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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第3章 2年目 中編 1歳
45/250

43,戦慄の仙人様のち意地悪なお婆様




 頭が床に減り込んでいるのだろう、その先にある顔は見えない。

 その頭の上に乗せられた足は細くか弱そうにすら見える。だが、細すぎず引き締まった鍛え上げられた足だというのが、魔力を見ることができる自分の瞳にははっきりと見えていた。

 その足に流れる魔力は硬質な金属のような硬度と、柔軟なゴムのようなしなやかさを併せ持っているのがよくわかる。こんな足――魔力は見たことがない。

 先ほどまでソファーに座っていたときには、こんな魔力の流れはしていなかった。だが、同じモノではないが、似たような流れはつい先ほど見たことがある。


 今床に減り込んでいる哀れな筋肉ダルマ――ローランド爺さんの腕を止めた時。

 エントランスホールでローランド爺さんを地に伏せた時。


 驚異的な実力を見せ付けた時の魔力の流れだ。

 彼女――アンネーラお婆様が見せる驚異的な身体能力は、この魔力の流れによって成り立っているのではないだろうか。



「まったく……あなたは……例えリリーちゃんの目が見えているとしても、今のような態度は許されるものじゃありませんよ?

 ……そんなことでは、リリーちゃんに嫌われても知りませんよ?」



 床に頭を減り込ませた張本人の口調とは思えないモノだったが、その口調には憐憫が見えはするが、ふざけているのがありありと見て取れるものだった。



「だjぱd、、あdかじゃld;あljf」



 アンネーラお婆様の言葉を聞いた直後、ばたばたと手と足を動かして何やら言い始める爺さんだったが、床に頭が減り込んだままでは何を言っているのかまったくわからなかった。

 アンネーラお婆様の足は依然として減り込んだ頭の上だった為か、手足をばたつかせている哀れな物体は抜け出せないようだ。


 手足をばたつかせながら、何か訳のわからないことを言っている哀れな物体をしばし眺めるアンネーラお婆様だったが、満足したのか足を退けると重石がなくなったからか、勢いよくローランド爺さんの頭が抜けた。



「だめだー! それだけはだめだー! リリアンヌよおぉおおぉぅ……すまん! すまなかった! 俺が悪かったあぁぁあ許しておくれえぇぇぇえ!」



 一瞬にしてソファーまでの距離を詰めようとする――エントランスホールで見せたときのような滝の涙を流した筋肉ダルマが突進してくるが、いつの間にかソファーの側に移動していた仙人様の手でそれは阻まれた。



 いい音を立てて。



 2転3転して転がるローランド爺さんだったが、すぐに体勢を立て直すと再び同じように、謝罪の言葉と縋り付く様な言葉で尾を引きながら突進しては仙人様――アンネーラお婆様に転がされていた。

 その度に実にいい音が " スパァーン " と " ズパァーン " と " ドゴォッ " と鳴り響くコントが繰り広げられていた。



 な、なんだこりゃ……。

 さっきまでの真面目な空気は一体どこにいってしまったんだ……。



 あまりにもあんまりな展開に、思わずはぁと溜め息を吐いてしまった。







  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 ローランド爺さんが泣きながら謝り突進しては、アンネーラお婆様に転がされるコントは数分続いた。


 ついに起き上がらなくなった爺さんを、放って戻ってきたアンネーラお婆様にソファーから抱き上げられる。

 ソファーから少し離れたところまで自分を抱いて歩くと、彼女はのほほんとした口調を変えずに囁くように言ってきた。



「ふふ……リリーちゃんは本当に話を理解しているのかしらね。それどころか、状況もきちんと理解しているのかもしれないわね。

 さっきの溜め息……。あんまり1歳の赤ちゃんがするものではないわよ?」



 ローランド爺さんを転がすコントをしていた時は、一切こちらを見ていなかったはずなのに、全てを見ていたかのような、だが何気ない……そんな口調に戦慄を覚える。

 だが、戦慄を覚えるその言葉は不思議と安心感もある。クレアのような全てを包み込む慈愛と優しさ。



「……それに、エントランスで感じたあの魔術のような感じ。アレはリリーちゃんがやったことでしょう? メイドの尻尾に顔を埋めていた時のアレは特にそう。人前ではやらない方がいいわ。

