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外伝9,2人の迷宮

 本編にまだ出てきていないような、世界設定が多々出てきます。

 男には負けて酷い目に会って、ただただひたすらにぼこぼこにされる上にそれを何度も何度も繰り返しちゃうようなそんな戦わねばならない時がある、ということがわかる人のみ読むのをお奨めします。






 私は魔物の母――迷宮に長年もぐり続けているベテランだと自負している。


 迷宮は魔物であり、魔物は生き物である以上、何かを捕食しなければいけない。

 もちろん捕食対象は我々だ。

 だがその捕食方法というのが少々特殊なのが迷宮と呼ばれる魔物だ。

 通常魔物が捕食するのは魔力を吸収するためだ。しかも魔力の補給は数ヶ月に1度で十分な程度だ。

 なぜなら魔物は自身の体内で魔力を循環させ、蓄えることができるからだ。

 当然ながら魔物である迷宮もその機能を有している。だが迷宮は捕食を続ける。

 それはなぜか。

 迷宮と呼ばれる魔物の最大の目的は自身の体の肥大化であるとされているからだ。

 迷宮の体。それは当然ながら迷宮の内部である。

 肥大化した迷宮は内部構造を複雑化させる。

 複雑化させながらさらなる肥大化を続ける。まるでそれが本能であるかのように。


 もちろんそんな複雑化した魔物の体内になど誰も足を踏み入れたくは無い。

 だが迷宮と呼ばれる魔物の体内でのみ通常の魔物は生産される。そして迷宮内部で魔物を倒した場合のみ手に入れることが出来る物が、生活になくてはならない物を作り出すことが出来るのだ。

 迷宮に挑み敗れた者は迷宮に捕食される。その際に身に着けていた装備は迷宮内に宝として出現するのも迷宮に足を踏み入れる者が絶えない理由の1つだ。

 迷宮内で宝となった装備品の一部は魔力が宿り、極めて強力な魔具となる場合がある。

 これらは一財産築けてしまうほどの価値を生む。

 さらには迷宮の最奥には巨大な迷宮の心臓とでも言うべき物がある。それらは迷宮で倒す魔物から手に入る物より遥かに貴重な物だ。

 物にもよるが時には強力な魔具以上の価値を生む。


 故に人は危険な迷宮に今日も挑み続ける。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 私と若の2人だけの足音が鳴り響く静寂というに相応しい空間。

