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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第3章 2年目 中編 1歳
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51,銀の眼のち偉大なる一歩





 大きなホールぐらいの広さにかなりの数の使用人達が集まって、今まさに映し出される映像を待ちわびている。

 巨大な魔道具が置かれた壇上と思しき場所。そこでは最終チェックを行っているのだろう人達が忙しなく動いている。


 使用人達の席から、一段高い場所になっているボックス席にいる祖父母と兄姉とエナと自分も、今か今かと待ちわびている。

 用意されていた席に全員が着き、何度も見たウサギ耳の素敵装備をしたメイドさんが紅茶を人数分淹れてくれている。

 もちろん自分のはいつもの果実水だ。今日の味はオレンジのようだ。

 果実水でも毎回味が違うのだ。大体その日の天候や料理に合わせた味になっている。

 今は冷房の効いた劇場内なので、冷え冷えのものではなくちょっと温いくらいの温度だ。暖かいオレンジジュースも結構おつな物だ。


 ローランドお爺様が懐から何かを取り出し、蓋が開く小さな音がする。

 アンネーラお婆様の膝の上にいる自分からは、少しだけソレを見ることが出来た。

 小さな円の中に更に小さな魔力の動力があり、細かく動いているそれらのパーツはどこかで見た覚えがある。

 もっと大きくした物が時計と思われる物にもあった。恐らく懐中時計だ。

 お爺様は懐中時計をしばし眺め、脇に控えている老年の執事に視線を移す。すると執事は頷くと懐から初めて見る物を取り出した。

 それは魔力を見ることが出来る自分の瞳にもはっきりと見えた。

 つまりアレは魔力を持つ物。この世界で魔力を持つ物というのは、生物か " 魔道具 " か。


 執事が魔道具に何かを発すると壇上で動いていた人達が一斉に移動し、幕で遮られていると思われるところでその姿を消す。



「準備が整いました」


「そうか。ご苦労」



 どうやら執事の使っていた魔道具は通信装置のような機能があるようだ。

 執事が言葉を発している時に魔道具の魔力の流動が、活性化していたのを目撃している。

 アレが魔道具を使用しているときの反応なのだろうか。テオの宝物を見学に行ったときの苗木達のゆっくりとしたほとんど流れてすらいないような状態だったのが、急激に流動していたのだ。声を発し終わったら、その流動も治まった事から間違いないだろう。


 初めて魔道具を使用しているところを目撃した興奮で執事を凝視していると、アンネーラお婆様と執事の間にいるローランドお爺様は、自分が見られていると勘違いしたようで、こちらにニッと笑いかけると立ち上がった。


 執事が先ほど使用していた魔道具をローランドお爺様に恭しく手渡すと、恐らく手すりか何かがあるのだろう、VIP席の壇上側まで歩いていくと、そこから乗り出すようにして口元に手渡された魔道具を持っていく。

 そして大音量のお爺様の声が劇場中を震わせた。



「諸君! それぞれの仕事のために魔闘演を直に見に行かせられなくて残念である。だが今年は王城から " 銀の眼 " を借り受けることが出来た!

 直に見るほどの迫力はないが、我慢して欲しい!

 それぞれの交代の時間までゆっくりと楽しんで欲しい!

 さぁ魔闘演鑑賞会の始まりだ!」



 劇場中が震えるほどの音量で発せられたローランドお爺様の演説を機に、壇上に設置された銀の眼と呼ばれる魔道具が活性化する。

 それに合わせて巻き起こる割れんばかりの拍手と口笛。

 同時に聞こえてくるお爺様が魔道具を使った時のような大音量の声。



「れは決まったー!

