81,狼君と2人だけ。
1の月に入った。
1の月は年初めだが、オーベント王国……いやリズヴァルト大陸では特にお祝いをするわけではない。
せいぜいが1の月の初めの1日が暦として数えない休日として設けられているだけだ。
その日も特に何事もなく至って普通に過ごした。
1の月は家族の行事としてはお爺様の誕生日会があった程度で、ご多分に漏れず自分を独占する日となりお爺様の堅い腕の中でむさ苦しく過ごした。
テオの中等部進学についてはすでに話し合われていてもうドタバタする時期ではない。
だが自分にとっては大問題が発生する月だった。
その大問題とは……。
【どうしても行かないとだめ?】
「いーきーたーくーなああああい!」
「私も行きたくはない。だがこれは義務だ。仕方あるまい」
「サニーだけ行ってくればいいんだよ! これだ! 私頭いい!」
「むしろおまえが真面目に行ってくればそれで済むんだよ!」
「ぎゃーす!」
渾身の閃きに瞳を輝かせて背景には花火が撃ちあがり、ちっこい様のドヤ顔が花火に負けない輝きを放つが、サニー先生の鉄山靠であっけなく散ってしまった。
相変わらずサニー先生の打撃は多岐に渡っているなぁ。
この間なんて蟷螂拳使ってたし、虎口拳なんかも繰り出してた。
どれだけ武闘派な研究者なんだか。
ちなみにお分かりのように問題とは定期報告だ。
半年に1度世界の隣の森に帰還して報告をしないといけない。
前の報告は7の月あたりだったからもう半年経ったのだ。色々あったけど振り返ってみればあっという間だ。
お婆様やお爺様、サニー先生に専属や騎士団。
なんといってもレキ君の存在が一番大きいかもしれない。
今も自分のソファー代わりをしている彼はもはやなくてはならない。
このふさふさふわふわの日々威力を増していく艶やかさはいい練習になるのだ。
そう……未だ3度目のミッションを実行していないのはレキ君で練習をしているからだ。
レキ君はミラほど過敏な反応はしない。
せいぜいが痙攣して動けなくなる程度だ。
……過敏じゃないよね……?
とにかく今問題なのは定期報告。
クティが渋りに渋っているのでサニー先生が連れてくるように連絡が入っているらしい。
「私はリリーと離れたくない! あの森なんて焼き尽くされればいいんだ!」
「焼き尽くしたら帰るところなくなるだろう」
「私の帰る所はリリーの胸の中だから問題なし!」
「ナターシャはどうするんだ」
「女王なら女王らしく私以外に命令すればいいんだよ!」
「おまえが1番適任なんだから仕方あるまい」
「私に自由はないの!?」
「ないなー」
「うわーん! リリー慰めてー!」
【はいはい、よしよし。元気だしてクティ。私はクティの味方だよ~】
「リリーだけだよ、私の味方は! サニーなんて敵だ、敵! しっし」
「おまえは……。リリーもなんとかしろ」
【私としては先生に授業をしてもらいたいし、クティと離れたくないしで定期報告とか正直なくなっちゃえばいいと思います】
「……ぶっちゃけたな」
【たまには自分の意見も言わないといけないですからね】
「う、うむぅ……。まぁ確かに君は普段から自制が効いてるからな……。うーむ」
「はぁ~……。リリーのにおひ……。くんかくんか」
【く、クティ……?】
「その位置じゃこの変態には見えんぞ」
【そ、そうですけど……】
「ほれ、そろそろやめんか」
「いやー! 離してー! やだーもっとリリーの匂いかぐのー!」
【クティ……】
胸元にべったり張り付いて顔を埋めているちっこい様に苦笑しながらも定期報告へ向かう日はゆっくりとだが確実に近づいてきていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うぅぅぅッ!」
「そろそろ観念したらどうだ?」
「イーヤーッ!」
【クティ……。離れたくないよ】
「私もだよ、リリー」
小さな瞳には悲しみの流れ。自分の魔力の流れもきっと同じだろう。
レキ君は何が起こってるのかよくわかっていないようで、可愛く首を傾げながらくーんくーん、言っている。
「ほれ行くぞ」
「うぅ……。リリーすぐ戻ってくるからね。絶対すぐ戻ってくるからね!」
【クティ。いってらっしゃい……。待ってる。待ってるからね!】
