02
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*kunisaki side*
―抱き締める腕に力がこもる。
俺の腕に収まる小さな体は、いつも以上にか弱くはかなげに見えた。…捕まえていないと、消えてしまうかもしれないと思うほど。
しばらくして、那津が震えていることに気付いた。それと共に、俺の服をジワリ、と濡らす熱い液体も感じる。
―泣いている、と気付かせないほど小さい動作。これほど静かに泣ける女を俺は見たことがない。
……いや、泣けなかったのか。
俺は彼女の肩をさらに引き寄せ、自分の温もりを分け与えた。
…いつから、こいつは泣く場所を失ったんだろう。
こんな、吐息を押し殺すようにしか、泣けなくなったんだろう。
俺は目を細め、彼女を見下した。
相変わらず顔は見えないが、すっとそいつの柔らかい髪をすいてやると、甘えるように俺の肩に頭をもたげてくる。
…こうして見ると、ただの、普通の女なのに。
この細い小さい体を懸命に伸ばして、虚勢を張って、どれだけ苦しんだんだろう。
―那津は何でも計算して考え込む癖があるし、一人の方が楽だって言っていたから、何もかもを拒絶しているのだと思っていた。
…でも、違った。
――彼女は、俺が思っていたよりもずっとずっと深い闇に囚われていた。
―どうして、誰も叱ってやらなかったのか。『もういい、そんなことはしなくていい』と。
どうして、誰も褒めてやらなかったのか。『大丈夫、お前はよく頑張った』と。
抱き締めてやる腕も、頭を撫でてやる手も、こいつには無かったのか。温もりのない寒い夜を、幾度過ごしたんだろう、那津は。
…誰も何も教えてやらないから、彼女は臆病になった。だから普通は素通りするような他人の機微すら、いちいち気にかけてしまうんだ。
そして、どうすればいいか悩んで、考えて、計算する。……いつだって、独りで。
ふう、と息を吐く。
むしゃくしゃする。…胸がかきむしられる思いだ。
あいつの子供時代は、俺なんかじゃ想像もつかないほど過酷な日々だったんだろう。
寂しさすら飼いならすなんて、どんな状態だ?
目には見えなくても、確実に痛みは溜まっていくのに。ソレを見ないふりして笑うなんて、疲れるだけだろうに。
「………、」
……何で。
俺はギリ、と奥歯をかみしめる。
何で、誰もこいつを見つけてやらなかったんだ。
いつだって那津は助けを求めていたのに。誰もがこの優しい女に救われたはずなのに。
……どうして、少しの優しさもこいつに返してやれなかったんだ。
「なにもいらない」なんて、
全てを諦めなければならなくなるまで傷ついて、
それでも他人のせいになんてせずに、
キズすらも無視して、
独りで生きるなんて、
そんなの。
「……悲しすぎるだろうが」
俺がボソリと呟いた言葉に、那津はビクッと体を震わした。
それが、その腕の中の温もりが、たまらなく愛しいと思った。
―ほら、お前はこんなに弱い。
自分を隠すのが上手いから、弱いところが分かりにくいだけで、他の奴らと何ら変わりない。
そして、
そうだからこそ、那津は
心がない人間なんかでは、決してないんだ。
…むしろ、誰よりも『心』を理解しているヒトだと、俺は思う。
ヒトのいたみを敏感に感じとって、寄り添うように相手の傍に居てやる。
……大事な時に、いつも傍に居てやるんだ。誰にでも出来ることじゃない。
なのに、お前は、
『自分には何もない』とか言って、無理にキャラクターを作ってる。
でもな、作った性格だって何だって、結局は『お前』なんだぞ?
那津の言葉。那津の表情。
どれもこれも全部、『那津』。那津以外の何者でもない。
…そんなことも知らないで、「本当の自分」はどうたらこうたら言ってるし。
本当も何も、お前はお前だってのに。アホらし。
…ホント、那津は変なとこで馬鹿だ。
他人のことばかり見て、自分のことを何一つ知らない…なんて。
…ある種笑えるけどな。
――ああ、それとな。
偽物のお前の行動だって、決して偽善なんかじゃないから。
そりゃ完全なる善意とは言い難いが、確実に那津が考えて、那津が動いたことだろう?
それの、何が偽善なものか。
……例え誰かがそう呼ぼうが、俺はそう思わない。
――少なくとも俺は、お前に救われたから。
音もなく俺の心に入り込んだお前に、いつの間にか安らぎを求めていた。
那津といることで、居場所を見つけられたのは、俺の方。
―お前がいて、俺は『俺』を見つけることが出来た。
……だから、俺は那津に惚れたわけだし。
不器用で、
愛想ナシで、
たまに卑屈だけど、
優しくて、
傷つきやすくて、
誰よりも『人間』らしいお前が、
好きだ。
……「なにもいらない」なんて言うなよ。このアホが。
だったら、俺はどうなるんだよ。俺はこんなにお前を求めているのに。
……本当、ムカつく女。
俺が、『好き』だって言ってるのに。お前も俺が、好きなハズなのに。
過去を引きずって、勝手に下らないことで傷ついて、…挙句、自己嫌悪?
何を、ぐずぐずしてるんだか。
―まあ、いい。
だったら、今度は俺がお前を救ってやる。お前の言うところの『偽善』を働いてやるよ。
んで、今までのぶんも、これからのぶんも含めて、死ぬほど愛してやるから。
覚悟しろよ? 那津。
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