40,失敗のち成功
目標までの距離――目測で約50cm。到着まで残り数ゴウ。
念のため後ろで青く小さくなっている物体Jを説教している――漏出している魔法が鋭利な棘になっている脅威の達人さんを振り返るが、彼らはこちらに気づく様子はない。説教に夢中のようだ。
彼らの突然の説教タイムに呆気に取られている、テオ、エリー、エナも気づく様子はない。
我、勝機を得たり。
今の自分の瞳は白く濁っているだろうが、その奥ではまばゆいばかりのやる気の光を垣間見れているだろう。
ミッションは架橋だ。油断無く一歩を進める。
全ては魅惑の素敵フィールドへ到達するために。
異世界への転生という奇妙な体験をしているのはまさに今……この時のためだ!
静かに進められた歩と、前に伸ばされた小さな手。ミッションの達成は小さな手に感じられた、布の感触により齎された。
きゅっと握る素敵装備のメイドさんのロングスカート。
しかしそこで気づいた。
ここからどうすれば!?
ミッション内容は素敵装備のメイドさんの下に到達すること。
つまりここからは別のミッションになるということだ。
そう……ここからは別のミッションだ!
脳内に発行されるミッションシートには、 " 目標物を確保せよ " と明記されていた。
高速稼動する自分の脳により弾き出された、ミッション達成までの幾重ものシミュレーション結果で、最適且つ最速のものを選び出す。
そして実行されるは、必殺奥義。
" スカートの裾を引っ張ってこっちに気づいてよ " 作戦だった。
小さな手に握られた布の端。それを自分の出しうる最大の力で引っ張る。
だが、1歳半の幼児の力では最大の力でも微々たるものでしかない。当然そんなことは予想の範囲内。だからこその最大の力なのだ。
引っ張られることにより、説教魔人と小さな青い筋肉の壮絶な光景にあたふたしていた――メイドさんはこちらの存在に気づいたようだ。
だが、あたふたしていたメイドさんは今度はもっと慌てて挙動不審になってしまった。
あっちをみたりこっちを見たり。声が出せないのは自分の状況が理解できていないからだろうか。
まぁ無理もない。彼女はついさっきまで、目の前で展開されている唐突な説教ショーにあたふたしていたのだ。そこへ接近禁止令でも出ているだろう、自分がスカートの裾を掴んで引っ張っている。
これでは挙動不審に陥っても仕方あるまい。彼女を責めてはいけないのだ。
だが、ここは攻め時。相手が気の毒でも止められない緊急ミッション中だ。残念だが、君には犠牲になってもらうしかない。諦めたまえ。
「かやんえ」
自分の口から発せられた言葉に少し絶望する。 " 屈んで " といったつもりがこれだ。相変わらずの舌足らずぶりに辟易とするが、ここで諦めるわけにはいかない。これほどのチャンスがあと何度あるというのか。
だが、次の言葉を発する前にメイドさんが緊急回避を行ってしまった。
「あ、あの! エリアーナ様……お嬢様が……」
その声に全員の動きが止まる。まるで一時停止したかの如く全ての動きが。
説教していた魔人と化したアンネーラお婆様も、青く小さくなっていた筋肉ダルマ――ローランドも、二人の説教の迫力に呆然としていたテオ、エリー、エナの三人も。
「ぇ……?……あっ!」
呼ばれたエナはメイドさんの足元に視線を向けてから、自分が座っていたであろうソファーの方を一瞥して、またこちらを見る。
これも二度見の部類に入るのだろうか?