「リリー!」
【クティー!】
「なんだかなー」
あきれ果てたサニー先生に引きずられるようにして最愛の人は行ってしまった。
今回は前回と違って寝てる間に出発ということもなく、レキ君と一緒にお見送りできた。
1の月の半分が過ぎた頃には雪もなくなったようで、ほんの少しだけど春の匂いがしているような気がする。
そんな中小さくなって見えなくなるまで2人を見送ってからレキ君に抱きつく。
「急に外に出たいなんて……。初めてだったけど……どうしたの、リリー?」
「んぅ~……。ぐす」
「リ、リリー!? どこか痛いの!?」
「ぐす……。ぐぅ……。うわああああん」
「リリー、リリー……。どうしたの……。何がそんなに悲しいの……」
溢れる涙が堪え切れなくて連れ出してくれたエナに抱かれながらしばらく泣き続けた。
あたふたしながらも優しく抱きしめてくれるエナの胸が気持ちよかったけど、悲しみは減らない。
泣き声を聞きつけて兄姉の訓練を見ていたお婆様まで来てみんなで自分をあやそうと頑張ったけど残念ながらクティの代わりにはならない。
その代わり八つ当たり気味にレキ君に圧縮魔力を纏って抱きつきまくった。
ごめんね、レキ君。君のもふもふじゃないと自分を慰めることはできないんだよ。
今日1日ずっとレキ君に抱きついてぐずぐす泣き続けたおかげか、次の日からは大分落ち着いてきた。
クティがいないのは寂しいけど仕方ない。
ちゃんと戻ってくるのはもうわかっていることだ。ほんの少しの我慢。ほんの少しの……。
思い出すと涙腺が決壊しそうになるので唇を噛んで必死で堪える。
「くぅ~ん……」
【ごめんね、レキ君。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ】
悲しそうに瞳に流れる魔力をうるうるさせて見上げてくるレキ君に抱きついてなんとかやり過ごすとそのまま背中に乗る。
【こうなったらクティが居ない間に色んなところにレキ君と行くからね!】
「わんッ!」
【よし! さっそく今日はレキ君ルームからの脱出だ!】
「わんわん!」
レキ君の右前足が何度も前に出て肯定の意を返してくれる。
レキ君もやる気満々だ。
【まずはお婆様の説得! そうすれば全部オッケーだ!】
「わん!」
「りぇき、『すすめ』!」
「わんッ!」
「ばーば」
「あらあら、何かしら、リリーちゃん? もう大丈夫なの?」
「あい。らいじょーぶ」
「そう……。でも無理しちゃだめよ?」
「あい」
「それでどうしたの?」
「おしょといきたい」
「昨日も出たでしょ? お外はまだ寒いから風邪をひいちゃうわ」
「りぇきくんとたんけんすうの」
「あらあら……。レキと一緒に?」
「あい」
「うーん……。そうねぇ……」
「ばーば……。おえがいしまぅ」
「あらあらあらあら! ほらほら頭を上げて? そんなに探検したいなら屋敷の中ではだめかしら?」
「ぅ?」
「お外はまだ寒いから、中がいいと思うわ。だめ?」
「りぇきくんどー?」
「わんッ」
レキ君に確認するとさっと右前足が出てくる。
レキ君的にはオッケーなようだ。確かに外は寒い。昨日出てみてわかった。
春の匂いが多少した気がするけど、それでも寒い。
つい勢いで外に探検に行こうと思ってしまったけど、よく考えれば屋敷の中すら全然探検してないのだ。
物には順序というものがある。まずは内。そして外。これ常識である。
「あい! おうちのなあにしまぅ!」
「あらあら、よかったわぁ。でも2人だけで探検はだめよ?」
「ぅ……」
お婆様の人差し指を立てた顔が近づいて有無を言わせぬ迫力を生むのがわかる。この状態になったら何を言っても聞いてくれない。
「あぃ……」
「よしよし、いい子ね。じゃぁラクリア。しっかり着いて行きなさい」
「はい、畏まりました」
「よおしうね、らうりあー」
「はい、よろしくお願いします。お嬢様」
こうしてお婆様公認となった小さな冒険が始まった!
再度訪れた別れ。
だが今回のリリーは負けない。
なぜならレキ君がいるから!
小さな大冒険が今始まる!
気に入っていただけたら評価をして頂けると嬉しいです。
ご意見ご感想お待ちしております。
6/11 誤字修正




