外伝5,彼の日常
本編にまだ出てきていないような、世界設定が多々でてきます。
朝起きるとすぐに顔を洗って身嗜みを整えて、天使の部屋に行く。
ボクが起きる時間には、ボクの天使はいつもそのあどけない可愛らしい寝顔を見せてくれる。
お母様よりもお婆様に近い白銀の透き通るような髪。
ふっくらと丸みを帯びる柔らかい頬。
今は閉じられているけれど、濁った白い瞳とは思えないほど綺麗な白銀結晶のような瞳。
小さな手に握られると弱々しい力だけど、守ってあげたくなる気持ちがすごく沸いてくる。
最近は歩くのも上手になって、たまにボクのこともにーにと呼んでくれる。ほんとうにたまにだけど……。
可愛らしい顔は滅多に表情を変えることがないけれど、ボク達は天使の表情をだいぶ読むことができるようになっている。
この1年半近く、毎日一緒にいるんだから当然だ。
そんなボクの天使の笑顔を堪能していると、妹のエリーもやってくる。
そして2人で朝食までの時間、ずっとこの王国随一の絵師が描いた絵画よりも素敵な寝顔を見ているのが日課だ。
朝食を摂ると、ボクは日課にしている樹木の世話をしにいく。
ボクの担当しているエリアは広い庭の一角。
そこにはたくさんの大きな木と、アシラの苗木が植えられている。
1年位前までは色んな種類の樹木や観葉植物に手をだしていたけれど、今はアシラの苗木1本に集中している。色んな種類に手をだした結果として、たくさんの知識を手に入れたけどこのアシラの木は本当に難しい。
ボクがいつもの時間にそこに行くと、お父様から預かっている庭師の人達も全員集まっている。
人の上に立つ者ならば人の扱いを幼い内から覚えておく必要がある、とお父様から言われて預かっている人達だ。
最初は戸惑ったけど、ボクも今年で10歳。初等部も卒業になる年だ。
クリストフ家は高い地位を持つ貴族の家柄。
長男のボクはいずれこの家を継ぐことになる。その時までに人の使い方や意識を持たなければいけない。お父様とお母様によく言われていることだ。
お父様もお母様も優しい人で、使用人達にもとてもよくしている。
人を使うという言葉には抵抗を覚えたけど、それは色々な立場や職業があるということがわかってくると段々と理解できるようになった。
理解でき始めたのはやはり、お父様に預けられた庭師のまとめ役――オーバンの言葉もあったと思う。
「最初は人を使うと難しく考えなくともよいのですよ。自分がどうしたいか、我々に仰って頂ければそれを適任の者達で行えます。
我々は方法や対策などを立て、それを坊ちゃまがお決めになる。そうして分担して作業を行い、作業効率を上げたり円滑に進めたりするのです」
自分1人で全ては行えない。色んな人に助けてもらって、仕事を分担して行っていけばいい。
ボクはゆっくりとオーバン達に助けられながら、少しずつ人の上に立つということを覚えていった。
オーバンがいなければ未だにきっとおろおろしていたと思う。彼にはとても感謝している。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日課を終えるといつもの馬車で学園に登校する。
オーベントは平和な街だけど、それでも悪い人っていうのはどこにでもいるらしい。
だから、護衛の人達に常に守られながら登校する。
それでも毎日のことなので、もうすっかり慣れてしまっている。
エリーはまだ初等部3年生なので、ボクよりも後の登校だ。
初等部5年生のボクは午前中に2つ授業があるから、この時間にでないと間に合わない。
学園に着くと護衛はそこまでだ。
学園の警備体制はボクの屋敷の警備体制ほどではないけれど、相当堅牢な体制になっている。
いつも通っている正面門には4人の衛兵がいるし、学園を囲むようにして作られている石塀にも各所に巡回の衛兵が常にいる。
