ヴリシャーカピの集団襲撃
商隊の責任者、グレアムとハモンドの『気づかれないで通り過ぎてくれ!』という期待は裏切られた。
ヴリシャーカピの集団が、商隊の方に進路を変えたのだ。
「来るぞ!」
ルシウスの注意に、私も矢を構える。脳内地図で確認すると、三十頭はいそうだ。
ヴリシャーカピ、ハヌマーンの下位魔物だとジャスは言ったけど、嘘じゃない? 巨大なマントヒヒだ。いや、前世のマントヒヒよりも凶悪な顔つき、嫌いだよ! それに、身体は大きいのに身軽に動く。
「これならいける! アレク、頑張れ!」
ルシウスは、先頭に立ち、ヴリシャーカピ達を切っていく。ジャスもバッサ、バッサと大剣で討伐する。
私も何とか一頭に矢を当てたけど、激怒して向かって来たから、ナタでぶっ殺す。
『クレイジーホース』のスレイプニルは、ヴリシャーカピを蹴っ飛ばしているし、それをメンバーが槍で刺し殺している。
『草原の風』の弓は、本当によく当たる。急所を撃ち抜く技術、後で、教えて貰いたいよ。私は、一頭に当たっただけだ。
ヴリシャーカピの集団を討伐した! ホッとしたよ。
でも、他のメンバーは警戒体勢を解いていない。
あれっ? 魔法攻撃とか無かったけど? ジャスのホラ話だったのかな?
「こいつら、全部若い雄だ!」
ジャスが死体を見て、渋い顔をする。
「そんなのわかるの?」と尋ねる。
「ああ、毛が黒いカピだけだ。歳をとるにつれて、狡賢くなり、毛も灰色から白になっていく」
若い雄だけの集団って、変だよね? ちょっと嫌な予感がしたから、脳内地図の範囲を広げる。赤い点は見当たらない。
もっと、もっと、範囲を広げる。女神様が憑いていないから、範囲が狭いんだよ。 あっ、いた!
「後ろからもヴリシャーカピの集団が来るぞ!」
私の警告に、全員の警戒態勢がマックスになる。
「アレク、何頭ぐらいだ!」
ルシウスの鋭い質問に「はっきりとわからないけど、七十頭以上はいそうだ」と答える。
「クソッ! さっきのは囮だな! ボスが邪魔な若い雄を始末したのだ!」
『草原の風』のリーダー、シャムスが苦々しく罵る。大回りした大集団を見逃した自分のミスが許せないのだろう。
「クレア、商隊と一緒に先へ進んでくれ! ヴリシャーカピの集団を俺たちで止める!」
ルシウスは、最悪のパターンを予想したみたいだ。
今すぐ、荷馬車を捨てて、全員で馬で逃げ出すのが最善なのかも。だけど、それをグレアム達が是としないから、先ずは逃がそうとしている。
「私とオルフェは残る! さぁ、行くんだ!」
『クレイジーホース』のメンバーが二人いれば、ヴリシャーカピの集団が追いついても、最低、グレアムとハモンドの二人を、無理矢理でも乗せて逃げられる。
荷馬車が駄目になっても、全滅パターンは避けられるのだ。
「クレア、良いのか?」
ジャスの問いかけに、クレアは笑った。
「ジャスを置いて、逃げられるか!」
ああ、美しき姉弟の愛だね! なんて一瞬考えたけど、違った。
「お前には貸しがあるからな。返済して貰えるまでは、死なせないぜ」
それって、お金? それとも恩? ジャスの渋い顔! ほぼ、クレアの奴隷だもんね。
「アレク、後、どのくらいだ?」
脳内地図によると、まだ後方だ。魔法探索で調べられる端にいる感じ。
「三十分ぐらいかな? 速度がこのままなら」
「よし!」とシャムスが、手を叩く。
「罠を仕掛けるぞ!」と『草原の風』は、後方へと急ぐ。
残った『星の海』の三人と、クレアとオルフェで、討伐したヴリシャーカピの死体を纏め、戦闘の邪魔にならないようにする。
