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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第3章 2年目 中編 1歳
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42,疑惑の視線のち仙人様



 慌てて部屋を出て行ったもふもふ尻尾のメイドさんを見送ったあと、エナに連れられてソファーに戻ってきた。


 エナからアンネーラお婆様に受け渡されて、エナの柔らかい感触からアンネーラお婆様の――とてもお婆様とは思えない――エナに負けず劣らずの柔らかい感触の中に鍛え上げられた力強さを内包した、なんとも言えない抱かれ心地はずっと座っていたいと思えるほど、なかなかのものだった。


 そんな至福の抱かれ心地を味わっていると、ローランドお爺様が片膝立ちで目の前に来ていた。

 その表情は好々爺然とした先ほどまでの気配はない。何か真剣な思いつめた雰囲気を多分に感じさせるものだった。



「エリアーナよ……リリアンヌは本当に見えていないのか?」



 こちらに向けた視線を一瞬も逸らさずに、アンネーラお婆様の隣に座っているエナに問いかける。声音は表情と同様に緊張感を孕んだ真剣なものだった。



「はい、間違いありません。

 ランドルフ様が長い期間をかけて何度も診察してくださいましたし、濁った瞳に関する文献も数多く調べてくださいました。

 実際に同じ症状の人達にも会い、確認も取っているそうです……なの、ですが……先ほどのは……」


「……うむ……明らかにメイドの尾を触る為に、 " 後ろに周り込む " ように動いていた。

 あの動きは見えていなければできないはずだ。

 気配や音で場所は把握できても、あそこまで完璧に位置を特定するのは難しい」



 ……やっべーつい、もふもふに触れるチャンスだったから、何も考えずにやってしまった。そういえば、目が見えないんだよな……。いつも魔力が見えて、誰がどこにいるのかわかってたから失念してた……。



「確かに、私にもそう思えました。

 ですが……ランドルフ様が調べてくださった限りでは、濁った瞳に罹った者は一切の視力の回復はなかったと仰っていました」



 ローランド同様の真剣な表情と真剣な声音。テオもエリーも黙って聞いていて、口を挟むようなことはなかった。



「となると……リリアンヌは特別……もしくは濁った瞳ではないのかもしれんな」


「お爺様! リリーは濁った瞳ではないのですか!?」



 今まで黙って聞いていたエリーが " 濁った瞳ではない " という言葉に反応して声を上げる。その声は期待と不安が入り混じってはいたが、しっかりとはっきりしたものだった。



「落ち着きなさい、エリスティーナ。まだ決まったわけではありません。

 リリーちゃんに確認しようにも、まだ1歳なのですから大したことはできません。ですから、そうと決まったわけではないの」


「……はい」



 静かなアンネーラの声に諌められ、エリーは力なくしょんぼりとした声で返事を返す。エリーにとっては自分の病気が治るということは、彼女の大好きなモノを共有できるという、大きな期待も含まれている。

 そして自分で言うのもなんだが、エリーは自分リリアンヌのことが大好きだ。大好きな人の病気が治るなら嬉しいに決まっている。だから落胆の気持ちも大きいのだろう。



「で、でも! 可能性はあるんですよね!?」



 しょんぼりするエリーに代わり、猛然と立ち上がったテオが食い下がってくる。彼も自分リリアンヌのことが大好きだ。そして目が見えるようになればエリー同様、彼の大好きなモノを共有することができる。可能性があるならばどんな小さなことでも、縋り付いて離さないという気概が聞いて取れる声音だ。



「うむ……可能性は十分にある。

 先ほどの動きは明らかに見えている動きだったからな。だがアンの言う通り、リリアンヌはまだ幼い。例え見えていたとしても、それが一時的なのか恒常的なものなのか。自身でコントロールできているのかすら定かではない。そうでなければランドルフ殿やおまえ達が気づくはずだ。

 だが、こうして喜ばしい行動を見ることができたのだ、ランドルフ殿をすぐに呼び、確認してもらおう……リリアンヌに聞いて答えてくれるなら一番早いのだがな……」



「ではすぐに」



 自身の考察を淡々と喋るローランドお爺様だったが、最後の方は目を瞑りため息を漏らすように言っていたが、一瞬こちらを鋭い目――鋭く変化した魔力の流れ――で見ていたのは見逃さなかった。


