60,妖精達と黄嵐
今日は朝からお婆様とエリーによる洋服選びが始まっている。
どうやらクレアとアレクが帰ってくるらしい。
決まるまでは体に服を当てられるだけで済んでいるため、サニー先生に授業をしてもらっている。
クティは洋服選びの方を見に行ってしまったので、今日の授業は難しい……。
それでもなんとかついていくことはできたのでよしとしよう。クティの図解のわかりやすさが身に染みた授業だった。
2ハルスくらいで服は決まり、お着替えタイムとなった。
クティのはしゃぎっぷりが大変可愛らしかったが、お着替えはすぐに終わった。
素直に着替えさせられるため時間がかかるのは、そういう服か、選ぶ時だけだ。
今日の服装は腰周りはタイトな流れるようなフレアスカート。
胸に大きなリボンのついたショートスリーブチュニック。胸元が大きく開いているので下にフリルシャツを着ていて重ね着風に仕上がっている。
チュニックの飾りボタンが縦に5つ並んでいるが、上3つと下2つの形が違っていて大きなリボンをさり気無く引き立てる役目を担っている。
だが……頭にはなぜか猫耳をつけられている。
素敵装備は他人が装備してこそ真価を発揮するので、自分がつけても何も思わない。それどころか自分には似合わないと思えてしまう。
だが、周りの反応はまったく逆だった。
いつもの黄色い叫びが絶叫になってしまっていた。
クティも鼻を押さえてすごい顔をしている。最早言葉にならないらしい。
サニー先生もほぅ、と頻りに感心している。
なんだろう……素敵装備の方々はいつもこんな感じに見られているのだろうか。
ちょっと自重しよう、うん……たぶん。
ちなみに他のメンバーは正装こそしているものの、素敵装備を付けている人はいなかった。なんかずるくないか……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お婆様とお爺様をお出迎えしたエントランスホールで使用人がずらっと並ぶ先に5人で立って待っている。自分はお決まりのお婆様の腕の中だ。
ちなみに着替え終わって部屋に入ってきた男性陣2人はいつもの一時停止が完全停止になるほど止まっていた。
再起動にいつもの数倍の打撃が必要だったのはすごかった。何がどうすごかったのはちょっと言葉で表現するのが難しい。擬音でいうならゴゴゴゴとかズッギューンとかだろうか。
ありえない音が聞こえたのだからどうしようもない。
エントランスホールで待っていた時間はほんの少しの時間だった。
すぐに扉が開き、1月ぶりの両親が入ってくる。
エントランスホールに入ってきた両親――特にクレアはこちらを見た途端一気に暖かい魔力を放出してダッシュしてくる。
「「お母様、お父様! おかえりなさい!」」
急接近してくるクレアに合わせてテオとエリーの2人が駆け寄って抱きつく。
9歳の男の子と7歳の女の子のジャンピング抱きつきをしっかり受け止めて、同時に抱えてくるくる回る我らがお母様。超パワフルです。
周りの使用人達も素早く退避して回れるスペースを確保していることから、結構な頻度でやっているのだろうか。
「ただいま……お婆様とお爺様の言うことを聞いていい子にしてたかしら?」
「はい!」
「もちろん!」
2転3転と回ってから2人をぎゅーっと抱きしめるクレア。放出していた魔力が更にその勢いを増す。頭を深々と下げている使用人達が見えなくなるくらいの放出量だ。
「リリーもいい子にしていましたよ、お母様!」
「魔闘演すごかったです、お母様! リリーもしっかり聞いてくれてました!」
抱きしめられていた2人はお婆様に抱かれている自分を振り返り誇らしげにしている。
それを聞いたクレアの笑みもより一層深いものになる。
アレクもテオの頭の上に手を置いて微笑んでいる。
彼には2人とも抱きつかないようだ。ちょっと可哀想だと思ったが……まぁそんなものか。
「お父様、お母様。ご無沙汰しております。クレアティル、ただいま戻りました」
「堅苦しいのはなしだ。よくがんばった、しっかり見ていたぞ」
「えぇ、よくやりました。演舞もリリーちゃんのために音をメインに据えていたのがとてもよかったわ。
さぁ、リリーちゃん。お母さんとお父さんを褒めてあげて?」
音もなくゆっくりと近づき、優雅という一言が凝縮されたカーテシーをして帰還の報告を告げるクレアは、どうこからどう見ても深窓の令嬢にしか見えない。とてもじゃないがパワフルに子供を2人抱えて回るような女性には見えない。
そんなクレアの様子に祖父母の2人が柔らかい笑みで返すと、自分はお婆様からクレアに受け渡されて抱きしめられる。
クレアはお婆様と大して身長も変わらない。自分からしたらとても大きいけれど、テオとエリーを伴って隣にきたアレクと比べてもずいぶん小さい。
こんな小さな……触れたら折れそうな儚げな人が、猛者が集まる武術と魔術を競う大会で個人戦と団体戦で優勝する人だなんて……とてもじゃないが思えない。
だがそう見えるクレアは紛れもない実力者なのだ。そして魔闘演で収めたその功績は褒め称えられるに相応しいもの。
ならば彼女の子供として……我らが偉大なる母を労う意味も込めて子供らしい言葉を贈ろう。
「かーしゃま、えあいー」
小さな手で我らが自慢の母の頬を優しく撫でる。
すると目の前を埋め尽くすほどの大放出の暖かい魔力に包まれながら、クレアは優しく抱きしめてくれた。
頬と頬が合わさっていて、魔力の放出以外の暖かい物が頬を伝っていくのを感じる。
泣くほど喜んでもらえるとは思わなかったのでちょっとびっくりしたが、そこまで喜んでもらえたのなら、と自分も半年くらい前にやった暖かいイメージの魔力を放出する。
半年前にやって以来だったけど、あの頃より遥かにうまくできていると思える出来だった。
広いエントランスホールを全て埋め尽くすかのような大容量の魔力を放出する。
お婆様は当然気づいてただろう。エントランスにいる全員にも暖かい何かは伝わっているはずだ。
でもそれを自分が引き起こしているとは特定できるわけがない。なんせクレアがすでに全開でやっているんだから。
放出量が桁違いなだけに、視認できているクティとサニー先生は目を見開いて驚いているが止める様子はない。
しばらく放出して、クレアが抱きしめるのを止めると同時に放出も停止させる。
これでお婆様も自分が魔力の放出をしていたことが特定できていても、感情の発露が引き金だと思うはずだ。
布石も完璧。ついでに今日の訓練分もだいぶ消費できた。お婆様のお風呂のタイミングまでにはだいぶ回復してしまうだろうが、それでも満タンにはならないはずだ。
エントランスホールいっぱいに放出したのは部分的に圧縮魔力も含めていたためだ。
木を隠すなら森の中。魔力を隠すなら……という突発的な発案の下行ったが、お婆様も特に反応していないようだし……成功かな?
