迷宮ダンジョン十一階のセーフゾーン
「機械兵だ!」
「セーフゾーンに魔物が!」
あっ、機械兵に荷物持ちさせたままだった。
「これは召喚獣だ! ほら、ここにギルドの召喚獣の証がある!」
私は、バリアを掛けてから、召喚獣の証を見せる。
「攻撃するなよ!」
「召喚獣に攻撃したら、俺たちが許さないぜ!」
赤毛の大男のジャスと黒髪の大男のルシウスが睨みつけるから、武器に手を掛けて立ち上がっていた冒険者達も座る。
「驚かせたな!」
ジャスは、こんな時に如才ないよね。にこやかに笑って、場を和ませようとしている。
「なぁ、ここでテントを張るのは不自然じゃないか?」
まだ昼時なので、昼食の真っ最中だ。
「取り敢えず、昼メシにしようぜ!」
他の冒険者達も昼食を終えたら、十二階を探索するか、日帰りなら十階の転移陣を目指すだろう。
機械兵と機械騎士を壁際に座らせて、三人で金熊亭の女将さんに作って貰った肉詰めパンを食べる。
「エールが飲みたいなぁ!」
ジャスにエールの小樽を買ったのを言ったのは、拙かったかな?
「アレク、召喚獣に持たせただろう!」
ルシウス、そういう作戦は予め言っておいてよ。
壁沿いに座らせている機械兵の所に行って、背負い籠の中にエールの小樽とジョッキ三個を出す。
「持っていくぞ!」
ジャスが軽々とエールの小樽を抱える。私だって持てるけどさ。まぁ、気がきく奴だよね。
「ジャス、一杯だけだからな! 昼からも探索するんだから」
そう決めたよね? ルシウス、そんな大きな声で言わなくても……?
小樽の下に注ぎ口がついていて、金属の棒を縦にしたら出るのだけど、台が無いと持っていないとジョッキに注げない。
護衛依頼の時は、大樽だったし、馬車の荷台に置いてあったから、割と簡単につげたんだ。
「俺がもっているから、エールを注いでくれ!」
ジャスが小樽を持ち上げているから、ジョッキにエールを注ぐ。注いだら、ルシウスがジョッキを持ってくれる。
「一杯だけだけど、ダンジョン内でエールが飲めるとはなぁ!」
私は、肉詰めパンとエールを交互にして、少しでも長持ちさせようとしているけど、ジャスは一気に飲んで「ぷふぁ!」と叫んでいる。
冒険者達の視線が痛い。荷物持ち達も羨ましそうだ。
「ジャス、一気に飲んでもお代わりはさせないぞ!」
『お代わり』の言葉に、冒険者達が食いつく。
「なぁ、お代わりがあるってことは……」
一人の冒険者が意を決したみたいに立ち上がる。
「なぁ、もし良かったら、エールを売ってくれないか? 勿論、お金はちょっと多く払うから」
ふうん「寄越せ!」と言わないのは、常識があるのか、二人の大男に配慮したのかな?
「ああ、良いぜ! 今日は、ここで折り返すつりだからな。もっと潜る時は譲ったりできないが、機械兵達に荷物持ちをさせる練習なのさ」
ルシウスは、エール一杯を八銅貨で売った。ギルドでは、五銅貨だから、高いと言えば高いけどダンジョンでエールを飲めるなら文句は言わないよね。
それにしても、肉を柔らかく炊いて貰ったのを食べている白猫には誰も何も言わない。単なる猫に見えているのかも。
「機械兵に慣れるまでは、これを続けたら良いかもな」
セーフゾーンに入った時は、警戒心バリバリだったのに、荷物持ちに機械兵を使うのは良いアイデアだと笑っている。
ラッキーな事に、二組の冒険者達はエールを飲んだら、それぞれ探索に戻った。
つまり、セーフゾーンには私達だけ!
「先ずは、テントの周りにバリアを張ってみよう。魔石でどのくらい持つのか試さないとな」
テント要らないんじゃない? とは思ったけど、アイテムボックスからテントを出す。そして、その周りに機械兵と機械騎士を配置。
「この魔法陣で良いと思うんだ」
羊皮紙に描いたバリアの魔法陣を広げて、真ん中に魔石を置く。
「うん、バリアは張れているよ。ああ、しまった! 外から攻撃するなら、一旦、バリアを切るから」
ジャスとルシウスを外にだしてから、魔石を置く。
「よっしゃあ!」とジャスが大剣をバリアに振り下ろす。
パンと弾かれている。良い感じじゃん!