どうでもいいことが脳裏に浮かんだのは、ミッションの終わりを告げる鐘の音の如く、猛然と動き出した世界で、エナに一瞬で捕獲された為の諦観の感情故だろうか。
あぁ……終わった。
エナの柔らかく暖かい体に抱きしめられ、完全に身動きができなくなる。
今はここにいない、相棒――クティの魔力看板による
【任務失敗】
が脳裏に鮮やかに再生されていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これ以上ないタイミングで訪れたチャンスは、第一のミッションの鮮やかな成功と第二のミッションの予想外の失敗によりあっけなく幕を閉じた……と思われた。
「待て、エリアーナよ。リリアンヌはメイドに興味があるようだ。
怖がっているわけではないのだから、何事も経験だ……好きにさせてやろうじゃないか」
青くなって小さくなった筋肉ダルマが、まるで後光の差す菩薩のように輝いて見えていた。その前には仁王様がいたけれど。
「で、ですが……!」
すでに青くも小さくもなくなった後光の差す菩薩様――ローランド……いやローランドお爺様は、エナをじっと見据えると、前にいる仁王様――アンネーラお婆様に視線を移す。
視線を向けられたアンネーラお婆様は、仁王様ではなくのほほんとした微笑を浮かべてこちらを見ていた。
それを了承の意と取ったのか、ローランドお爺様は頷くとエナに視線を戻す。
さらに数秒睨み合うかの如く視線をぶつけ合う二人。敬語で常に二人を立てるかのように振舞っていたエナだったが、これだけは引けないとばかりにその視線は強いものだった。
しかし、折れたのはエナだった。
大きく溜め息を吐くと、抱きしめている腕の力を若干緩ませる。
「わかりました……ですが、私の手の届くところにいるのが条件です!」
「もちろん、わかっている」
エナから静かな声音で発せられた言葉は、静かだが強烈な力が感じられるものだった。その声音を浴びせられたローランドお爺様は平然と、だがこれ以上にないほど真剣な表情で頷く。
どうやら、まだ神は自分を見放してはいないようだ。まさかのミッション続行宣言にばらばらに粉砕された、ワクワクテカテカが再構築されていく。
エナの拘束から解き放たれると、素敵装備のメイドさんを見上げる。
彼女は気の毒なくらいに硬直してしまっている。スカートに穴でも付いているのか――スカートの外に出ている、完全に逆立った尻尾とカチカチになっている表情。小刻みに震えてすらいる。
なんだか気の毒なことをしてしまったかなぁ? 絶対冷や汗どころか脂汗かいてるよこの人。
素敵装備のメイドさんを一瞥してから、後ろのエナを振り返ると彼女はメイドさんに向けていた視線を別の方向へと移動させる。そこにいたのは別のメイドさん。彼女には魅惑の素敵装備はなかった。ちょっとがっかりだ。
「そこのあなた、ティーカートを片付けてくれるかしら?」
掛けられたエナの言葉に、別のメイドさんは迅速に行動する。
はい、と短く答えたメイドさんは小走りに、だが決して慌てずに優雅とも取れる動きで近づき、ティーカートを押して片付けていった。
危険は極力排除するというエナにとっては、常識ともいえる当然の配慮だ。その常識から言わせれば、メイドさんに興味があろうとも接触するなど言語道断なのかもしれない。
だが、エナのそんな常識は自分には押し付けでしかない。迷惑を掛けたくはないがこればかりは譲れない。
遠慮ばかりしていてはそんなもの自分の人生とはいえない。我を通すところは通さなければいけない。
ソレが例え迷惑を掛ける行為となろうとも。
再度素敵装備のメイドさんの方を向き、眺める。彼女の視線はこちらを向いているが完全に硬直してしまっているのか、依然立ったままだ。これでは目標物に接近できない。
そこで手を伸ばしてロングスカートの裾を掴んで引っ張ってみる。それでエナが気づいたのか
「あなた……ちょっと屈んでくれる?」
「ぁ、は、はい! 申し訳ありません!」
と慌てた素敵装備のメイドさんは、深々と一礼してからしゃがんでくれる。
「こ、これでよろしいですか、お嬢様?」
かなり堅い表情だったが、ぷるぷる振るえながらにっこり微笑んでくれるメイドさん。
他のメイドさんと同じようにコンパクトにまとめられた髪。その上にちょこんと乗っているふさふさで柔らかそうな犬の耳とメイドカチューシャ。
顔はかなり可愛いが、クレアほどではない。それでも生前の世界の学校の、学年に1,2人はいそうなアイドル顔負けの可愛らしさだ。綺麗ではなく、可愛らしいのがポイントだ。年の頃は10代中盤といったところか。
紅茶を淹れ直した時の動きや佇まいから鑑みるに、メイド歴はそれなりにありそうだ。技量は見るからに並ではない。
そして彼女の腰の付け根あたりから出ている、魅惑のアレ。ふさふさでありながら滑らかで実に柔らかそうでいて、優雅さと気品を漂わせる尻尾。
あれこそが至宝。世界の宝と憚ることなく公言できる最高の芸術だ。
犬耳は届かない。屈んでくれたがそれでも幼児の自分では、誰かに抱え上げてもらわなければ届かない。
だから狙うは至宝――尻尾だ。
自分を縛るエナの腕――拘束は解かれている。最大の障害であるエナも、ローランドお爺様が押さえた。
最早障害は全て取り除かれたといって過言ではない!
今こそ、最大にして最高のチャンス!
神よ! リリアンヌ・ラ・クリストフ……逝きます!
決意と希望と興奮を胸に踏み出した一歩は、実に軽やかで力強いものだった。
リリアンヌ、いっきまーす
次回、素敵な魅惑ワールドへあなたをお連れします……かも?
ご意見ご感想お待ちしております。