 すぐに行動を開始したエナはメイドさんを呼び、何やら話し始める。

 話の流れ的にご老人を呼んでくるように言っているのだろう。一言二言で済んでいないということは、事情も多少流して緊急性を伝えているのだろうか。

 ここからでは多少距離があり、ぼそぼそとしか聞こえてこないので判然としない。



 やばいなぁ……なんか大事になってないか、これ……。

 まいったなぁ……でも今までランドルフのご老人にはたくさん診察してもらって、魔力のことなんかは一切わかってなかったみたいだし、また徒労に終わるんじゃないだろうか。



 ご老人にご苦労様です、と労いの言葉を心の中で掛けていると、ローランドお爺様は今度はテオの前にいつの間にか移動していた。



「ところでテオドールよ。リリアンヌに読んだことがある本を、もう一度読んでやった時に本をたたいて注意されたと言っていたな、間違いはないのだな?」



 真剣な表情を崩さないローランドは、まるで淡々と事情聴取する刑事の如き態度だった。荒々しくはなく冷静でいて熱い。

 濁った瞳と、自分リリアンヌとの差異点を必死に探り出そうとするかのような熱さだ。


「はい、お爺様。リリーは同じ本なら間違いなく、本を叩いて教えてくれます。

 読んであげているボクが忘れていても……必ずです!」


「ふむ……それが間違いないなら……リリアンヌは本の内容を理解していることになるな」


「はい、ボクもそう思います」


「では、必然的にリリアンヌは俺達の話を理解している可能性があるということだ」



 鋭くなったローランドお爺様の目は、まるで獲物を狙う猛禽類のような目だった。



 おおぅ……おじいちゃん鋭いなおい。

 1歳児っていう先入観がないのかよこのお人は。

 ……あぁ……さっき行動見せちゃって、特別かもしれないって……先入観ぶち壊したの自分じゃん……どないしょー。



「リリアンヌよ……おまえは目が見えているのか?」



 猛禽類の瞳が鋭くこちらの目を射抜く。今まさに獲物を捕らえんとするその鋭さははっきりいってしまえば恐ろしい。

 好々爺然としたおじいちゃんは一体どこにいってしまったのか。ここには獲物に襲い掛からんとしている雄雄しき鷹とその獲物――自分しかいないような気がしてくる。



 だが、そんな恐ろしい視線でも自分に降りかかるリスクを計算し、今尚自衛に傾いている天秤には揺るぎはない。

 彼らが如何に強かろうが、如何に影響力があろうが、そんなものは無視する輩というのは世の中には多くいるものだ。ここが異世界で且つファンタジーな世界であっても、そういう輩はどこにでもいるものだ。

 従って、自分が取るべき行動は限られている。



 しらばっくれちまえ!



 それが自分の出した答えだ。



 1歳児が読み聞かせられた本の内容を理解している。

 濁った瞳という全盲の病気に罹って尚、まるで見えているかのような行動が可能な幼児。



 どう考えても普通じゃない。そしてこれらを認めると遅からず、自分には生前の世界での知識という、中世の世界ではチートレベルの知識があるというのを突き止められてしまう " 気がする " 。

 そうなってしまっては、ただの天才では済まなくなる。

 明らかに危ない――戦争の火種にすらなるような知識だって、自分がそうと思わずともあるのかもしれないのだから。

 むしろ自分を強奪しようと考える者は、そういった思考の下、行動すると思ったほうが現実的だ。楽観的に構えていては後手に回るしかなくなる。

 潰し作業の大変さは、生前に勤めていた会社の仕事で身をもって知っている。


 だから、例え血の繋がった家族でも教えることはできない。



 苛烈な勢いで向けられる恐怖すら感じる視線を、真っ向から迎え撃つ。

 交錯する視線が、漫画だったら火花を確実に散らしているだろう。


 だが、そんな時間も1リン()もしないうちに終わりを迎えることとなった。

 ふぅ……と短く息を吐いたローランドお爺様が、ため息と共に苛烈だった視線を好々爺然とした元のモノへと変化させた。



「まぁそんなわけがないか!」



 諦めたような……彼の思い過ごしだったような、冗談だよ、といった思いが聞いて取れる口調。

 緊張から開放されたテオとエリーが弛緩する雰囲気がありありと伝わってくる。だが、そんな口調の中に一瞬だが、剣呑とした魔力が混ざったのを見逃さなかった。



 圧縮した魔力で強化した視力を舐めてもらっては困る。

 真剣な時とそうでない時の魔力の流れが、異なっているのを見抜いているのだ。

 だからこそ、感情の機微を表情の変化や雰囲気以外からも察することができるのだ。


 魔力の流れは様々なところに影響を与える。ちょっとした流れの違いや、濃淡の違い、厚さ、力強さなど無意識に魔力はその流れを変化させる。それを見るだけで様々なことを知ることができるのだ。