「それなら、風の剣!」
ルシウスの風の剣も大丈夫だし、ジャスの炎の剣も平気。
「これなら、良さそうだけど……夜中もつのかは……ここで実験しなくても良いのか?」
だよね! 部屋で魔法陣の上に魔石を置いておいてもテストはできる。
「後は、ダンジョンから宿の部屋に転移できるかだよな」
バリアを消して、テントの陰に転移の魔法陣を広げる。
ここに大男二人と私と白猫。
「狭いぞ!」と一番、場所を取るジャスが叫んでいる。
「魔法陣の外に出ないでね!」と注意してから、魔石を置く。
ハッとしたら、そこは借りている宿の部屋の魔法陣の上だった。
ドタっとジャスに押されて倒れる。白猫は、私の頭の上からベッドにストンと着地した。
「おお、すげぇ!」
人を押し倒したジャスが吠えている。
「シー! 静かにしろ! 宿の親父に不審がられるぞ」
ルシウスが注意する。
「これなら、ダンジョンに泊まらなくて良いかと思ったけど……難しいな」
まぁ、宿の主人にダンジョンの転移陣を使って出たと思わせれば良いんだけど……何回もやっていたら不審がられるかもね。
「緊急事態に外に出る手段があるのは良い事だ!」
ルシウスが話を締めて、セーフゾーンに戻る。
「なぁ、もっと大きな魔法陣にしてくれ!」
ジャスが文句を言っているけど、無理!
「これが売っている中で一番大きな羊皮紙だったの! 継ぎ合わせたら良いのかな? 効果が無かったら嫌だなぁ」
ルシウスが「試してみよう!」と言う。ルシウスもデカいからね。
十階の転移陣まで戻るのって、やはり嫌だよね。進む方が良いよ!
それに、大きなアナコンダ、アラクネ、苦手! 白猫が召喚した機械兵も糸や蛇に巻きつかれて壊されている。
白猫は、レベル八になって、召喚獣も強くなっているんだけどね。
騎馬騎士を出して、アナコンダを踏み潰していくのを横目に、私はシャンデリアの討伐だよ。シャンデリアは、迷宮ダンジョンのどの階にも出るのかな? 出たら良いな!
飛ぶ顔の付いている蝙蝠は、ルシウスとジャスが魔導書で覚えた風の剣、炎の剣で討伐し、ドロップしたアイテムは、魔導具の機械兵が拾う。
最短ルートを戻って転移陣へ! 外に出たら宿の部屋で、転移陣の羊皮紙を撤収する。
「なぁ、転移陣に魔石を置いて一人ずつ転移したら駄目なのか?」
「ジャス、賢いんじゃない? 試してみよう!」
でも、白猫に「フン!」と馬鹿にされた。違うの?
「使える魔法しか魔法陣を使えないのだ。アレクが転移した後、誰が使えるのだ?」
あっ、そうなのか?
「えっ……でも……うううん? では、私が最後なら良いんじゃない?」
白猫は少し考えたみたいだけど「馬鹿者!」と叱られた。
「あああ、宿の転移陣を誰が起動できるかだな」
ルシウスが一番先に気づいたよ。つまり、私と一緒じゃないと駄目みたい。
小樽の中のエールを飲みながら、これからの方針を決める。
「エールを分けてやれば、他の冒険者達も機械兵に慣れやすいんじゃないか?」
ジャスの提案をルシウスも支持する。
「冒険者を敵に回すより、味方にした方が良い。いざと言う時に助け合わなきゃいけないんだ!」
「それ、これまでの俺の行動は駄目って事?」
ジャスがガハハと笑う。
「馬鹿な冒険者にはお仕置きが必要だし、盗賊は殺したら良いだけさ」
つまり、問題ないんだよね?
「大きなエール樽をアレクのアイテムボックスに入れて、小さな樽に移し替えて出せないか? シチューでそうすると言っていたよな!」
「ルシウス、ナイスアイデア!」
白猫に馬鹿にされた目で見られている気がするけど、明日は宿泊準備をして、明後日からダンジョン十五階を目指すぞ!




