚力強化、魔力付与」
そしてザッと飛びあがり、次の瞬間、五十メートル上空に居た。下を見下ろすと船の全容がはっきりと分かる。おそらくその船は全長二百メートルくらいはあるだろう。俺はざっと距離を把握し、日本刀の柄を掴んだ。
「大地裂斬!」
その船の頭からしっぽまで、俺の剣撃が走った。最初は何も音がしなかったが、俺が船の甲板に着地すると、船は左右に割れ始める。俺はすぐさま走って陸地の方へと飛んだ。
地面に着地して船の方を見ると、船は次第に左右に頭を分けるようにして離れていくのだった。沈む船から出ようとする人間がどんどん海に投げ出されていく。
何か来たか。
陸地の方から数台の車がやって来た。
どうやら陸地の方にも人間がいるようだな。だが逃げられるのは厄介だ…
俺は一度暗がりに潜み、情況を見極める事にするのだった。