 これは明らかなフェイント。

 緩急をつけて相手の意表を突く常套手段だ。



 なので、表情を崩さず――ずっと無表情だが――目線もため息を吐いて、立ち上がったローランドお爺様のままだ。

 そしてそのままアンネーラお婆様の隣に座る爪を隠した鷹。それでもまだ目線は外さない。

 誰がどこにいるかわかっているというのは、すでにテオが言ってくれている。だから目線を外さなくても不思議なことではない。

 むしろ自分の目の前を移動した相手を追うというのは、気配や音で察知していると思われている状態なら当然のことだろう。

 ローランドお爺様は衣擦れの音や足音を完全に殺せてはいない。アンネーラお婆様は出来ているので出来ない芸当というわけではないのだろうが、脅威の一言だ。あんたは暗殺者なのかと。


 ローランドお爺様もやはり、目の端で自分を捕らえているようだ。油断ならない爺さんだ。


 爺さんの発する油断ならない雰囲気でまた兄姉の二人が緊張する雰囲気が伝わってくる。



 可哀想なお兄ちゃんとお姉ちゃんだ。



 しかし、ソファーに座って数秒でその視線も終了となった。

 真剣な視線から一転穏やかな好々爺に戻ったローランドお爺様の雰囲気から、一気に周りの緊張も解かれたようだ。テオとエリーがふぅと安堵の息を漏らしていた。


 猛禽類の爺さんの威圧感に飲まれてしまっていたようだ。まぁ9歳と7歳にあれはきついだろう。



 というか、そんな威圧感を1歳児に向けるな……とんでもない爺さんだな。普通なら大泣きしてるぞ。



「ところでリリアンヌ……よっ!?」



 何気なく続けようとした、猛禽類の言葉が途中で途切れると共に " スパァーンッ " と凄まじくいい音が聞こえた。


 ずっと猛禽類の爺さんに視線を向けていたので、はっきりと見えていた。



 音の発生源はその爺さん。



 頭を抱えている爺さんはどうやら、自分を膝の上に乗せたアンネーラお婆様に引っ叩かれたようだ。

 何の振動も予備動作もなしだったのは、さすが達人というべきものだろう。



 驚嘆と戦慄で目をぱちくりさせてしまうのも仕方がないというものだ。



「ア、アン! な、なに……をっ!?」



 顔を歪ませた爺さんが言葉を発しようとするが形を成す前に、今度はソファーから空中へと移動していた。

 相も変わらず自分はというと、巨大な筋肉ダルマを空中に何の振動も予備動作もなしに飛ばした、柔らかいが張りのある膝の上だ。


 空中に飛ばされた爺さんは少し後方に飛んでいたようで、すぐに受身を取って、くるっと身軽に一回転するが、着地と共にその頭を板張りっぽい床に埋没させていた。

 柔らかく張りのあるとてもお婆さんの太ももではない――膝の上にいた自分はなぜかソファーにいる。

 あまりにも衝撃的すぎる光景と、一瞬過ぎて自分にはまったく感知できなかったソファーへの移動。その後のアンネーラお婆様の行動。


 床に埋まった悲惨な爺さんの頭の上には、アンネーラお婆様の " 足 " があった。



 どこからどう見ても、着地に合わせて床に叩き付けた感じだ。

 その動きの素早さ。自分を膝の上に置いていたはずなのにいつの間にかあそこにいる。瞬間移動か何かですか? と小一時間問いたいほどの脅威の体裁きだ。

 もしかしたら、魔術には瞬間移動があるのかもしれない。それほどの速さでアンネーラお婆様は爺さんの頭を床に埋めたのだ。



 ちなみに、床に埋まった音は一切していない。やはりこれも魔術なのだろう。エナが前に使っていたと思われる遮音系だろうか。推測の域をでないが、あれを生身で実行しているなら最早達人ではなく、仙人の域だろう。



 お婆ちゃんは仙人様。とかいやだぞ!



 しかし、これだけはわかった。




 うちの家系は女系でまず間違いない!







仙人様強すぎです。



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