 オーベント西部にあるヂゼノーヴィ迷宮第34層の北部通路が今現在の私達の位置だ。

 ヂゼノーヴィは19番目という意味を持つ古代語だ。

 この広いオーベント王国には数多くの迷宮があり、私は若の腕試しに付き合ってこの迷宮に訪れている。

 30層はかなり危険な領域といえる。

 このヂゼノーヴィは凶悪な罠はないが、その分魔物が強力という特性を持っている。

 手に入る " 魔片 " もその分強力な物が多いが、今回は魔片目当てではないので荷物になるからとほとんどの魔片を回収していない。

 実にもったいないことだが、若は有力者のご子息であらせられるため些細な問題だ。


 むしろ若のような将来有望な若者がこのような冒険者まがいのことをするという方が問題だ。

 だが若は自身に相応の実力がなければ人を従えることはできないと常々言っておられるような人物だ。

 そのためにも武を磨き魔術を勉強し、今では私と2人で危険な階層まで潜れるほどの強者になっている。


 ヂゼノーヴィは10階層を過ぎると照明などが一切なくなってしまう。

 これも罠の一種と考えられていた時期もあったのだが、実際のところは単に迷宮の成長具合によるものとわかっている。

 だが照明がなければ自身で灯りを確保しなければいけない。闇の中で迷宮を探索するなど自殺行為以外の何者でもない。

 たとえ魔物から的になるとわかっていてもだ。


 私が持っている照明用魔道具の光で照らされる迷宮内は1階層とあまり様子は変わらない。

 この迷宮の特徴の1つでもある。

 代わり映えのしない光景が冒険者の集中力を削ぎ、そこを強力な魔物が狙ってくる。

 罠がない代わりに迷宮全体が罠のような厭らしい迷宮だ。



「若。そろそろ転送地点のはずです」


「そうか。この層ではあまり魔物がいなかったな」


「そうですね……30層を過ぎた辺りから途端に魔物が少なくなったような気がしてはいましたが、どこかに偏ったりしていることもありますからね。

 気を引き締めていきましょう。魔物部屋はこの迷宮にもありますからね」


「そうだったな」



 私の忠告にあまりにも魔物が襲ってこなくて拍子抜けして少し気を抜いていた若の表情も引き締まる。

 迷宮には魔物がいる。魔物は生きているため迷宮を徘徊する。

 これは常識だ。

 だから時々どこかに大量の魔物が溜まっている場合がある。そういった場所は魔物部屋と呼ばれ偶然に出来た罠という認識となっている。

 ここはただでさえ魔物が強力で、1匹倒すだけでも私と若という戦力があっても相当な時間を必要とする。

 2匹以上が同時に出てくることがあまりない迷宮ではあるが、この層に入ってからはまるで駆逐されてしまったかのような遭遇率だ。


 だがしかし、私にも多少の油断はあったが、それでも尚目の前の光景という物は信じがたい物だった。


 いくら強力な魔術を叩きつけても穴があくことはなかった強固な壁が轟音と共にぶち破れ、壁を破った何かがそのまま反対方向にある壁すらもぶち破っていったのだ。

 まるで通路が1つできたかのようにぽっかりと空いた2つの穴。


 私と若が驚きのあまり尻餅をついて呆然としてしまっても致し方ないというものだ。

 加えて言うが、私は数多くの迷宮に潜り続けたベテラン。若も王都の第1騎士団の精鋭にも匹敵するほどの実力者だ。


 開いた穴から出てきた少女のようなあどけなさを残した存在は、そんな私達が無様な格好を晒しているのを気にも留めず通り過ぎていく。

 まるで何事もなかったかのように、この穴は元々そこにあったかのような自然な様子で。


 彼女の周りに浮かんでいる照明魔道具は照明魔道具の中でも最高級品の浮遊型だ。

 その光に照らされる少女の髪は白銀。

 透き通るような白い肌。

 紫水晶のような美しい瞳。


 ここが迷宮の下層であり、危険な領域だということを忘れさせてしまうかのような光景だ。少女が歩み去り、その後に追随するのは3人のメイド。

 背中に巨大に膨れ上がったリュックを背負いながらも重量をまったく感じさせない見事な歩み。

 こちらに気づいたメイド達は一礼して少女を追っていく。

 だがその足取りは静かでメイドとはとても思えない技量が垣間見える。



「ラッシガンド……僕はおかしくなってしまったらしい……」


「若……私もです」



 あまりにもおかしい異常事態というに相応しい光景が過ぎ去ると若が呆然とつぶやく声が聞こえた。

 私も同じことを思っていたので問題はない。

 むしろ私が幻覚を見ていたわけではないというのがわかっただけでもましだ。

 いや2人で同じ幻覚を見ているだけかもしれないが、この階層にそんな特殊な技術を持つ魔物はいないはずだ。



「僕のこの胸の高鳴りはなんだろう……この熱くて熱くて苦しいものは……!」


「……え?」



 何やら若がおかしなことを口走り始めたためそちらを振り返ると、胸を押さえて恍惚とした表情をしている顔が視界に入った。



 あ、だめだ。こいつ落ちやがった。



 そう思ったのも束の間。若は開いた穴に飛び込んでいた。

 そして聞こえてくるは凄まじい断末魔と肉と骨がすり潰される音。



 すぐに戻った静寂の中、飛び込んでいった若が完全に腰が抜けて立たなくなった足腰を引きずって這うように戻ってきたのは誰も咎められないだろう。

 おそらく先ほどの音の正体を目の当たりにしたんだろうから。




 これが出会い。




 若は通常の魔物の死に方とは一線を画す凄惨な場面を見たにも関わらず、その少女を諦めることはなかった。

 例え目の前で腰の抜けた状態で這うように逃げる無様な姿を晒していたとしても。


 情報を集めた若が再度迷宮で少女と再会したときには、吹き飛ばされた魔物の頭部の直撃を受けて失神するというさらに無様な姿を晒したとしても。


 それでも負けじと再度の再開を果たした時には迷宮の深部で優雅にお茶を飲んでいる場面で完全に脳が停止してしまったとしても。



「あなたは……前にわたくしが飛ばした頭を間抜けにも顔で受け止めた方ではないですか。

 今日はどうなさったのですか? そんな何か不思議な物を見るかのような顔をして」


「……ハッ! ぼ、僕は! ローランド・ランドリッシュです!

 僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」


「わ、わか!?」



 まさか迷宮の深部でいきなりプロポーズをするとは夢にも思わなかった。

 確かにここ数日の若の情報収集は執念のような何か凄まじいものがあった。


 だがまさかいきなりプロポーズはないだろう。

 しかもここは迷宮の深部。

 いつ魔物が襲ってきてもおかしくないほどの超危険地帯だ。



「不思議な方ですね。普通の殿方は私の力を見た瞬間には脱兎の如く逃げ出すというのに」


「僕はそんなあなたに惚れたのです! 一目惚れです!」


「ふふ……そんなにまっすぐに好意をぶつけられたのは初めてですわ」


「で、では!」


「えぇそうですね。では」



 輝くほどの表情を見せた若に合わせて、迷宮深部にはとても似つかわしくない豪奢な椅子から腰をあげた少女がゆっくりと近づいてくる。


 だが私はこのとき自分の背中に大量に冷たい汗が流れていることに気づいていた。

 少女が発している凶悪なまでの殺気にも。


 若はこの殺気が完全に目に入っていないかのような希望に満ち溢れた表情をしている。



 あ、だめだ。こいつ。



 私の予想というか直感は当たっていた。

 事前に調べもついていたし……。



わたくしに勝てたら喜んでこの身を捧げましょう」


「……え、ぐあおあああああ」



 少女の微笑みの絶えない笑顔が瞬時に消え、若がすっ飛んでいった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 少女の名はアンネーラ・ラ・クリストフ。

 7歳の時に初めて入った20層の迷宮を単独で踏破。

 その後40以上の迷宮を5年で踏破した、迷宮喰いと呼ばれている存在。


 常人が10年以上かけても踏破することが出来ないような凶悪な迷宮をほぼ単独で踏破し続けている。

 しかもその少女は武器を一切持たない。

 魔術もほとんど使わないし、攻撃用の魔道具も所持していない。


 全てを己の肉体のみで行い。

 全ての魔物をその肉体のみで叩き潰す。


 最奥にある巨大な魔片――大魔結晶をも叩き潰して帰ってくる異常なる存在。



 その日から若は狂ったかのように彼女に挑み続ける日々を送ることになる。



 今日も若の悲鳴が迷宮に木霊する。





馴れ初めです。


いやぁ実に素晴らしき出会いですね。

肉や骨がすり潰され地獄の釜の蓋を開けたかのような断末魔。


すっ飛んでくる頭部の直撃を受けて失神するとか。

迷宮の深部でお茶飲んでる場面に出くわすとか。


あげくに床と平行にすっ飛んでいく体験ができるとか。



ローランドは実に素晴らしい逸材ですね!



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