校庭に入っても何人もの衛兵を見ることが出来る。
学園というのはオーベントの要の人材を輩出するための特別な場所、とそんな感じに王様が言ってたような気がする。直接聞いたわけじゃない、毎日家に届く新聞にずっと前に書いてあったことだ。
新聞も枚数が1,2枚だから、すぐ読める。
でも新聞は結構値が張るみたいで、取っている家は少ないみたいだ。
学園の図書館にも新聞は置いてあるけど、図書館を利用するには利用申請を出さないといけないからなかなかいけない。
まだ時間も余裕があるので、のんびりと自分のクラスに向かう。
クラスに近づくとなんだか騒がしい。
またプジェットとニコールが喧嘩でもしているのだろうか。彼らはなぜか仲が悪い。ボクがいないとすぐに喧嘩をしてしまう。
「おはようー。また2人は喧嘩をしているの?」
教室に入るとやっぱりプジェットとニコールが言い争いをしている。
それを遠巻きにクラスメイトが眺めている。いつもの光景だ。
「おはよう、テオ。そう、まただよ」
他にも何人ものクラスメイトがボクに気づいて挨拶をしてくる。
いつもの光景だけど、2人の喧嘩を止められるのはボクだけなのでみんなボクを待っていたようだ。
「こら、2人共。今度は一体何で喧嘩してるの?」
「あ、テオ聞いてくれよ! プジェットの奴僕にぶつかって謝りもしないんだ!」
「ふざけるなよ! ぶつかったのはそっちじゃないか!」
こんな感じにいつも通りの彼らだ。
ボクはいつも彼らの仲裁に入って騒ぎを納めたり、仲間はずれができないようにみんなで遊んだり、みんなが仲良くできるように頑張っている。
女の子達にも人気があるのは知ってるけど、ボクの天使のような子達はいないから気にしていない。
いつものように2人の仲裁をして、不満そうにいじけているプジェットにも授業が始まるまでの時間のみんなとの会話に混ざるように促しておく。
彼はその言葉を待っていたかのようにすぐに混ざってくる。いつもこんな感じだ。
ボクのクラスは喧嘩はするけど、他のクラスに比べるとみんな仲がいい。
女の子と男の子との仲がいいのもボクのクラスくらいなものだ。
ボクはエリーの相手をしていたから女の子達の扱いも慣れていて、さり気無く助けたり、見えないところで負担が軽くなるように動いたりしている。
というか、ほとんどエリーの我が侭に付き合っていたら身に付いたことなんだけどね。
でもボクの将来の目標は騎士になることだから、男の子達の喧嘩の仲裁は堂々と行っている。
他のクラスの子達との喧嘩もそれなりにあるけど、ほとんどはボクが仲裁に入って大きな争いになったことは今のところない。
もちろん仲裁だけがボクのやっていることじゃないけど、喧嘩は結構多い。
迷宮に潜る様な冒険者に憧れる子が多いからだろうか。ボクは冒険者より騎士に憧れるけど。
冒険者に憧れる子で体の大きい子なんかは特に乱暴な子が多くて、そういう子と喧嘩になると怪我する子が多くなってしまうから、ボクが呼ばれることが割と多かったりする。
他クラスの子同士の喧嘩でも呼ばれるのはなんでなんだろう……。
普通に先生を呼んだほうがいいと思うんだけど、なぜかボクが呼ばれることのほうが多い。
今日もお昼休み時間に、他クラスの子達が喧嘩をしていて、どちらも体の大きい中等部に通っていそうなほどの子達だった。
ギャラリーが少し出来てしまっているくらいに派手にやっているのに、先生はまだ来ていないようだ。
衛兵の人も学生同士の喧嘩には不介入なのであてにならない。
「ごめんね。前通してくれるかな?」
「あ、テオ。やっときたか。
あいつらいい加減怪我しそうだから、止めてといてよ」
「何してるのさアージェス。君も止めなよ」
「おいおい、ボクがあいつらを止められるわけないだろ?」