 私ですら勘違いかと思ったほどの気配しか感じられなかったけど、私より気配に聡い者は少ないながら、確かにいるわ。あなたはローが言うように本当に特別なようだし、なるべく隠す方がいいと思うわ」



 いるとは思っていたが、魔力を気配として察することが出来る人がこんな身近にいたとは思わなかった。

 まるで仙人の如く凶悪な実力者でも、圧縮魔力を勘違いと思う程度の気配でしか察することができなかったのは少し驚いたが、彼女以上に魔力を察することが出来る者がいるというのも驚きだった。



 魔力を察することが出来るって言うのは一種の才能なのかもしれない。

 超が付くであろう実力者なら、漫画や小説のように気配を捉えることが出来るようになるのかもしれない。それでもアレほどの圧縮魔力ですら、勘違いと思えるような気配。

 確かに才能と言われても納得してしまうのではないだろうか。



「……でもね、これだけは覚えておいて。私は……いいえ、私達はリリーちゃん、あなたの味方よ。

 例え相手が魔王のような存在でも、私が魔王を打ち滅ぼす聖剣になってみせるわ。

 相手が勇者だったら……その首を切り落とす魔剣にすらなってみせるわ」



 のほほんとした表情が一転、まるで妖艶な、だが全てを食い尽さんばかりの極悪なモノに変わっていた。

 発露した魔力が説教の時に出ていた硬質な棘ではなく、全てを切り裂かんとするような、それでいてまるで聖母のような複雑な様相を呈していた。

 だがそんな表情も魔力も一瞬のことで、すぐにのほほんとしたものに戻っていた。



「ふふ……いくら特別だからって、まだ早いわよねこんな話……。私もローに少し影響されちゃったわ。ごめんなさいね、リリーちゃん。

 あなたがもう少し大きくなったら、もう一度話してあげましょうね」



 頬を頬ですりすりしながら、静かに少し呆れの混じった声音を呟く仙人様だった。







  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 先ほどの真面目な雰囲気や酷いコントの気配は微塵もなくなった部屋では、5人が談笑していた。


 その談笑を静かに、アンネーラお婆様の膝の上で聞いている自分はというと、談笑しながらもこちらを構って飽きさせないようにしているアンネーラお婆様の手で玩ばれている。


 頬をつんつんしたり、ぷにぷにしたり、鼻を突付いたり……とにかく色んな手段を用いて構ってくる。

 それでいて他の4人との談笑を楽しんでいるのだ。


 最初は好きにさせていたが、だんだんとその手を掴んでやろうと躍起になってきていた。

 突付かれてから手を伸ばしたのでは絶対に間に合わない。かといって突付く前に手を掴もうとするのは明らかにおかしい。先ほどの二の舞は避けたい。

 だが、そうするとどうしても捕まえられない。



 そんな追いかけっこを続けていると、アンネーラお婆様も楽しいのかゆっくりと体が少しだけ、左右にリズムよく揺れ始めていた。

 頭上から鼻歌のような声も静かに聞こえてきている。


 だが、自分としては追いかけっこが一方的過ぎて楽しんでなどいられなかった。


 追いかけども追いかけども、一向につかまらないのだ。

 だが、予め予測して手を捕まえるのは出来ない。次第にストレスが溜まっていってしまうのは仕方ないというものだ。


 だから、両手を挙げて奇声を発しても致し方ないと思う。



「にゃあああああっ!!」


「ど、どうしたリリアンヌ!?」


「リリーどうしたの!?」


「リリー!?」


「何!? 何事!?」


「ふふ……あらあら、ごめんなさいね。リリーちゃん。ちょっと意地悪しすぎたかしら?」


 アンネーラお婆様以外の全員が自分の奇声に驚き、全員が心配そうにこちらを見てくる。

 奇声を挙げさせた張本人はというと、あくまでのほほんとした口調を崩さずに悪びれずに言ってくる。



 むー……。この婆さんはいぢわるな人だ。

 間違いなく、エリーの強かさはこの人からの遺伝だ。

 クレアにそんな感じがまったくなかったから、親の影響ではないように感じてたけど。こっちだったか!



 その後も何度もアンネーラお婆様以外から心配されたが、当の張本人が白状したことにより事なきを得たのだった。



 元凶のご本人様はとても嬉しそうに、のほほんと最後まで微笑んでその表情を崩すことはなかった。



勇者の首を切り落とすお婆様。


最高ですね!



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