67,妖精達と帰還
テオの誕生日の翌日。
温度も湿度も完璧にコントロールされたベビールームでは顔に張り付いたちっこい様が離れてくれない光景が見れることだろう。
もちろん魔力を見れる特別な目――魔眼か、種族的な特徴でもないと無理だが。
【ねぇクティ……図解してくれるのは嬉しいよ。わかりやすいし、すごく助かるよ。
でもね……ずっと私にくっついたままなのはどうかと思うよ?】
「や」
【むぅ……機嫌直してよ~昨日はテオの誕生日だったんだから仕方ないんだよ?
それにテオはお兄ちゃんなんだから、何にも起こらないんだし……】
「や」
「ふむ、そろそろ授業を再開してもいいかね?」
【あ、はい。すみません、お願いします】
「や」
頬に張り付いたままのお妖精さまはご機嫌が底辺より下のマイナス状態だ。
それでも図解だけはきちんとしてくれるのだが、いつもよりちょっと雑だ。まぁ雑でもわかりやすいのだから別にいいんだけど。
昨日サニー先生に気絶させられてからずっとこの調子だ。復活した頃にはすでに誕生日会も終わっていて自分も眠る直前くらいだったんだけど、復活したクティはその瞬間からずっと離れてくれない。
最初は眠かったしくっつかれるのはいつものことだったので別に気にしなかったのだが、起きてからも朝食を摂っている最中でも、授業が始まってからもずっとこの調子だ。
昨日のことが原因なのは明らかなので色々と弁解もしているが、返ってくるのは全部一言だけ。
最早どうしようもない。こんなクティは始めてなので対処の仕方もわからない。
なので飽きるまで好きにさせることにした。
それでもたまに背中を撫でてあげたり、クティの着せ替え人形のような小さな顔をぷにぷにしたりしてみるが、一向に機嫌が直ることはなかった。
彼女の嫉妬深い一面を知ってちょっと苦笑すると共に好かれているという実感が沸く不思議な体験だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
9の月も中盤に差し掛かり、屋外に行く時は多少厚着をするようになった。
毎日というわけではないが、学校が休みの日は必ず兄姉の訓練を見学しにきている。
訓練メニューはあまり変わりがないが、兄姉もだんだんと慣れてきているのもわかる。
そんな秋が深まってきた日のことだ。
「なぜだ! なぜ俺だけが戻らなければいけない!」
「私は行く必要はありませんもの」
「だったら俺だってそうじゃないか!?」
「あなたが行かないで誰が行くんですか?」
「いや、それはほら。あれだ、あ! ラッシガンドのヤツがいるじゃない!」
「彼にばかり任せているから、重要書類が溜まっていくんじゃないんですの?」
「ぐっ……だ、だが……俺だけっていうのはひどくないか?」
「酷くありません。私はこの子達と一緒に居たいのです」
「そ、それは俺だって同じだ! ずるいぞ!」
「ずるくなどありません。大体あなたは――」
どうやらローランドお爺様は一度領地に戻らなければいけないらしい。
それに最初はアンネーラお婆様も一緒に行くはずだったのが、今になって取りやめたらしい。
それを知ったお爺様がじゃあ自分も行かないと駄々を捏ね始めたのだ。
お爺様は地方の領主をしている。
普通の領主はあまり長いこと領地を空けておくことはできない。だが、お爺様が選別した優秀で信頼のおける代理を治めている領地の各所に置くことによりそれを可能にしているらしい。
それでももうすでに1年以上領地に戻っていないということで、限界が来る前に戻らなければいけないことになっている。
領地の公務に関してはお爺様1人が戻れば問題ないらしいのだが、普通は妻であるお婆様も当然一緒に戻るものだ。
だがお婆様はこの屋敷を……いや、自分達の傍を離れる気はないという。
騎士団を結成し、専属もつけた。防衛戦力的には以前より遥かに高くなっている。
だがそれでも、お婆様が居てくれるならそれだけで精神的にも安心できる。いぢわるは別として。
自分の心情的にはお婆様には残ってほしい。
お爺様には悪いが、お爺様自身はあまり役に立っていないからだ。
騎士団の団長を務めてはいるけれど、実質やっていることはテオとエリーの訓練教官だけだ。
自分の知らないところで騎士団の人達にも稽古をつけているのかもしれないけれど、それは自分の耳には入ってこない情報である以上加点にはならない。
「ほら、そろそろ行かないと間に合わなくなってしまいますよ?」
「い、いやだ! 俺は行かないぞ! おまえばかり可愛い可愛い孫達に囲まれているなんてそんなの酷すぎるじゃないか!」
「もう……ロー、あなた大人げないですよ?」
「大人げないのはアンの方じゃないか! だいたいずるいぞ! アンばかりいつもいつもリリアンヌを抱いているじゃないか!」
「あら、リリーちゃんはあなたのようなごついのに抱かれるよりは私の膝の上に居る方がいいに決まっていますわ」
「そんなことわからないだろう! リリアンヌは女の子だ! 男のたくましい胸に抱かれる方がいいに決まっている!」
正直なところ男のたくましい胸は遠慮したい。
お爺様、あなたの負けですよ。早く領地に帰ってください。
お婆様の柔らかい膝の上には勝てないんですよ。しっし。
「ほら、リリーちゃんだって早くお仕事しに帰った方がいいって思ってますよ。
はい、リリーちゃんお爺ちゃんにバイバイしましょうねぇ」
「ぬぐぐぐ! こ、こうなれば実力行使だ!