 個人戦本選第7試合は大方の予想通りにマキシズ・グラスゴー選手の圧勝だー!」



 どうやら、魔闘演の実況の声のようだ。

 その他にも魔闘演会場のものだろう大歓声が聞こえる。

 階下の使用人達からも、大きな声があがっている。


 それを確認して満足したように、お爺様が席に戻ってくる。



「もう第7試合まで進んでしまっているようですね」


「えぇ、少し調整に時間がかかってしまったようですし、仕方ありませんわ」


「昨日からずっと調整していたんだがなぁ……やはりあのサイズになると微調整がかなり難しいようだ。仕方あるまい」


「でもすごいですよ、お爺様! 本当に会場の様子が見れてます!」


「それにちゃんと音も聞こえますし、リリーもこれなら楽しめると思います!」


「えぇそうねぇ~リリーちゃん。あれが魔闘演よ。4年に1回、リズヴァルト大陸にある4つの国が持ち回りで行う武と技と美の競演。

 今個人戦の7試合目が終わったところだから、クレアが出るまではまだ少し時間があるけど、あなたのお母さんも出るのよ。しっかり応援してあげましょうね」



 テオとエリーはキラキラの瞳を壇上の銀の眼に向けているが、他の3人は開始時間に間に合わなかった方が気になっているようだ。



 まぁ確かに最初から見れた方がよかっただろうからな。

 アレだけ大きな魔道具になると、微調整だけでも相当かかってしまうようだ。

 魔道具といっても魔法……もとい、魔術で何でもかんでもすぐに出来てしまうというわけではないようだ。



 しかし……なんというか。魔道具であり、魔力を持つ物だから見えることは見える。

 確かに自分の視界には、はっきりと見えている。



 白い横長の長方形が。



 そう……映像はまったくみえていない。せいぜいが流動している魔力くらいだろうか。

 音だけで楽しめるとエリーが言っていたが、果たしてそうだろうか。

 ぶっちゃけると楽しめないと思う。


 実況があるとはいえ、見るべき点はやはり派手な動きや技術、そして魔術だろう。

 それらは音だけでは効果音でしかないのだ。

 相当な実力の実況と予備知識がなければ楽しむのは難しいだろう。


 だからだろうか。早々に興味が薄れてしまった。

 例え、クレアが出場しているという驚きの話を聞かされた今でも、だ。

 母の勇姿を見ることができないのだ。これほど残念なことはない。


 戦闘とは縁がなさそうな彼女だが、クレアはアンネーラお婆様の子供だ。

 アンネーラお婆様の実力を知る前までは、何を冗談を、と一笑に付したところだが今はそんなことはできない。

 だが、それも実際に見れないのでは興味も半分以下だ。

 実の母の試合に対する思いもその程度にしかならないのだ。当然他の試合なんてすでに意識の外だ。


 がっかり感が半端じゃない。

 個人で使用できれば、視力を代行できるかもしれないという、淡い期待を砕かれたことも一因だろう。いや、それが大部分かもしれない。

 知らず知らずのうちに期待は大きくなっていたのだ。それだけ、鎌首を擡げた奴は強大だったということだろう。


 周りではかなり盛り上がっている。下にいる使用人も大声を張り上げて声援を送っている。そんな周囲の熱とは裏腹に、自分は冷たい吹雪の中にでもいるかのようだ。


 だからだろうか、不意に訪れた現在のトレーニング対象。



 尿意。



 周囲との温度差に辟易していた為、ソレを敏感に感じ取れた。



 これはチャンスだ。今なら周囲の雑音も気にならない。むしろ興味が完全にうせた!

 我慢を出来るだけ持続させ、トイレトレーニングの一歩を確実に刻むのだ!



 迫り来る尿意。

 我慢をし、トレーニングを成功に導く為に決意を固め、後ろを振り返り例の言葉を発する。全てはここからだ!



「ばーば、ちーち」


「あらあら、おしっこ出ちゃったの? 待っててね、今替えてあげるから。

 エリアーナさん、リリーちゃんがおしっこだそうですよ」


「あ、はい。さぁ、リリー。すぐ気持ち悪いのは交換しちゃいましょうねぇ」



 そう言って受け渡される自分。だが、オムツ代わりの布に触って確認するエナは、濡れていないことにすぐ気づいたようだ。

 そしてこちらの意図をすぐに察してくれる。

 トイレトレーニングのトの字ですらまだな状況でも、お婆様やお爺様が自分を特別だと、そして自分の特別っぷりを実際に色々目撃しているエナだからこそ、察することができたのだ。



「スカーレット!」


「はい、エリアーナ様!」


「おまるの準備は!?」


「万全に!」


「案内なさい!」


「はい!」



 流れるような2人の掛け合いに他の4人は呆気に取られているようだ。



 まぁ無理もない。今までトイレトレーニングなんて一回もやっていないのだから。それにエナの言動もちょっとテンション上がりすぎだと思うし。

 魔闘演の映像がそんなに楽しかったのだろうか。チクショウ見たいぜ……。



 すぐに移動を開始した2人だったが、場所は扉を開けてすぐの部屋だったようですぐ到着した。

 VIP席に設えられた休憩室のような物だろうか。

 だが、その部屋に入った瞬間限界は来た。



 あーーー……。



 だが、我慢できた方だろう。まだ自分の意思で我慢できたのは2回目だ。



「あー……間に合わなかったかぁ~。

 でも偉いわ、リリー。ちゃんと教えることが出来たんだもの。

 うん、偉い。さすがリリーね」



 そう言って何度も褒めてくれるエナ。

 お嬢様ご立派です、とうれし泣きしている素敵装備(ウサギ耳)のメイド――スカーレットさん。

 少し大げさだとは思うが、彼女達は自分リリアンヌのこととなるとこうなってしまうのはもう慣れっこだ。



 次はもう少し我慢できるようになりたいぜ!



 決意を新たに新しいオムツに交換される幼女な自分であった。


いだーいなるいっぽなのです。



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