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第16話 交渉と背筋

 革命軍幹部という肩書からして、年齢がさほど高いとまでは思わなかったが、それでもやってきたのがアークよりも年下の人物とは思わなかった。


 アークがその人物に出会ったのはこじんまりとした喫茶店のテーブルである。やってきた人物たちはこの店の主人は革命軍とは全く関係ないのだと言った。そのために話し合いは小声で行うことになった。しかし、店の主人はかなりの高齢であり、大きな声で話していたとして聞こえていたかどうかは分からない。


 幹部はヘンリー=ウェスタと名乗った。護衛のつもりか、その後ろには三人ほど強面の男たちがついてきていた。没落貴族らしく、苗字を持っているだけで何の役にもたっていないとその人物は軽く笑った。ヘンリー=ウェスタの名前は有名であり、ザハラは初めてこの人物と出合ったが、もっと覇気を持っている人かと思っていたのである。


「以前、どこかで会ったかな?」

「僕はアークさんをお見かけしたことはよくあります。浮島研究のアークと言えばシトラリアでは有名人でしたしね。直接お話をさせてもらったことはなかったはずですが」


 ヘンリーは集会場の時のように切羽詰まった表情をしていたわけではなかった。アークに会うことに対して緊張しているわけではなく、むしろ安堵の感情が強い。ヘンリーにとって、アークに会うというのは絶対的に必要なことでもあった。


「まずはご両親の事に関して謝罪させてください。僕らの活動に巻き込んでしまってああなってしまった」

「それは言わないでくれよ。父さんも母さんもそんなつもりで君たちに協力してたんじゃないだろう?」

「レギオスさんは、僕らの思想に共感してくれました。そのために写本を手伝ってくれて……当時は全く領主にも目をつけられていない状態だったから警戒するなんてことはこれっぽっちも考えてなかった」


 革命軍幹部ヘンリー=ウェスタの名前は有名であり、駐留軍も領主の私兵も血眼になって探している。当初の活動時にはヘンリーが街頭に立つことも多く、しかし本当は領主への反乱の話など一度もしていなかった。自分たちで、自分たちの事を考えるというヘンリーたちにとっては自然となってしまった考えを促しただけである。

 共感してくれる人物が増えるにつれて、中には過激な思想をする者もいた。いつの間にか、それらの人達がヘンリーたちの思想を隠れ蓑に騒ぎ出し、止められないほどに騒ぎは大きくなった。


 本当の意味で革命軍と呼ばれてよい集団というのは複数ある。しかし元となったのはヘンリーたちが率いる集団であって、その思想は反乱とはかけ離れていた。駐留軍の将軍が実体を調査すればするほどに革命軍というのが革命を起こそうとしていないという結論に達せざるをえないのはそこにある。もちろん、その調査結果を報告したのはザハラである。


「なるほど、だから実体が掴みにくかったのか」

「こちらは?」

「彼はザハラ。僕の協力者でシトラリアの駐留軍の兵士でもある」

「それは……僕たちを捕まえるつもりでしょうか?」


 アークと共にいるのが駐留軍の人間だとは思わなかったのだろう。ヘンリーの周りの人間が浮足立つ。だが、ヘンリーはその程度では動じなかった。捕まえるつもりだとしたらこのような少人数では来ないだろうということと、今それをばらす必要性を感じていなかったからである。


 アークはヘンリーの予想通り否定をした。しかし、その先はヘンリーの予想外のことだった。


「君たちを捕まえても意味がないだろう? 僕は父さんと母さんを助けるにあたって取引をしようかと思ってここに来たんだ」

「取引?」


 アークは少しだけ前のめりに座りなおした。


「過激派、とでも呼べばいいだろうか。彼らの活動を止めて尚且つ父さんと母さんの無実を証明する方法がある。だけど、僕にはそれを行うだけの力がない。協力者が少ないんだ」

「それで僕たちの力を借りたいと?」

「君たちの思想において、過激派といえども見捨てるというのは良くないことだという主張は分かる。だけど現実を見てほしいんだ」


 ヘンリーは考え込んだ。言われた瞬間に過激派を見捨てることはできないと言おうとしたのである。しかし、それを先にアークに言われてしまった。明らかに主導権をとられている気がする。ヘンリーは一度、それを自分の元に戻すことにした。



「アークさん、駐留軍の将軍はレギオスさんと知り合いだと聞きます。あなたがこうやってザハラさんと共に自由に行動しているという事からしても、それは事実なのでしょう」


 アークはそれに対して返事をためらったようだった。ヘンリーはそれを気にせずに続ける。


「普通は、そちら方面からレギオスさんの無実を訴えればいいはずです。僕らが手に入れた情報でも、レギオスさんはある程度の自由を認められていますよね。何か……、他に目的がありますか? ありますよね」


「驚いたよ、さすがに幹部と言われるだけはあるね」


 しかしアークも動じなかった。ザハラはそんな二人のやり取りに取り残された自分を感じている。内部捜査官としてのプライドが崩れていくのを感じながらも、目を離すこともできなかった。ヘンリーの後ろの三人も同じようなものだろう。


「ただ、今のところ君たちにそれを言うつもりはない。しかし、君たちの不利益にはならないという事だけは誓おう。これは信じてもらうしかないけどね」


 ヘンリーはじっとアークを観察しているようだった。頭の中で、損得だけではなくアークの人物というのを見極めているのだろう。


 たしかにアークは革命軍を利用するつもりだった。だが、その利用というのも革命軍にとっては良いことになるからこそ、アークは幹部に直接話をもってきている。

 一般的にはこういった交渉というのは信頼関係がなければ成立しない。初めて会うようなアークとヘンリーの間では、あまりにも危ない橋である。


 さすがにこれは決裂するのではないか、そうなった場合にザハラはかなり動きづらくなる。


 冷や汗をかいていたことに気づいたのはヘンリーが口を開いてからだった。



「アークさん、彼のことを知っているんですか?」

「彼とは誰のことだい?」

「いえ、忘れて下さい」


 ヘンリーは一度うつむくと、ため息をついた。顔をあげるとこういった。


「やっぱり僕じゃまだまだ力不足のようだ。負けましたよ、アークさん。貴方を信頼することとします。と言っても話の内容次第ですが」

「ありがとう」


 アークは当然だというように手を差し伸ばし、二人は握手をした。


「まだ、貴方の知らない事があると思いますが、覚悟はできていますか?」

「今更、僕に覚悟の事を聞かないでくれ。」



 そう言ったアークにヘンリーを含めて、その場にいた全員が何かを感じたようだった。またしても背筋にゾクっとする何かを感じて、ザハラは不安に包まれた。

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