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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第5章 3年目 前編 2歳
83/250

73,狼君の名前。


 魔力文字を出したまましばらく手を出し続ける。

 だが目の前の絶滅危惧種の狼君の視線は顔と手を行ったり来たりするだけだった。



「字、読めてないのかな?」


「まだ幼いからな。無理もないだろう」


【やっぱり難しいですか……】


「もうちょっと大きくなったらわかるんじゃないかなー?」


「可能性は高いな。教えてやれば覚えるだろうし、価値は十分にあるんじゃないのか?」



 サニー先生の言う価値は十分にある。

 この狼君は自分の補助目的にプレゼントされたのだから、意思疎通が出来れば補助もかなり領域が広がるだろう。


 そもそも盲導犬は周りの状況が分からない主人のための補佐役だ。ある程度の意思疎通が取れるのはもちろんだが、こちらの指示を文字を介して理解できるのならそれも相当楽になるだろう。



「あ、そういえば昨日お手はしないって言ってなかったっけ?」


「そうだったな。サルバルアは気位が高い種でもある。もしかたらそれが原因かもしれんぞ?」


【なるほど……でもそれが原因だとしたらもう少し違う反応になるんじゃないですか?】


「わかんないよー。人それぞれだよきっと」


【そっか……そうだね。えっと……この文字が読めるなら右足を前に出してくれますか?】



 もしお手がいやで反応に困っているなら、これならやってくれるんじゃないだろうか。お手じゃないし。


 文字をじっと凝視した狼君はこちらの顔を凝視したあと……そろそろとゆっくり右足を前に出した。



「おー……わかったのかな? これはわかったのかな?」


「今度は左足を出させればいいだろう」


【そうですね。じゃぁ】



 文字を書き出す前にすでに狼君は右足を引っ込めて左足を出していた。

 どうやら魔力文字が見えるだけじゃなく、妖精の声も聞こえているらしい。



「私達の声が聞こえてるんだ……」


「では次は右足を出して、左足を出す、左足を引っ込めて、左を出す、左を引っ込めない」


「あ……」


【先生……】



 サニー先生が旗揚げゲームのようなことをし始めてすぐに狼君が引っかかる。

 その瞬間狼君が悔しそうな顔になったのは面白かった。

 狼が悔しそうな顔をするのだ。それは実に変な顔でほっこりした。



「ふむ……我々の声はしっかり聞こえていて理解できているようだな。反応も悪くない」


【なるほど……実にわかりやすい調べ方でしたね】


「おちょくれるしねー」


「やるなら楽しくやった方がいいだろう?」


【まぁそうですけど……あんまりいぢめちゃだめですよ?】



 ドヤ顔気味の先生に心の中で苦笑しながらも不貞腐れて寝ようとしている狼君に目線を向ける。



【狼君、ごめんね。先生も悪気があるわけじゃないんだよ。許してくれる? 肯定なら右足、否定なら左足を出してくれますか?】



 横目でチラッと魔力文字を見た狼君がゆっくりと右足を前に出す。

 それを見てちょっとほっとした。不貞腐れたようだけど怒ってはいないようだ。



【文字の方も問題なく読めているみたいですね。これならもう少しお話できそうかな】


「うんうん、まずは名前から聞こうよ! やっぱり自己紹介は大事だよ!」


「うむ、そうだな。私はサーニーン。サニー先生と呼びたまえ」


「私はクレスティルトだよー。クティって呼んで構わないよ!」


【私はリリアンヌです。リリーって呼んでください】


「わぅ」



 それぞれの自己紹介のあと狼君が一声吠えて右足を出した。

 肯定の意。

 呼んでくれとは言うが、狼君が言葉を喋れるわけではないので社交辞令のようなものだ。


 こちらの自己紹介は問題ないようだが、狼君の方が問題だ。

 肯定否定は出来ても話すのは難しい。狼君も魔力で文字を作れればいいのだが、自分はこれを習得するのに結構時間がかかった。

 クティはもともとすごい魔術師だから簡単に扱えたが、サニー先生曰く魔力を自在に操るのは見たこともない技術だ。

