09話 それとこれとは話が別だ
奴らは変態だが精鋭だ。
これくらいでは死なないだろう。
むしろ死んでいたらこの国が平和になる。
だからカナタは吹っ飛んだ馬鹿共には一瞥もくれず。
「ふぐぎいいいいい!!いぎぎゃああああああああああああああ!!」
角の先まで真っ赤になって、何事か叫びながら『拒絶』を撃ちまくるシスカに向かって言った。
「安心しろ」
ギョロリと、シスカがカナタを視界に捕えた。
「うっぎぎいぎいいいいいいいいいい!!!」
むやみやたらに、『拒絶』をカナタに叩き込む。
だがカナタは微動だにせず、一つ大きく頷いた。
「乳首は隠した」
言い切った。
「うっぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
シスカは牙を剥き、カナタに飛びかかった。
カナタはしばらくサンドバックになってやった。
流石に悪いことをしたと言う自覚はあるのだ。
と言うか大事な部分は隠したので、ここまで怒るとは思っていなかった。
この国の変態共を基準に考えていたことを反省したのだ。
「シスカ」
「フーッ!!フーッ!!フーッ!!」
シスカは今、カナタの二の腕に噛みついてぶら下がっている。
スッポンみたいだ。
人間ならば即座に食いちぎられているだろうが、カナタの皮膚はシスカの牙さえ通さなかった。
それもでシスカは必死に食いちぎろうともぐもぐして来ていた。
カナタはその様子のシスカを見て、一つ溜め息を吐き。
必殺奥義を使った。
「お前は俺の物だろう」
唐突にイケメンオーラを出したのだ。
表情から雰囲気まで、全てがイケメンと化してキラキラし始めた。
これがカナタが唯一従弟に勝てる技だ。
奴は見た目なよなよしているので、習得しきれなかったのだ。
「フグッ!?」
シスカの、光さえ放っていた真っ赤な目が見開かれた。
一瞬で正気に返り、キラッキラのカナタを見てポッと頬を染めた。
シスカが、ぽろっとカナタの腕から落ちた。
「あ……。いや、その、そうじゃ、が……」
シスカはカナタから目を逸らし、もじもじと体をよじらせ始めた。
そうしながら、ちらっ、ちらっとカナタを見ては、恥ずかしそうに目を逸らす。
初めからカナタがこの状態なら、シスカは間違いなく即堕ちしていただろう。
「黙って俺に着いてこい」
カナタはイケメン状態のまま、意味が分からん言葉を言った。
シスカも意味は分からなかった。
意味はさっぱり分からなかったが、しかし溢れんばかりのイケメンオーラに押されて、
「……はい」
頷いた。
目がハートマークになっていた。
ちょろすぎる。
シスカは雰囲気に酔いやすいタイプだったのだ。
鎮圧に成功したカナタがイケメンオーラを解いても、シスカはカナタの一歩後ろをしずしずと着いて来た。
それは、カナタの部屋にまでも付いて来るほどだった。
ちらちらと、恋する乙女の目で見て来るシスカ。
据え膳食わぬはなんとやら。
カナタは有難く頂くことにした。
「わ、わしは初めてで……むぐぅっ!」
抵抗するそぶりを見せながらも、全く抵抗しないシスカの唇を奪う。
そのまま舌を入れてみたら。
「んーっ!?んーっ!んん!んっ、んっ、んんぅ……」
目を見開いて、今度こそ抵抗しようとして。
カナタの腕を掴んだ手から、どんどん力が抜けて落ちて行った。
「ふわぁぁぁ……。あ、主様は鬼畜じゃぁ。鬼畜生じゃあぁ」
唇を離すと、シスカは鼻についた甘えた声でカナタを責めて来た。
非常にグッと来たので、
「あっ、あっ?!」
カナタはシスカを剥き始めた。
「やっ!?ちょっ!?えっ!?ええ!?」
流石に抵抗しよようとしたシスカが、どう抵抗しても良いのかわからぬ勢いだった。
「嘘!?ちょっとっ!!わし、まだ初めてでっ!!」
組み伏せられて、焦った様子だったので。
「俺に任せろ」
耳元でイケメンボイスで囁いた。
「はぅぅ!?……は、はいぃぃ」
すると、シスカはあっさりと体の力を抜いた。
全任せ体勢だ。
結論から言おう。
ごちそうさまでした。
「ふあ……ああ……、あ……」
至福の顔で横たわるシスカを見て、カナタは一度頷いた。
良い運動をしたので、そのまま眠りにつくことにした。
「……う?」
真夜中にシスカは目を覚ました。
温かい何かと触れ合っており、寝ぼけ眼でそれに擦り寄って。
「む?」
それが何か気付いた。
カナタの胸板だった。
「?!」
シスカは目を剥いて、そして何があったのかを思い出した。
「うっ、あっ、あっ、あ……」
ぬるぬるのぐちょんぐちょん。
最後の方は頭の中がハッピーになって自分から何かしていた気がする。
どえらいことになっていた気がするが、シスカは慌てて自分のお股を見たが綺麗なものだった。
途中で失ったはずの下着までつけている。
きっと、カナタが後始末してくれたのだ。
「あわわわわわ」
シスカは慌てながら慎重に行動すると言う矛盾する行動を成し遂げ、ふかふかのベッドから抜け出した。
途端に感じる、独り身の寂しさ。
しかし、あの状態で寝れるとは到底思えなかった。
顔が熱いし、心臓がバクンバクン鳴っている。
今すぐにでもカナタの胸の中に取って返したくなったが――。
