78,冬休みの狼君。
レキ君へのお説教をする数日前。
冬休みに入ったテオが訓練を終えて顔をだしたのだが、彼の顔は半分くらいしか見えていない。しかもえらく遠い。
あの位置はレキ君ルームの入り口だ。
その入り口から半分だけ顔を出して悲しそうな顔でこちらを覗き込んでいるのが我らがお兄様。
先日最愛の妹である自分から嫌い発言をされて、学園から帰ってからずっと同じ表情のままだ。
態度も挙動不審。自分がそちらを向くと物凄い焦って引っ込んでしまう。だが少しするとそろそろと顔を出す。
見ていてなんとも微笑ましいが、昨日の夜と今日の朝と同じことを繰り返しているのでさすがに飽きた。
「ねぇ、リリー……。あの挙動不審者どうにかしない?」
「うむ。いい加減鬱陶しいな」
【まぁそうなんですけどね。そろそろ飽きましたし、レキ君には私も触れたし許してあげてもいいかな?】
事の起こりは自分ですらまだ触れていなかったレキ君をテオがなんでもないかのように撫で撫でしたことだ。
じっくりゆっくりと距離を縮めて触ろうとしていたのに、それを事も無げに先に行ってしまったテオ。
その場の勢いで嫌い嫌いと何度も言ってしまった。
あの時のテオの悲痛な表情はちょっと胸に痛い。
まるで世界が闇に飲まれたかのような絶望を表したような顔。
縋りついて許しを請う自分のお兄様。
悲惨だったけど、そのときは許す気などさらさらなかった。
それくらいじっくりゆっくりレキ君との仲を深めていっていたのだから。
でも喉元過ぎればなんとやら。
昨日のことだけど、一晩寝ればそんなものはどっかにいってしまう。
元々怒りを持続させるのは苦手だ。普段怒ることもほとんど稀だし、あれは勢いのようなものでもある。
だからもう許してあげている、心情的には。
ただ問題は許してあげたのを彼に伝えるタイミングだ。
あぁもびくびくおどおどされてはそのタイミングがなかなか掴めない。
視線を向ければ影に隠れてしまうし、声をかければ逃げてしまう。
どうやって伝えればいいのやら。
【――というわけで、テオ捕獲作戦を考えました】
「うん、うん。いいと思うよ! リリーが考えた作戦ならテオもいちころだね!」
「あまり過激なのは控えろよ。おまえの兄なんだから」
【大丈夫です! ちゃんと考えてありますから!】
さて今回の作戦はいたって簡単だ。
逃げるなら、逃げられる前に捕獲してしまえテオドール。
というわけでお婆様の元にとてとてと歩いていく。
「あらあら、何かしらリリーちゃん?」
「ばーば。にーしゃまをつかまえて。ないしょね」
「ふふ……内緒で捕まえるのね? わかったわ。ちょっと待っててね?」
「あい」
お婆様に抱きついて小声で話すと、お婆様ものほほんとした笑みを深めて答えてくれる。
さすがは自分のお婆様。最大の理解者であるこの人ならばすぐに応えてくれる。しかも信頼性100%の折り紙付きだ。
優しく床に下ろしてくれるお婆様。
だが唐突にその姿が掻き消える。
内緒で捕まえる。
お婆様にとってそれは、見つからなければどうということではない。ということと同義である。
そして掻き消えたはずのお婆様が瞬き1つしない間にまた姿を現すとその腕の中には見慣れた我らが王子様が1人。
目をぱちくりさせて驚いている王子様だったが、目の前に自分がいることがわかってまた挙動不審になる。
「あ、ああああの、あのりりりりり、リリー?」
挙動不審に手をばたつかせるテオを無視してそのほっぺを挟むように両手で押さえると激しく動いていた瞳もこちらをまっすぐに捉える。
「にーに。ゆうしてあえる」
「……ぇ……。ほ、ほんとに!?」
「あい」
「あああああ! ありがとう! ありがとう! ボクは世界一の幸せ者だよ!」
目と目を合わせてその言葉を告げると、緊張で冷たくなっていた頬に熱が戻ってきて抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうとテンションが高くなったときのテオの御馴染みの手加減を忘れた抱きつきにちょっと苦しかったけど、まぁよしとしよう。これで元通りだ。
「ふふ……ちゃんと仲直りできてよかったわねぇ、リリーちゃん、テオちゃん」
「はい! お婆様! ボクは世界一の幸せ者です!」
「あい」
お婆様ののほほん笑顔がいつも以上に増してテオの笑顔も花びらが舞い散る素晴らしいものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今はテオもエリーも冬休み。
訓練が終わった後は2人も交えてレキ君との戯れタイムだ。
レキ君は犬じゃないのでお手をしてはくれない。その他芸事もしてくれない。
