第16話 決着、そして真の物語の幕開け
ウォルターは息をつき木剣を受け取ると、「彼」に向かって構えた。
その悪魔兵士と呼ばれた男は――私を牢屋に案内してくれた、あの親切な男性兵士。
グレンデル王国を追放されたはずのジムだった――。
「ウォルター先輩、私はとても嬉しいです」
鈍色に光る斧を持ったジムは、笑顔で言った。
彼は一見、普通の男性――兵士に見える。
だが彼が体にまとう「気」は、闇色に満ち悪道を行く者に見えた。
「グレンデル王国最強の騎士、あなた――ウォルター・モートンと戦えるのだから」
「ジム……君は悪魔に……女王に魂を売ったのか? 騎士道はどうした?」
「私はただ、強くなることが騎士道だと考えております」
突然ジムの体は膨れ上がり、元の体の三倍は大きくなっていた。
すでに体の色は血色に染まり、鬼の顔をした魔人と化している。
……私はジムを見ていて辛かった。
彼はすでに悪魔と契約を交わしてしまったのだ。
「ジム、それがお前の考える騎士道か」
ウォルターは木剣を改めて構えた。
「では稽古を始めよう。今のお前が、騎士から最も遠い状態だと分からせるために」
「黙れっ!」
ジムは斧を物凄い勢いで縦に振り下ろしてきた。
ウォルターはそれをいとも簡単に見切り――後方に避け、一瞬のうちに木剣をジムの首に当てがっていた。
「なっ……なんだと」
イザベラ女王は目を丸くして驚いていた。
「何をしている、ジム! お、お前は悪魔の力を得たのだぞ!」
ジムは首に当てがわれた木剣から逃れるために、あわてて床に転げた。
「ジム、それではダメだ」
ウォルターは木剣を地面に転んだジムに振り下ろす。
「う、うわあっ」
ジムはそれをかわそうとして急いで右に横っ飛びして、それを避けた。
ジムは巨体を起こしてすぐに立ち上がった。
しかし、彼の顔から大量の冷や汗が出ている。
いつの間にか、ジムの「みぞおち」にウォルターの木剣が突き立てられていたのだ。
――木剣ではジムは殺せない。
しかし騎士道では、木剣でも急所をとらえられた者は「死」「敗北」を意味する。
「う、うぬぬぬっ! ウォルターめ、そんなおもちゃで何ができるというのか!」
女王はいらだちを隠せない。
「ジム! ウォルターを斧で真っ二つにせよ!」
ジムはあわてて斧を力任せに横に振った。
しかしウォルターは一歩前に踏み出した。
そしてジムの頬を右手で殴りつけた。
ジムの巨体は尻もちをつき、斧は吹っ飛んだ。
「斧を横に振る場合は遠心力を使う。そのため欠点は内側となる。……稽古のときにそう教えただろう、ジム」
ウォルターは呆然としているジムに言った。
「お前のその悪魔の力は見事なものだ。だが、人間らしい繊細な技術をなくしてしまった」
「ふふっ……」
ジムは魔人の顔を弱々しく和らげ、ゆっくりと立ち上がった。
「とても敵わない。ウォルター先輩。ですが稽古を続けてください――。殺してさしあげましょう!」
ジムは懐からナイフを取り出し、ウォルターに向かって突進した。
「馬鹿者めっ!」
ウォルターは一喝し、ジムのナイフを持った右腕を手刀ではたいた。
彼のナイフは祭壇の骸骨の中に吹っ飛んでしまった。
ウォルターは再び声を上げた。
「こんな姑息な武器で、騎士に勝てると思うのか!」
「う、うわああああっ!」
ジムは叫んでウォルターの両手首を掴み、冷や汗を流しながらニヤリと笑った。
ジムの体を取り巻く闇の気が膨れあがった。
その気が彼の腕から、ウォルターの腕に流れ込もうとしている。
「よしジム、よくやったぞ! ウォルターよ、お前も悪魔となるのだっ」
イザベラ女王が叫ぶ。
――しかしウォルターは表情を変えない。
ジムの流し込む闇の気が、ウォルターの腕に流れていかないのだ。
「う、うおおおおっ!」
ジムが脂汗を流して魔力を込めても、ウォルターはその魔力をはね返している。
ウォルターの体の気が、ジムの闇の気をはね返しているのだ。
聖なる気は、悪魔の気をはね返すと聞いたことがあるが――!
「はあっ、はあっ……」
ジムは疲れきって地面に跪いた。
「なぜだ! なぜ私の悪魔の気がこの人に流れていかないのだ。彼が私よりずっと強いからなのか……!」
「それはな、ジム。僕が強いのではない。お前が悪魔に魂を売ってしまったからだ。誘惑に負け悪魔に魅入られたお前が、真の強さを追求する僕に勝てるわけがない」
「こ、こ、これが騎士道……」
ジムは顔を上げ、ウォルターを見上げた。
「き、聞いてください。女王は国全体を悪魔に売ろうとしている。そして王は……グレンデル国王は殺される」
えっ? どういう意味――?
そのとき、私たちの頭上で何かが弾けるような音がして――。
部屋全体が揺れた!
ジムの体に雷撃が落ちたのだ。
イザベラ女王は燃えるような恐ろしい目をして、右手を上げている。
女王がジムに向かって雷の呪術を放ったのだ!
「あ、ぐ……そ、そんな」
ジムの巨体は黒焦げになり、地面に這いつくばった。
ジムは――息絶えている……!
「まったく使えぬ男――ジムよ。見ているのも腹立たしい。雷の呪術で命を絶ってやったわ」
イザベラ女王は振り返り、祭壇の横の扉からもう出て行こうとしていた。
「待って!」
私は叫んだ。
「ジムの言った、『女王は国全体を悪魔に売ろうとしている』『グレンデル国王は殺される』――どういう意味ですか?」
「聖女の小娘……! お前のようなゴミの質問に答える必要はない」
イザベラ女王は笑って言った。
「お前たちはここで生き埋めになるのだ!」
部屋が激しい音を立てて揺れだした。
「逃げろおおっ」
「この部屋、崩れるよ!」
パメラとネストールが叫ぶ。
「アンナ! 一緒に逃げよう!」
ウォルターは私に向かって声を上げ、私の手をとった。
彼と私は一緒に出口まで逃げ出した――。
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