俺は負けんぞ! 覚悟しろアン!」
「あらあら、いいんですの?
……手加減は致しませんわよ?」
「うっ……て、手加減は……そ、その……してください!」
「問答無用!」
最初の勢いはどこへやら、一瞬で顔が引きつったお爺様に一切の振動を感じさせずに接近したお婆様の霞む手による一撃が決まる。
勝負はまさに一瞬。決まりきった結果ではあったものの見事すぎる一撃。
凄まじすぎる。
一瞬で意識を刈り取られたお爺様の体は崩れ落ちる前にお婆様の細腕一本で受け止められる。
形容し難い美しさを持つ魔力の流れがその細腕に流れている。
お婆様よりも頭3つ分以上でかいお爺様の体を軽々と持ち上げるとラクリアにぽいっと投げる。
無造作に投げられたお爺様だったが、お婆様と比べると1段も2段も――いやお婆様と比べるのがそもそも間違いだが、研ぎ澄まされた鋼の如き美しさを持つラクリアの魔力の流れにより軽やかに受け止められる。
彼女はお婆様より少し身長が高い程度だが、スタイルもかなりいい。出るところは大きく出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。頭部の素敵装備も相まって素晴らしい女性だ。それでも巨体のお爺様を軽々とお姫様抱っこできるような人にはとても見えない。
さすがはクリストフ家のメイドといったところだ。自分の専属に選ばれる以上は戦闘面に関しても相当な手練だとは思っていたが、これで確信できた。
この人も相当なもんだ。
完全に落ちているお爺様をお姫様だっこしたまま一礼してラクリアは部屋を出て行く。
でか物を持っているのにその一礼は優雅の一言だ。
どんなことがあろうとも乱れることがない彼女の動作は驚嘆の一言。
……ただ、魔力の流れはやっぱり雄弁に物事を語ってしまう。
自分の着替えを手伝う時の彼女の魔力の流れは、ニージャほどではなかったが興味津々といった感じだ。表情に出るようなことは一切なかったがわかってしまうと見方も変わるというものだ。
その他にも色々な場面で彼女の魔力の流れは様々な変化を起こす。
特に自分に対しての興味が激しい。
ニージャのような何か興奮した、テンションが上がりきっているような流れではないが、何かしら探るような純粋な好奇の流れだ。
彼女が何を探っているのか知らないけれど、専属として選ばれるような人だ。自分の害になるようなことではあるまい。
自分の害になるような邪なことを考えていたらすぐにお婆様とクティに駆除されるはずだからだ。
特にクティはその分野に関してずば抜けている。
こっそりサニー先生に教えてもらったのだが、クティは屋敷の周りに何重にも自分に対して害のある感情を持つ者を感知する結界を張っているそうだ。
それに引っかかった者は容赦なく駆逐しているらしい。
現在のところ屋敷内部で感知された者はいないそうだけど、一番遠くに張ってある結界――オーベントの外周近くにまで達するほどの距離にある場所で幾人か感知したそうだ。
クティは一切この部屋から出ていないが、そんなことは彼女にとっては問題ではない。
どこに居ても彼女の魔術からは逃れることはできないそうだ。唯一対策が立てられるのはクティの魔術を研究していたサニー先生くらいなものらしい。
自分に対して害となりうる者がどうなったのかまでは教えてくれなかったが、クティが居る限り自分に害を及ぼすことは不可能だというのがサニー先生の見解。
実際その通りだと思う。
知識が深まるに連れてクティという存在が異端であり、異端であるが故に何者にも勝る最強の存在であるというのがわかってきた。
ただ、クティがどんなに恐ろしい戦力を有していようと自分にとっては関係ない。
守ってくれるのは単純に嬉しい。クティの戦闘力は自分にとって負の感情にはなりえないのだ。
彼女を信頼しているし、全身全霊を込めて信用している。
いつか彼女と肩を並べるくらいの魔術師になりたい。
憧れと親愛を持って彼女と並んで立つことを夢見ながら運ばれていったお爺様に南無、と心の中で祈っておいた。
や。
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