感情の発露で魔力が出てしまうのは、無意識領域のお仕事なので訓練の隠れ蓑として使えるかもしれない。
魔術の実践はまだまだ先の話だ。だからといって魔力の訓練を怠るつもりもない。
なんとかして日々増え続ける魔力を使い切れるように色々考えているのだ。
母を称え労う言葉を考える反面、打算的で利己的なことも考えているという子供にあるまじき思考だが今は感情論を語っている時ではないのだ。
唯一可能な自己研鑽とも言える魔力訓練。これが魔術の実践において役に立つのだからやらねばならない。
クレアの魔力の放出がだいぶ和らいで来て、アレクが傍に来ていることに気づいた。
あー父ちゃんの方は放置してしまってるけどいいのかねぇ……。
暖かい魔力に包まれながら、帰ってきてまだ一言も言葉を発していない父親のことをちょっぴり可哀想だなぁと思うのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベビールームに戻って部屋着に着替えたのはいいのだが……今日はどうかしているぞ、お婆様……。
着せられた服は所謂耳パジャマだ。
猫耳といい今日は一体どうしてしまったんだお婆様!
季節が夏だというのにファー付きの犬耳とふさふさの尻尾のついたパジャマだ。
厚手のはずのパジャマだが、意外にも着心地はよく涼しいくらいだ。もしかして魔道具が仕込んであるのだろうか……。
見える範囲ではそれらしいものは見えない。一体どういう構造になっているのかものすごく気になる。
だが、そんな自分の考察欲求はクレアの普段は聞けない黄色い叫び声で一気に現実に引き戻された。
「可愛いー! すごいわ、リリーちゃんは天才的ね!
お出迎えの時は必死で我慢したけれど、もうお母さん興奮しすぎて倒れちゃいそう!」
「ふふ……でしょう? リリーちゃんにはこういうのも似合うと思っていたのよねぇ~。
私の見立ては間違っていなかったわ!」
「やばいよやばいよ! リアルにやばいよ! 何この可愛すぎるのやばいよやばいよ!」
興奮しまくっている我らがお母様に抱きしめられながら、お婆様はドヤ顔だ。ドヤ顔第1人者のお株を奪えるほどのドヤ顔だ。
その第1人者様はというと、鼻を押さえながら某ご意見番のリアクション芸人になってしまっている。
空中でくるくる回りながら、目が血走っているような凄まじい魔力の流れになっている。まさに今目に焼き付けています的な感じだ。
……あんな魔力の流れみたことない! いや見たくなかった!
完全停止していたエナとエリーだったが、逸早く再起動を果たしたエリーも黄色い音響兵器と化した3人に混ざってその効果を増大させている。
着替えが終わり、騒ぎを聞きつけて入ってきた男性陣3人もこれまたすぐさまノックアウトされてしまった。
完全停止したテオとお爺様はまだマシな方だったかもしれない。
吐血を吐いたかのような、グハッという声と共に膝から崩れ落ちたアレクの目はクティと同じ魔力の流れになっている。
おまえもかッ!
なんでこうなった! 誰か助けて!
色んな意味で地獄絵図と化したベビールームには、クレアとお婆様とエリーとクティの黄色い叫びが終わることを知らぬ勢いで響き続けている。
ちなみに、エナとサニー先生はというと最初は一時停止していた脳を比較的早めに回復できたようで、その地獄絵図を遠巻きに眺めていた。
敢えて止めようとは思わなかったようだ。
……いや……止められなかったが、正しいかもしれない。
それほどまでに女性陣4人の破壊力はとんでもないものだったのだ。
黄色い嵐はしばらくの間、ベビールームを吹き荒れまくっていたのだった。
耳パジャマとは所謂動物の耳がフードについてて尻尾もついてるやつです。
きぐるみ風パジャマとでもいうべきか。
ちっちゃい子も、あざとい子も着てしまえば等しく凶悪な兵器と化すアレです。
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