ぶるぶると首を振って、その魅惑を振り切った。
己を落ち着けるためにスーハースーハーと深呼吸をして。
「うっ!」
部屋に充満する匂いに、顔を引き攣らせた。
カナタの匂いがする。それは良い。
だが、そこにシスカの匂いが混ざり込んでいる。
やけに、いやらしい匂いが。
「い、いかんいかん……!!」
こんなの誰かが部屋を開ければ、何があったのか即座に理解してしまうだろう。
幸いまだ夜は明けていない。
シスカは足音を殺して窓に向かい、開け放った。
眼が合った。
お向かいには空中庭園があった。
つまり外だ。
そこに、全裸の女が居て、その後ろにまた全裸のおっさんが居た。
「――――」
三人の時が止まった。
先ほど大人になったばかりのシスカは、冷静に思った。
お盛んじゃのう、このキチガイ共、と。
そして全裸の男女の顔が、どことなくフィトナに似ている気がして。
女の顔が歪んだ。嬉しそうに。
聞き覚えのある声だった。
「ああ!?あ、あなたぁ!?お、女の子が見て――」
男が何か頭おかしいことをし始めたのだ。
シスカは冷静に窓を閉じて鍵を閉め、カーテンを引いた。
そして目を閉じて、んんっ、と背を伸ばして。
「さ、寝るかのう」
実にいい笑顔を浮かべて、カナタの布団に潜り込んだ。
そして目を覚ますと。
カナタの姿は見えなかった。
「…………」
『目覚めのチュー』とかそう言う乙女的なことを考えていたシスカはがっかりとしたが。
『今日はフィトナの世話になれ』と言う置手紙を発見し、初めての行為で疲れたシスカを気遣ったのだ!と脳内変換したことで、無意味にカナタの株が上がった。
そして早速フィトナの元を出向くと、
「おはようシスカ!」
快く出迎えてくれた。
「うむ。今日も宜しく頼む」
「ああ。早速だが、父上たちに挨拶はどうする?今ならたぶん空いているぞ?」
体力の限界と言う意味で。
フィトナがそう言ったがシスカは満面の笑みを浮かべて言った。
「いらぬ」
シスカの顔から硬い拒絶の意思を感じて、フィトナは何かあったのかと悟った。
ああそう言えば、昨夜はあの色ボケ共は外で致していたな、と思い至り。
「そうか」
フィトナも笑顔で頷いた。
娘から投げ捨てられる両親(国王&王妃)。
「それよりも、主様はどのような用事なのじゃ?」
シスカはそんなことよりも、(昨夜から)愛しの主様の行方が気になった。
忙しいなら忙しいでも良いが、朝一で顔を見たかったのだ。
「ああ、準備で忙しくてな。シスカは適当に羽を伸ばして見るといい。分からないことがあったら城の者に聞いてくれ」
フィトナもそう言うと、仕事に手を付け始めた。
余り邪魔をしてはいけないと思いながらも、シスカは念のため確認を取った。
「よいのか?」
「ああ。構わない。犯罪だけはよしてくれよ?」
後半は冗談だ。
シスカにもそれは分かったので、シスカも笑った。
「うむ!」
とりあえずはシスカは探検がてらに、カナタを探してみることにした。
忙しいのであれば、遠くから見るだけでも満足だ。
シスカは城を練り歩いた。
兵達はシスカを見ても何も注意せず、メイドたちはシスカにおやつをくれた。
子ども扱いであることは多少気になったが、シスカは飴玉の甘さにすぐ頬を緩めた。
そして念願かなって、カナタの姿も発見した。
服を着て真面目な顔で、何事か話している。
シスカは恋する乙女の顔でそれを眺めた後、気付かれる前にと退散した。
そして気分よく歩いている。
「バロゴン!!」
「ッ?!」
ビクゥ!!とシスカの体が跳ねた。
聞いたことも無い男の声だ。
と言うか、あの忌々しい名前がカナタ意外に漏れたと言うのか?
漏らしたのは誰だ?……カナタしか居まい。
兎にも角にも、シスカを忌々しい名前で呼んだ不届きものに天誅を下さんと、声のした方向を睨み付けると。
「こらっ!バロゴン!止めろよ、止めろってぇ!」
小汚いおっさんが、白い仔馬にぺろぺろされて悦んでいた。
おっさんはシスカのことなど見ていない。
「……ちと良いかの?」
シスカはしばらくおっさんと仔馬のじゃれ付く姿を見た後、おもむろに近づいて話しかけた。
「は?はい、なんでしょうか?」
おっさんは慌てた様子で立ち上がる。
「その馬の名は何と言う?」
シスカは微笑みさえ浮かべて、白い仔馬を見た。
「はあ……?バロゴンですが。可愛いでしょう?まだまだ甘えん坊で……」
おっさんは首を傾げながらも言った。
そしてにこやかに笑って、『バロゴン』を撫でた。
シスカは一度大きく頷いた。
「わしの名前を知っておるか?」
そして、そんな質問をした。
「え?……あ、ああ。確か、シスカ様ですよね?カナタ様が連れて来たという」
おっさんは若干悩んだが。
すぐに合点が言った顔を浮かべた。
「うむ」
シスカはそれを聞いて、また頷くと。
くるりとおっさんに背を向けた。
「あれ……」
おっさんはその小さな背中に修羅を見た気がして、目を擦った。
再びシスカの背中を見ようとした時には、彼女の姿は無かった。
「くたばりゃあああああああああああああああ!!」
暫くして聞こえてきた絶叫に、おっさんとバロゴンはビクリと身を竦ませた。
天まで上げてから下げていく信頼