ではどうやって戯れるか。
まずは撫でる。
テオは例の嫌い発言事件があったので撫でるのを物凄く躊躇して何度もこちらをチラチラみて何度も何度も確認したあと触る。
エリーはその事件のことを知らないので、挙動不審なテオに一撃入れるけれどあとは普通に撫でる。
自分も普通に撫でる。
魔力で強化していない状態なら普通に撫でるだけなら、別に快感を与えることもない。
レキ君もそれをやっとわかってくれたようでいちいち自分が近づくと怯えることもなくなった。
まぁ圧縮魔力をまとって近づいても怯えこそすれ逃げ出すことはもうなくなったけど。
撫で撫でする以外は肉球をぷにぷにしたり、尻尾をもふもふしたりするくらいで基本はその上質な圧倒的滑らかさと驚異的なまでのふかふか具合を楽しむくらいだ。
兄姉がいるときは圧縮魔力を使うのは禁止している。レキ君がばてちゃうし。
「リリー。今日はいい物持って来たのよ! はい、これ」
「う?」
そういってエリーが手渡してくれたのはなにやら球状のふかふかした物体だった。
魔力がないようで見えなかったが手に持たせてくれたのでなんとなくボールのような、毛玉のような何かだとはわかった。
もしかしてこれを投げてレキ君にとってこーい、するのだろうか。
「これをね、投げてそしてレキにとってこさせるの! " 犬の飼い方躾け方 ~今日からあなたもブリーダー~" っていう本に載ってたんだよ」
「あ~。昨日夜遅くまで読んでた本?」
「うん、これでレキとの遊び方もばっちりよ!」
どうやらエリーは犬の躾本を見つけて読んでいたようだ。
でもレキ君狼なんだけどなぁ。
しかもサルバルアっていう絶滅危惧種でプライドめっちゃたかいんだけど……。まぁ今はへし折れてるけど。
エリーは自信満々といった具合で期待を込めたキラキラの瞳でこちらをみている。テオも同様だ。
これはやらなければいけないだろう。
まぁでも自分は幼女。いくら軽い毛玉のようなふかふかのボールでも遠くに投げることはできない。
【レキ君。これを投げるからとってきてくれるかな?】
一応念の為、彼の完全粉砕されたプライドをこれ以上傷つけないように配慮してお願いしてみる。
レキ君も心得たもの。即座に右足を前に出して臨戦態勢を整えていた。
まぁ今の彼と自分の間には物凄い高い山と凄まじい深さの谷との間以上の圧倒的な主従関係がある。
自分が取って来いといえば死力を尽くしてでも取ってくるし、待てといえば餓死するまで待つくらい彼は従順になってしまっている。
ちょっとやりすぎたと、そんな彼をみて思ったけど、まぁ後の祭りだ。気にしてはいけない。
「えい」
片足を上げて腰を捻りなんちゃってトルネード投法で投げられた毛玉は、なんちゃってすぎるフォームと非力な幼女の力ですぐに落ちただろう。
魔力がないので当然みえないが、瞬時に動いたレキ君が凄まじい速さで咥えて戻ってきていた。
自分の無理やりななんちゃってフォームでバランスを崩したのを戻す前に目の前にきていたのでその速さがとんでもないのがわかってもらえるだろう。
「わぁ……。レキすごぉ~い」
「すごいなぁ……レキは……」
「よくれきまちたー」
咥えてきた毛玉を自分の足元に置いたのだろう、頭を垂れたレキ君の頭を撫で撫でしてあげる。
少し魔力を纏いちょっと気持ちいい程度に加減してあげるとレキ君も気持ちよさそうな声をあげる。
「私も投げたらとってきてくれるかな?」
「どうだろう……レキはリリーの狼だし」
「ねーね。なえてあえて」
「いいの?」
「あい」
すでにレキ君には取ってくるように指示を出している。素早く右足も出して了解の意を返してくれているし問題はない。
「それ!」
エリーの可愛らしい掛け声と共にレキが駆け出す。
またも目にも留まらぬ凄まじいスピードで戻ってくると、エリーではなくやはり自分の下に毛玉を置いていく。
「レキすごーい!」
「リリー、次はボクがやってもいい?」
毛玉は見えないので手探りで探すとレキ君が鼻先で押すようにパスしてくれた。
それを受け取ってレキ君の頭をもう一度撫でてからテオに渡す。
「あい」
「ありがとう、リリー! それいくよ!」
こうしてレキ君との遊び方がまた1つ増えた。
運動は訓練の時にしっかりしているようだけど、何度も毛玉を投げては取ってくるレキ君は意外と楽しそうだ。
かなり広いレキ君ルームではその日兄姉がくたくたになるまで、超高速で動き回るレキ君に毛玉を拾わせて遊び続けた。
ちょろいんのテオ君でした。
レキ君も実はちょろいんでした。
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