「はぁ……まったく。じゃぁ行ってくるよ」
ギャラリーの1人に同じクラスで特に仲がいいアージェスが居たけど、彼は手伝ってくれそうにない。
ちょっと溜め息を吐きつつ派手に殴り合っている2人に近づいていく。
ボクは彼らと比べると細くて筋肉も全然ついてないから、知らない女の子がみたら悲鳴をあげちゃうかもしれない。
実際、初等部に上がった頃なんかは、ずっと大きい子達の喧嘩の仲裁に入って怪我をしたこともある。
でも今はそんなへまはしない。
「2人共。怪我しちゃうからその辺でやめたほうがいいよ?」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
「そうだ! どっかいけ!」
つかみ合って殴ったり、服を引っ張ったりしていた2人が息ぴったりで、こちらに向けて唾を飛ばさんばかりに言って来るけど、ボクは慣れたものだから特に気にしない。
唾もぎりぎり届かない位置にいるし。
「じゃぁ喧嘩をやめる気はないんだね?」
もうボクの声は無視してまた殴り合いを始めようとしている2人。
喧嘩の仲裁を結構しているので、他のクラスの子や学年が違ってもボクの顔を知っている子は多いんだけど、この2人は興奮しているのかボクのことがわかってないみたいだ。
はぁ、と1つ溜め息を吐いて実力行使をすることにする。
あまり実力行使のような乱暴な手段を取るのは好きじゃない。話し合いで喧嘩が終わるならそれがいいに決まっている。
ボクに近い子の服を掴んでいる子の手首の付け根を狙って掴むと、少し捻って力を入れる。
ここを掴まれて捻られると痛いんだ。角度をしっかりつけないと相手の力だけで外されちゃうから大きい子を相手にする場合は注意が必要だ。痛さもある程度加減できるけど、興奮しちゃってるとちょっとした痛みじゃ無視されちゃうんだよね。
だから喧嘩してるときの興奮状態でもしっかりとわかるように痛みを与える。かなり強く掴んであげると途端にビクッと体を震わせて、悲鳴をあげようとする手首を掴まれたボクより頭1つ分くらい大きな背の子。
悲鳴をあげる暇なんてボクは当然与えない。掴んだ手を捻ってそのまま足を払って掴んだ手を軸にして転がすと、唖然としているもう1人の方も手首を掴んで同じように痛みを与えて転がす。
「くっそ! この野郎!」
当然転がしただけじゃ、興奮は収まらないけど2人の標的をボクに変更することはできる。
あとはエナの専属メイドさんのスカーレット仕込みの護身術と、一緒にならった体捌きを駆使して転がしまくるだけ。
愚直にまっすぐ向かってくるだけの相手なんて、目を瞑ってたってあしらえる。スカーレットやたまに参加してくるボクくらいの身長しかないクマ耳のメイドさんに比べたら、赤ちゃんの手を捻るより簡単だ。
でもボクの天使の手を捻ったら、たぶんその場でエナに首を飛ばされると思うけどね。もちろん、ボクだって許さない。
一向に捕まらないボクより、体も大きくボクより体力があるはずなのに2人の方が力尽きた。
体力が尽きてへとへとになる頃には先生も来てくれるので、ボクの仕事は終わりだ。
もっと先生が早く来てくれればいいんだけど、どうもボクが喧嘩の仲裁に入る機会が多くなっていくごとに遅くなっている気がする。
そんな感じにボクは毎日慌しく学園で過ごし、授業が終わると急いで帰る。
授業が終わるとほとんどの子達がまっすぐ家に帰らないといけないので、喧嘩が起こることはあまりない。
起こるのは大きな休み時間の昼休みくらいなものだ。
ボクも急いで家に帰る。
大切なボクの天使といっぱい遊ぶために。
日常とは慣れてしまうもの。
彼が自分のことをしっかりと理解できたときは……。
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