 狼君が扱うにはちょっと難易度が高いのではないだろうか。


 だが名前を聞くくらいならできる。

 この世界の文字も生前の世界のアルファベットのような表記がある。

 それらを一文字ずつ指し示していけばいいのだ。


 でも問題もいくつかある。

 時間がかかること。

 基本的に自分は魔力文字を操作するだけなのでじっと見ているだけなので、お婆様達がいつまで放っておいてくれるのかがわからないこと。

 そもそも名前があるのかどうかわからないこと。


 なので1つ1つ解決していくことにした。



「ばーば」


「はいはい、なんですか、リリーちゃん」


「もっとこおことあしょんでていい?」


「えぇ、もちろんですよ。たっぷり遊んでいいですからね」


「あい」



 これで上2つは解決だ。

 あとは名前がそもそもあるかだ。



【狼君。君は名前があるのかな?】



 文字を確認した狼君の右足がすぐに前に出る。

 後ろで自分の様子を見ているだろうお婆様には何をしているのかわからないだろうが、問題ない。

 これで名前があることがわかったので、今度はずらっとこの世界の文字を表記する。

 会話用には別のスペースに文字を出力する。



【これから1文字ずつ指していくから、君の名前を教えてくれるかな?】



 右足を出して表記された文字を見つめる狼君を確認して文字を1つずつ指し示していく。



「さっすがリリーだよ! これなら名前もわかるねー」


「君やクティのように魔力を動かせればいいのだがな。

 この技術は君たちしかできないだろうから難しい。やはり会話は厳しいか」



 感心しているクティが1文字ずつ指し示して確認していく名前を書き出していく。

 一定間隔毎に文字を指し示して、正解の文字で狼君が右足を出す。

 これを繰り返していく。


 やはり時間がかかったが無事に狼君の名前がわかった。



「えっとーこれは " レキ " でいいのかな?」


「この表記ならそれしかないだろう」


【君の名前はレキでいい?】



 さっと右足を前に出すレキ君。

 もうすっかり慣れてくれたようだ。

 肯定否定だけだけど、意思疎通は取れるようになったし名前もわかった。

 まだクティの声が聞こえなかった頃の自分とクティの会話よりはよっぽどスムーズだ。



「ばーば」


「はいはい、何かしら?」


「こおこのなあえ、きえました」


「そうなの? なんていうのかしら?」



 マシになったとはいえ、かなり微妙な滑舌でもお婆様はしっかりと理解してくれるのが嬉しい。

 柔らかい笑顔で首を少し傾けるお婆様はすごく可愛らしい。本当にこの人はおばあちゃんなのだろうか。



「りぇき!」


「りぇき?」


「え、えー……んー……りぇ……れ!」


「レキ?」


「あい!」



 何度かいい直してやっと、 " れ " の発音が出来た。



 難しいぜぇ……ら行。



「素敵な名前ね。じゃぁ今日からこの子はレキ。仲良くしてね、レキ」


「よおしうーね、りぇき」


「レキ。レキか……なかなか勇ましい名前じゃないか、さすがリリアンヌだな!」


「ほんと! レキ、よろしくね! リリーと仲良くするのよ?」



 やっぱりら行は難しい。

 でもこれでレキ君の名前もみんなに教えることができた。なので問題ない。

 名前の方も好評のようだし、自分でつけたことにしておいたのは聞き出したなんて当然いえないからだ。



「よろしくねー、レキ~。あ、でも私のことはちゃんとクティさんって言わないとだめだよー」


「なんでおまえはさん付けなんだ。呼び捨てで十分だろう」


「えー……だって序列的にー」


「序列ってなんだ序列って」


「順番的に~」


「言い方を変えても変わらんだろう……」



 妖精ズの相変わらずのコントを眺めながらレキ君の表情もなんだか穏やかな優しい表情に見えた。





支援絵ゲットだぜ記念2日目です。


さて名前も判明です。


意思疎通というのはなかなか難しいものです。

すでに体験していてある程度は対策できるのですが、より詳しく綿密にとなるとそうもいきません。



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