「あのう、落とし穴とか有効かな?」
『草原の風』の罠がどんな物かは知らないけど、北の大陸の冒険者は、落とし穴にビッグベアを落とし込んで討伐していたような? サーシャの記憶だよ。
「そりゃ、有効だろうが、今から掘って間に合うのか?」
ジャスに笑われた。クソッ、腹立つ。
「アレク、できるのか?」
ルシウスの方が、私の魔法についての信頼度が高い。
「多分、できるけど……道に穴を開けたら、怒られるかな?」
前方から襲って来たヴリシャーカピの集団、やはり走りやすい道を多くが選んでいた。
「こんな時に、道の穴なんか気にするな! それに、穴を開けられるなら、埋められるだろ!」
ルシウスの指示で、道に穴を開ける。
「落とし穴!」
ヴリシャーカピの身長の三倍の深さにしておく。
「アレク! 凄いじゃないか!」
クレアが褒めてくれたけど、このままじゃヴリシャーカピも落ちてくれない。
全員で木を切り、穴の上に被せていく。その上に土を乗せる。
「よく見たら、落とし穴だと分かるだろうが、襲ってくる集団は血が頭に上っているから、気づかないかもな」
だんだんとヴリシャーカピの大集団が近づいてくる。
「あれっ? 何頭か消えた?」
脳内地図の中の赤い点、ちょこちょこ消えていく。
「『草原の風』の罠に掛かったのだろう。そろそろ来るぞ!」
ルシウスの注意がなくても、ビシビシと感じる。凶悪な魔物の集団が近づいている。
「気をつけろ! 石が飛んでくるぞ!」
ジャスの警告で、ルシウスは盾を構える。私は、バリアを張る!
先頭を走っていたヴリシャーカピの十頭が落とし穴に落ちた。すかさず、クレアとオルフェが槍で突く。
でも、後ろのヴリシャーカピは、落とし穴を迂回して、襲撃してくる。
それに石が結構痛い。私の矢が当たっても、平気な顔で襲ってくる。
「アレク、魔法攻撃に変えろ!」
ジャスに言われなくても、わかっている!
「バリア!」でヴリシャーカピの首を切っていく。
「危ない!」
ヴリシャーカピの痺れがクレアの乗っているベィビィに掛かった。棒立ちするベィビィ!
クレアが落馬するのではと、心配したが、そんな事は無かった。でも、どうやらスレイプニルは痺れ攻撃に弱いみたいだ。
「オルフェもジーナから降りた方が良い」
『クレージーホース』のメンバーって、自分よりスレイプニルの方を大切にしているように感じるよ。
ヴリシャーカピの集団、落とし穴に落ちた先頭の十頭は、黒い毛だったから若いのかも? 次の少し灰色がかったヴリシャーカピ達は、魔法攻撃と肉弾戦だ。
『草原の風』がヴリシャーカピの集団の後ろから、矢やナイフで攻撃している。
何頭には当たったけど、ボスっぽい白い巨大なヴリシャーカピが石、いや岩を投げる。
「危ない!」
岩をバリアで砕いたけど、全部は砕けなかった。『草原の風』のメンバーに当たったかも!
でも、そんな事を確認する余裕はない。
ルシウスもジャスも大多数のヴリシャーカピの襲撃に押され気味になっている。
「バリアで石の攻撃を防ぐ!」
落とし穴よりこちら側にいるヴリシャーカピは、他の人に任せよう。
後方から飛んでくるヴリシャーカピの石をバリアで防ぐ。
「助かるぜ! 厄介な魔法が無ければ、こっちのものさ!」
クレアの槍攻撃、凄すぎる! 目で追えないよ!
「さて、ボスはどう出るかな?」
捨て駒の三十頭は別として、落とし穴の十頭、そして中堅の二十頭を倒した。
でも、ボスの周りには、灰色のヴリシャーカピが三十頭以上残っている。依然として、こちらが不利だ。




